知らないこと
翌朝。ディオンはちゃんと生きていた。よかった。
「ちょっとペースを上げて行けば、今日中に王都に着けると思うよ。」
「途中で馬車が通ったら、乗せてもらえるか聞いてみよう。」
「それでいっか。」
ちょっと話してわかったことは、自分もディオンもマイペースで無計画というか、のんびりというか、行き当たりばったりなので旅も緩い。この二人での旅にちょっとばかり不安がよぎった。
聞けば旅商人で、王都の近くの町で商売した帰りだそう。ライナが荷馬車で揺られている間、ディオンは御者の席に座って旅商人と話をしていた。声が、後ろまで聞こえてくる。
「いやあ、まさかエルフと生きている間に出会えるなんて。人生、何が起こるかわかりませんね。」
「俺自身、同族とは長いこと会っていません。この辺り以外にはいるのでしょうか?」
「いいえ、世界的に見ても少ないと思いますよ。知り合いの商人でも、エルフに会った人は片手に収まるくらいですから。」
その話を荷馬車に揺られて聞いたライナは、ん?と眉を寄せる。
...もしかしてもしかして、話の中に出てくるエルフって、ディオンのこと?
エルフの特徴は長くピンとした耳と、長寿ゆえの絶大な魔力量。魔力量は基本、才能と生きた時間で決まる。エルフはその確固たる例だ。魔法に長けたエルフは、永遠に近い寿命を過ごし、伝説の存在として語られることも少なくない。
...うーわ、なんで気付かなかったんだろう?耳とかそのまんまじゃん!よくよく思い出してみれば魔法具の指輪を使えるんだから魔法使いとかそっち系だって気付けよ私!
魔法使い。魔物や魔獣の技である魔法を操る人々がいる。会ったことない人が大半で、普通に生きていればほとんど会うことはない。もちろん、ライナもだ。
王都のちょっと手前でおろしてもらって、ディオンの袖を引っ張った。
「ディオン!あなたエルフの魔法使いだったんだね。」
そう言うと、ディオンは少し気まずそうな笑みを浮かべた。
「ああ、まあ。魔法使いかは微妙なところだが…。」
「ねえ、魔法見せて!魔法!」
生まれて初めて魔法を見れるかもしれないと、ライナのテンションは爆上がりだ。キラキラした期待の眼差しでディオンを見つめた。しょうがない、とディオンは小さく笑って、右の手のひらを差し出す。するとぽわっと、なにもない手のひらにオレンジ色の火が出てきた。
「うわあ!!」
手のひらでゆらゆらと揺れる小さな火は、いつもの見慣れた火にみえる。指を近付けてみた。
「これって熱くないの?」
「俺の魔力で創り出しているから俺は熱くない。でもライナは普通に火傷するから気を付けろ。」
そう言うと小さな火は氷に変わり、氷は水へ、水は霧のようになって消えていった。
「すっご...魔法、初めてみた。私も使えるかなあ...」
何気なくそう呟くと、ディオンは不思議そうな目をこちらに向けてきた。
「え?ライナ、使えないのか?魔法?」
「え、うん。なんで?」
そんなきょとんとされても困る。こっちだって意味わかんない。そもそも魔法を使える人のほうが圧倒的に少ないのだ。ディオンのほうが変だと思う。
「あ、いや。今はいい。落ち着いてから話す。」
そういって、ディオンは王都へ歩き出した。その背中を、ライナも慌てて追う。
「あ、ちょっと、もったいぶらないでよ!」
「ふわ〜!」
「おお...。」
流石王都。ヴィルムシュタットで最も栄えている街はとても賑やかだ。石畳の上を沢山の人が歩き、馬車やロバ、飼っている魔獣なんかもいる。街の中央広場には大きな時計塔が建っていて、その奥に王城があり、更に奥にお貴族様の街がある。
「ディオンも王都は初めて?」
「ああ、以前はなかったからな。」
...一応王都は300年前からあるんだけど。ディオンって何歳なんだろ?
