第6話:純粋な美の崩壊と悪臭の誘惑
ケンジの言葉は、ただの暴言ではありませんでした。
それは、「美は崩壊して初めて資源となる」という、この世界の価値観を根底から揺るがす、純粋な廃棄物哲学でした。
ユリアナ王女は、砕け散った花瓶の破片、泥、そして自分の絶望を素材に、ケンジが一瞬で強力な魔道具を生み出した光景を、瞬きもせずに見つめていました。
「お前が捨てた、崩壊した美は、俺が受け取った……」
その言葉は、王女の心を射抜きました。
彼女は美しさが永遠ではないことに苦悩していましたが、ケンジは、壊れた美にこそ真の価値があると断言したのです。
「あなた…あなたは、なぜ私の失敗作を褒めるの…?」
王女の問いは恐怖ではなく、混乱と期待に満ちていました。
「失敗作ではない。最終廃棄物だ」
ケンジは冷静に訂正しました。
「貴様たちが、完成された美という不純物を取り除いたことで、残ったのは高純度の魔力と土壌という最高の素材だ。その素材を、執事のカビたローブという優れたバイオ触媒で加工した。当然、強力な道具になる」
その時、外から怒号が響き渡りました。
「何事だ! 王女殿下にご無礼な不届き者め!」
老執事が呼び出した天空船警備隊が、剣を抜き、整然とした隊列で部屋に突入してきました。
彼らの甲冑は鏡のように磨き上げられ、隊列は完璧な幾何学を形成していました。
ケンジは侵入者を迎え撃つ前に、装着したばかりの瞬間の絶対美のブレスレットを左腕で叩きました。
「ほう。これは素晴らしい機能美だ」
彼は、警備隊の均整の取れた配置、磨き上げられた甲冑の輝き、そして何よりも訓練された剣戟の予備動作を、「人工的に完璧に整えられた美」として認識しました。
瞬間の絶対美のブレスレット 発動! 対象:警備隊の「機能的な美」(磨き上げられた甲冑、完璧な隊列) 抽出成功! 抽出された魔力を物理防御壁に変換します。
警備隊が一斉に剣を振り下ろした瞬間、ケンジの周囲に、透明で、まるで完璧なガラス細工のような防壁が形成されました。
それは、警備隊の「美しさ」そのものを抽出して作り上げた盾でした。
剣は防壁に当たり、甲高い音を立てて弾き返されました。
「な、なんだこの壁は!? 触れると、自分がどれだけ不潔な存在なのかを思い知らされる!」
兵士たちは、自分の剣と甲冑が完璧に磨かれているにもかかわらず、ケンジの防御壁に触れたことで、猛烈な自己嫌悪に襲われました。
ケンジは、その隙を見逃さず、室内を見渡しました。
「この部屋の無菌レベルの清潔さも、また一つの極端な美だな。利用させてもらう」
彼は、部屋の隅にわずかに溜まっていた、数日分の埃と、王女がこぼした紅茶の染みを指先で集め、それを自身の焼却炉の炎スキルの触媒として、警備隊に向けました。
焼却炉の炎は通常、ただ熱を与えるだけですが、ケンジは埃と紅茶の染み(有機物と水分)を燃料とすることで、熱ではなく「極度に濃縮された汚染蒸気」を生成しました。
その蒸気は、ユリアナ王女が嫌悪した「醜い汚物」の全てを凝縮したかのような悪臭と粘液を伴い、一瞬で部屋に充満しました。
警備隊員たちは、その蒸気を吸い込み、汚染耐性を持たない彼らは、瞬時に倒れていきました。
彼らの完璧な隊列は崩壊し、甲冑は汚染蒸気でたちまち錆びつき始めました。
ケンジは、倒れた兵士たちを見下ろし、ユリアナ王女に言いました。
「美しさとは、崩壊と廃棄の過程で生まれる。お前の言う清潔さも、俺から見れば資源の非効率的な保存方法でしかない」
ユリアナ王女は、汚染蒸気が充満する部屋の中で、完全に錯乱していました。
彼女は、ケンジの全身から漂う腐敗と汚物の悪臭を、もはや「救い」と錯覚し始めていました。
「汚い…ああ、なんて汚くて、正しいのでしょう。この臭いこそが、真の生命の証…」
王女の純粋な価値観は、ケンジの狂った哲学によって、ついに根底から崩壊し始めたのでした。
ほーかいほーかい




