3、額縁の中の亡霊
休暇の三日目。マクシミリアンは、クラブの簡素なベッドで目を覚ました。部屋を舞うほこりが、窓の隙間から差し込む光で黄金が踊っているように見えた。
もともとクラブというものは、田舎の城館を生活の基盤とする独身騎士たちが、社交シーズンの滞在費を削るために金を出し合って整えた場所だ。首都に屋敷を構え、使用人を雇うのは、家族もいない身には無駄が多すぎる。そう考えたものたちが共同で出資してクラブを作った。
その後、首都を生活の基盤とする者たちもクラブを作り、今では上は王侯貴族から下は商人・職人まで、首都の住民は何らかのクラブに入っていると言っても過言ではない。そこは主に遊びの空間だが、勤務地と首都を行き来する騎士のクラブは、いまだに宿泊地として使われることが多い。マクシミリアンの泊ったクラブは機能的で、それゆえに寒々しい空間だった。
マクシミリアンは、従士に銀貨を数枚渡し、消耗品の買い物に行かせた。従士は、昨夜の深酒のせいか赤くなった目をこすりながら、無言で頭を下げて出て行った。
食堂へ降りると、メイドが用意した冷たい朝食を摂った。その日は、軍の官舎や、顔を出さなければならない役所をいくつか回った。戦時下では、ぞろぞろと従者を引き連れなくていいのが唯一の救いだった。
夜になり、再び「紅の風車」を訪れた。
店は相変わらずにぎわっていた。戦争中だとは言っても人には弛緩の時間が必要だ。マクシミリアンがカウンターで一人で酒を舐めていると、隣にマリーネが滑り込んできた。
「あなた、マダムの古くからの知り合いなの?」
彼女の指先からは、舞台で振り撒いている花の香りとは別の匂いがした。
「マクシミリアンだ。……ルチエとは、まあ、腐れ縁だな」
「そう……。ねえ、私の歌、どう思う?」
「いい声だと思うよ。若い者の好む歌のことはよくわからないが」
マクシミリアンの返事に、マリーネは曖昧な微笑みを浮かべた。
「あなたって、奥の絵の人にそっくりだね」
「この店で気に入らないのは、あの絵だけだ」
「マダムは時々、その絵を見つめているのよ」
「それは、俺じゃない。もう一人のブルーノの方だ。彼女の亭主だよ」
「マダムの旦那さん? 本当? 私、会ったことないわ」
「そうだろうよ。奴はとっくの昔に死んでいる」
ルチエとブルーノが結婚し、マクシミリアンとブルーノが騎士修行の旅に出たあの日、ルチエの髪からは甘い香油の匂いがしていた。だが、ゴニアタイトの荒野に残ったのは、血と鉄の臭いだけだった。ブルーノはルチエの待つ家よりも、戦場での一瞬の輝きを選んで駆け出した。マクシミリアンは後方から声を枯らして呼び止めたが、親友は一度も首を振らなかった。
二人は勲功をあげ、生き残ったマクシミリアンはゴニアタイトの皇帝から熱心に引き留められるが帰国した。港の桟橋で待っていたルチエは、彼が着ていたコートを掴んで引き寄せた。
「ブルーノを返して!」
マクシミリアンに、ルチエが浴びせた声が、今も耳の奥で響いている。
この日、マクシミリアンはルチエに会えなかった。彼はグラスの底に残った、コショウの粒が混じった最後のウオッカを喉に流し込んで、冷たいベッドへ向かった。