「えっと...たしかこっちにあるはず。」
以前依頼を受けたヴァロさんのお店が何処かにあるはずだ。街の警備所に聞いて教えてもらった場所へ向かう。街の南にある商業区の一角に、ヴァロさんのお店があった。ヴァロさんは日用品店を経営していて、お店の規模を見るにまあまあ儲けているようだ。
「あ!いたいた。ヴァロさん!」
お店のカウンターにいたヴァロさんと目が合うと、整えられた口ひげが嬉しそうにあがった。
「ライナくん!いらっしゃい、無事についたんだね。」
カウンターから出てきたヴァロさんは、ライナと軽くハグをすると、後ろにいたディオンに気付いてその長い耳を見ていった。
「珍しい...。ヴァロといいます。いやあ、エルフと出会えて嬉しいですよ。」
「こんにちは、ディオンといいます。こちらこそ、会えて嬉しいです。」
2人が握手を交わしたのを見届けて、ヴァロさんに話しかけた。
「ヴァロさん、いい宿知りません?私達、王都初めてなんです。」
「それならちょうど、この店の上の部屋を貸し出していてね。良ければ使うかい?ライナくんには助けられたからね、ちょっと安くしてあげるよ。」
なんと、一部屋を一般の宿の半額、大銅貨1枚で貸してくれるらしい。ライナはグッと拳を握った。
「やった!ありがとう、ヴァロさん。」
ヴァロさんの店の上に部屋を借りて、荷物を置いたらひとまずお昼ご飯と買い出しに向かった。日用品はヴァロさんの店で買うので、主に食料だ。
「せっかくだから、屋台で買って何か食べようよ。」
そう言ってはたと止まり、振り返ってディオンに尋ねる。
「そういえばディオンって、お金持ってるの?」
「ん?ああ、あるぞ」
そういってチャリンと金属の音がして、指輪から数枚の硬貨が引き出される。ディオンの手に現れたお金は、少なくともヴィルムシュタットのお金ではなかった。
「...これ、どこのお金?」
「ヴァルミアの。」
「はい?ヴァルミアって、古代ヴァルミア帝国?」
古代ヴァルミア帝国は、1000年前、魔法全盛期はこの大陸全土を支配した大帝国だ。高度な術式と魔法陣の理論を築き上げ、その名を世界に轟かせた。それらの古代ヴァルミア文明は、現代の魔術・魔法文明の基礎とされているが、すでに失われたものも多い。今では遺跡や古代ヴァルミア文明頃のダンジョンから出土した数少ない魔導書や術式、魔法陣でしか、古代ヴァルミアを知ることはできない。...はずなのだが。
...ってことは、ディオンは1000年は生きてるわけだ?!古代ヴァルミアを知ってるんだよね?!え、この人、誘拐とかされないかな...
「ライナ?」
「え、ああ、ごめんごめん、ひとまずこれは使えないから、指輪の奥底にしまっておいてね。」
「すまない、代わりにこれなら...」
次にディオンが出してきたのは金塊だった。小ぶりだが、いくつも持っているようだ。表面に、何か模様がある。1つだけ受け取って、残りは指輪に戻してもらった。
「とりあえず、商業ギルドに行こうか。あそこなら適正価格で買い取ってくれるから。」
「助かる。」
ということで、商業区の真ん中にある、大きな建物にやってきた。商業ギルドは主要な都市に必ずあり、露店から大店、商品の流通や素材の買い取りなど、流通と商売を取り締まる組織だ。1階の端っこにある買い取り専用の窓口へ行く。
「金を買い取ってほしいんですけど」
「はい、かしこまりました。拝見しますね」
さっきディオンが出した、掌に収まる飴玉くらいの小さな金塊を一枚、受付に出した。それを受付内で職員が鑑定してくれる
「こ、これは...」
鑑定していた女性職員が驚きの声を上げる。それを聞いた別の職員が一緒に鑑定するとまたもや驚きの声を上げる。
ライナはそっと後ろにいるディオンに小さな声で聞いた。
「ちょっと、あれいつの金?なんかざわついてるんだけど」
「以前、ヴァルミアの皇女からもらったペンダントの飾りだったと思う。」
「なんてもの出してんのっ?!」
ざわついた受付内から、なんだかちょっと偉そうな女性が出てきた。手には布に乗った金塊を持っている。
「商業ギルドのご利用、誠にありがとうございます。鑑定の結果、こちらは古代ヴァルミア帝国時代の金で、帝国の刻印が刻まれた、非常に歴史的価値の高いものになります。買い取り価格は大金貨一枚となりますが、よろしいでしょうか?」
「だ、大金貨?!」
まさかそんなにいくなんて思わなかった。金貨なんて生まれてこの方一度も見たことがないのに、まさか小金貨すっ飛ばして大金貨とは...
