第7話:王女の変貌と王宮のゴミ収集
警備隊が汚染蒸気によって倒れ伏す中、ユリアナ王女は呆然と立ち尽くしていました。彼女の目は、もはや恐怖に支配されていませんでした。
ケンジの言葉と、彼が生み出す異様な現象が、王女の「美」に対する固定観念を粉々に打ち砕いたのです。
「汚い…なんて美しい…」
王女の口から漏れたのは、矛盾した言葉でした。
彼女はケンジの全身から発せられる悪臭を、もはや「生命の濃密な香り」として認識し始めていました。
彼女の瞳は、ケンジの持つ狂気的なまでの説得力に完全に魅入られていました。
ケンジは、倒れた兵士たちの甲冑から、まだ使える金具や布の切れ端を慣れた手つきで回収していました。
「この甲冑の錆も、見方を変えれば鉄の酸化物という資源だ。惜しいのは、この中にまだ生体エネルギーが残っていることだな。早く最終廃棄物にしないと、再資源化の効率が落ちる」
彼は兵士の死体を完全に「素材」として見定め、再資源化の手順を考えていました。
ユリアナ王女は、その光景を一点の曇りもない眼差しで見つめていました。
「ねぇ、あなた」
王女は静かにケンジに近づきました。
「私、今まで「永遠の美しさ」だけを求めてきたわ。けれど、それはとても脆くて、儚いものだった。でも、あなたの言う「崩壊した美」…「廃棄物」…それは、もっとずっと、強くて、永遠に形を変え続ける…まるで、新しい命のようだわ」
王女の言葉は、この世界の常識では狂気の沙汰でしたが、ケンジには「理解者」の出現を意味しました。
「理解したか。貴様は、この船の一番上質な廃棄物だ。お前という高貴な素材が、ようやく次の段階へ進む準備ができたわけだ」
ケンジは、王女のドレスの裾に付着した花瓶の破片の粉を指で払い落としました。
王女は、その行為を何一つ拒否しませんでした。
「では、あなたの言う「次の段階」とは、どうすればいいの? 私も、あなたの「廃棄物哲学」を学びたいわ。この天空船にある全ての「不要なもの」を、あなたの力に変えたい」
ユリアナ王女は、自身の権威と立場を投げ捨て、ケンジの「ゴミの王」としての活動に身を投じることを宣言したのです。
「ならば、まずはこの船の「ゴミ収集」からだ」
ケンジは王女の手を取り、部屋を後にしました。
彼らの向かう先は、天空船の最上階。
この国の王が居住する区画でした。
王の部屋の扉は、厳重な魔法陣と分厚い金属で守られていました。
しかし、ケンジは、王女から渡された、王宮の秘密の通路の地図に目を向けました。
それは、王室の者が不要になった古い文書の中に紛れ込んでいた、まさしく「廃棄物」でした。
「これは、王が隠した地下通路の地図か。王の秘密とは、詰まるところ「隠されたゴミ」に過ぎないな」
王女は、ケンジの言葉に何の疑問も抱かず、彼の隣を歩きました。
彼女の目には、もはや天空船の豪華な装飾も、壁に埋め込まれた宝石も映っていませんでした。
彼女が認識するのは、ケンジによって「資源」と定義された、あらゆる「不要なもの」だけでした。
地下通路の先には、王の執務室の裏に通じる扉がありました。
そこは、普段は誰も近づかない、王が秘密裏に不要な書類や個人的な失敗作を廃棄する場所でした。
ケンジと王女が扉を開けると、部屋の奥には、玉座に座ったこの国の王が、驚愕の表情でこちらを見ていました。
王の足元には、シュレッダーにかけられた書類の山と、割れた酒瓶が散乱していました。
王は、自分にとって「見られたくないゴミ」が、まさか自分の娘と、得体の知れない悪臭の男に発見されるとは夢にも思っていなかったのです。
「ユリアナ! なぜお前がこのような場所に! そして、その汚らわしい男は誰だ!」
王の怒声は、しかし、ケンジにとっては「王の放出する不要なエネルギー」に過ぎませんでした。そして、ユリアナ王女の目には、その散乱した書類の山こそが、「王が真に価値を見出せなかった、最高の資源」として映っていたのでした。




