第23話:深紅の外套、あるいは魔女の帰還
前書き:月を喰らう影、あるいは帰還した魔女
お嬢ちゃんと別れてから、イルビアスは自らの魔性を研ぎ澄ませていました。
あの日、フィアネから受け取った「推薦状」――それは彼女にとって、初めて自分を「人間」として扱った奇妙な契約書でした。
魔女イルビアスは、少女が辿り着くであろう「腐った終着点」を予見し、先回りします。
そこは、人間の精神が薬という毒に買い叩かれる、沈黙の村。
フィアネの「端数の光」が届かない場所で、魔女の「深淵の闇」が牙を剥きます。
その村を覆う霧は、あまりにも不自然な甘さを孕んでいた。
沈黙の村。
かつての美しい畑は、今や毒草が這い、人々の瞳からは理性の色が抜け落ちている。
道端で震える村人たちは、土を噛み、存在しない幻想を追い求めて虚空を掻いていた。
「……ふふ、相変わらず人間という種は、安い快楽に自分を売り渡すのがお上手ね」
村の入り口、枯れ果てた大樹の枝に、一人の女が腰掛けていた。
夜を紡いだような漆黒のドレス。
風に踊る深紅の外套。
そして、その手には――あの日、お嬢ちゃんが渡したはずの、真っ白な「推薦状」が握られている。
魔女、イルビアス。
彼女が細い指先で空間をなぞると、空気そのものが震え、商人の馬車から漏れ出す「薬」の悪臭を浄化の炎が焼き尽くした。
「お、お前は……! どこから来た! ここは俺たちのシマだぞ!」
馬車の上に立つ悪徳商人が、恐怖に顔を引きつらせる。
彼らもまた、商売道具である「毒」を扱っているがゆえに、目の前の女が纏う「格の違う死」の気配を本能で悟ったのだ。
「シマ? ……あら、ここは今、あの子が買おうとしている『市場』なのよ。
あなたのような端役が、勝手に値段をつけていい場所ではないわ」
イルビアスが優雅に地上へ降り立つと、その足元から黒い茨が噴き出し、村の地面を覆い尽くした。
その時。
村の反対側から、馴染みのある足音が響いた。
重いランドセルを背負い、絶望的な村の光景に肩を震わせている少女。
「……エレハンドロ、ヨハム。止めて……みんなが、壊れちゃう」
フィアネの声は枯れていた。
彼女が取り出そうとした「種」や「肥料」は、薬に狂った村人たちによって泥の中に踏みにじられ、商人の嘲笑の的にされていた。
フィアネの視界に、ふわりと深紅の布が舞い降りる。
「……え? イル……ビアス、さん?」
見上げた先にいたのは、かつての姿とはどこか違う、神秘的で、恐ろしいほどに美しい魔女の姿だった。
「あら、お嬢ちゃん。……相変わらず、そんなガラクタを売ろうとしているのね。
こんな壊れた魂に、種を蒔いても芽は出ないわよ?」
イルビアスは、フィアネの頬に冷たい指先で触れた。
その感触は雪のように寒いが、フィアネの心にこびりついた不安を一瞬で氷解させた。
「……でも、私は、みんなを買い戻したいんです。
この人たちは、自分の命の値段を間違えちゃったから」
「……くすっ、本当に救えないほどのお人好しね」
イルビアスは立ち上がり、商人の馬車へと向き直った。
その瞳が黄金色に輝き、背後に巨大な魔方陣が展開される。
「お嬢ちゃん、あなたの『買い物』を邪魔するこのドブネズミたちは、私が『処理』してあげる。……代金は、あの日にもらった推薦状で精算済みよ」
「な、何を……ひ、ひぃぃ!」
商人が悲鳴を上げる間もなく、イルビアスの影から無数の黒い手が伸び、馬車を、商品を、そして悪意そのものを飲み込み始めた。
「さあ、見せてちょうだい。
魔女の私が恐怖で縛り上げたこの村を、あなたの『端数』でどう彩るのか」
魔女の暴力と、少女の経済。
最悪の地獄に、最高の守護者が戻ってきた。
沈黙の村は今、二人の主人公によって「再評価」の時を迎えようとしていた。
後書き:魔女の帰還と清算
第23話をお読みいただき、ありがとうございます。
イルビアス=魔女、この設定の変更により、物語の「異色感」が一層際立ちました!
剣による物理的な破壊ではなく、魔術による「概念的な蹂躙」を行うイルビアス。彼女の存在は、フィアネの持つ「現代文明の端数」とはまた異なる、この世界の「理外」の力です。
フィアネの「善意」を、イルビアスの「魔」が包み込む。
次話、悪徳商人を物理的にも精神的にも消去したあと、フィアネは薬物依存に陥った村人たちに対し、ランドセルから「ある意外なもの」を取り出します。
それは、失われた感覚を呼び覚ますための、たった数円の「刺激」でした。
新体制の共闘に、どうぞご期待ください!