「あ、ありがとうございます...。」
ライナは受け取った大金貨を人目につかないように素早く指輪に入れさせて、目立つ前に商業ギルドをあとにした。
次にやってきたのは銀行だ。銀行は各国の王都または交易都市にしかない、国営の組織で、お金を預ける場所として、ここ以上に安心安全なところはない。
そして、銀行でしか発行できない物がある。ルーンアクト・シグル。通称シグル。個人専用の札で、これを持っていればどこでもお金のやり取りができる。
銀行のカウンターで、銀行員の男性に申請を頼んだ。
「シグルの申請をしたいんですけど。あ、こっちの」
「ディオンです。」
ライナは以前、別の交易都市の銀行で作った。ディオンは持っていないそうなので、この機会に作ってしまおう。
「ご自身の身分や、出自がわかるものはございますか?それがあればすぐに作れますが...。」
「ああ、はい。」
ディオンが受付に出したのは、掌くらいの黒くて薄い板だった。角度によって、何かがキラキラと光ってみえる。板には何かの紋章っぽいものが彫ってあって、多分金属製...だと思う。
「これは...?」
「俺の身分証、です。たしか、星鋼板だっけ。」
首をかしげるライナと男性の前で、ディオンが黒い板に魔力を流し込んだ。すると、ふわっと星鋼板から水色の透明な光がでて、それが空中に文字を映し出した。その文字は全く知らない文字で、なんて書いてあるか、受付の男性もわからなかった。
「っ?!」
ライナと男性はびっくりしずぎて言葉が出ないのに、ディオンは当然のような顔をしている。
「こ、これは...なんですか?」
「魔導院の身分証なんだが...そうか、もう使えないのか。」
2人の反応をみたディオンは静かにそれをしまった。
その後は、ディオンは色々と書類を書かされて、なんとかシグルを発行してもらえた。
シグルは、銀色の薄い板だ。銀行に口座を作って、そこにさっき換金した大金貨のうち小金貨9枚を入れて、小金貨一枚を現金でもらった。
屋台で腹ごしらえを終えてから、2人は商業区を散策した。ディオンにとっては初めて見るものが沢山あるようでキョロキョロしっぱなしだ。中でも一番面白そうにしてたのは地図だった。ヴィルムシュタットの地図を興味深そうに見ている。
「それ、そんなに面白い?」
「ああ。俺の持ってる地図と随分違うな。これ、いくらだ?一枚ほしい。」
紙に穴が開きそうなほど見ている地図は小銀貨3枚。王都のお店ではシグルが使えるのでディオンは嬉しそうに会計をすませた。これで次の行き先を決めようと思う。
ヴァロさんのお店の部屋に戻って、早速ディオンが床に地図を広げた。中々に大きめのいい地図を買ったので、床の半分が覆われる。ライナが脚の踏み場に困っている間に、ディオンは指輪から自分の地図を取り出した。
「それが地図?」
ディオンが取り出したのは大金貨くらいの丸い金属だった。さっきからディオンの道具は理解できないものばかりだ。ディオンがそれに魔力を流すと、さっきの星鋼板のように空中に地図が映し出された。
「これはかさばらないが、ずっと見てると気が滅入る。紙のほうがいいな。」
「個人的にはこっちのほうがかっこよくて好きなんだけど。」
2つを見比べると、中々に違うところが多い。まず、海岸線の形が違う。ディオンの地図の文字は読めないし、そもそも。地形や森の範囲も違うっぽい。ディオンがそう呟いていた。
「次はノルトブランド山脈の南を超えて、ヴァルデンメーアに行こう。北は寒いからな。」
「王都から首都のハーフェンヴァルドに船が出てるよ?」
「ライナは強くなりたいんだろう?旅をしながら、剣を教えてやる。」
「え?!ディオンって剣もできるの?!」
「ああ。昔、教えてもらったんだ。」
買った地図にちょいちょい何かを書き加えながら楽しそうにしているので、そのままそっとしておくことにする。
「じゃあ、私は買い出しに行ってくるね。欲しい物ある?」
「.........。」
返事がない。地図から目を離す気配もない。ライナはそーっと扉を閉めた。
次の行き先が決まったので、次の村までの食料と消耗品を買いに行く。王都はやっぱりちょっと高い。でも、物もいいのでいいことにする。とくにポーションなんかは珍しい物が結構並んでいた。
3日後。2人は隣国、ヴァルデンメーアに向かって出発した。どうして出発までに3日もかかったのかと言うと、ディオンが部屋に引きこもって出てこなかったからだ。なんとずーっと、買った地図や魔道具、見たことない道具を分解、解析して自分の持っているものと見比べていたらしい。エルフの習性なのだろうか、のめり込むとすごい集中力だ。
今後は二人部屋で、ライナが強制的に中断できるようにすると、約束した。




