06:戦闘幹部とお夕食-1
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素振りが終わって解散するよう命じられると、食堂に向かうヒューイは艦長であるイグニスに声をかけられた。
「お前、ヒューイと言ったな?」
「はい。先日配属になりました、水兵のヒューイです」
ヒューイがすっくと背中を伸ばして艦長に応える姿に、水兵仲間達は「おい…」とつつき合ってその様子を伺った。
ヒューイが艦長からサボっていたことを叱られるのではないかと思ったのはデニスぐらいで、他の連中は素振り一千を振り切ったヒューイが艦長に声をかけられたことを、どこか当然のようにも、薄ら怖いようにも感じていた。そんな視線に気づいたのだろう。イグニスは辺りを見回すと、ヒューイに向かって右の眉を少しだけ持ち上げて見せた。
「ここでは人目があるな。士官用の食堂に移動しよう。少し話を聞かせて欲しい」
「畏まりました、艦長」
ヒューイは教えられたとおりに敬礼をしてから、艦長の後ろについて歩き出した。途中、心配そうに見つめているセオに視線で「大丈夫だよ」と合図を送る。その表情があんまりいつも通りで、セオは少しだけ安心して、それから急いで食堂に向かった。食堂では階級の上の者から席に着く為、のんびりしていると新人の食べる物がなくなることがあるのだ。
食堂に急ぐセオの姿にふっと微笑むと、ヒューイは居ずまいを正してボルドー艦長の後ろについていった。
その後ろから戦闘幹部達が続く。彼らもヒューイの新人らしからぬ実力には興味津々なのだ。
士官用の食堂は、上級士官用と下士官用に分けられている。本来なら艦長や副館長達戦闘幹部は更に特別のダイナーで食事を取るのだが、彼らはそれを好まない。連れてこられたのは上級士官用の食堂で、その場で食事をしていた士官達が艦長の登場に立ち上がって敬礼する様子を目にし、ヒューイは恐縮してそっとイグニスに尋ねた。
「か、艦長。自分のような新米が、こんな立派な所で食事をしても良いのですか……?」
「もちろんだ。ああ、ヒューイ。一応紹介しておこう。俺は艦長のイグニス・オル・ボルドーで、こっちの禿げ上がってるのがデーリッヒ副艦長。そっちの熊がオンゾ水兵長だ。ほかの奴らはおいおい覚えていくだろうが、とりあえず、オンゾとはもう面識があるか?」
「は、はい。水兵長にはいつもお世話になっております」
そう言いながらオロオロと辺りを見回すヒューイに、熊と紹介されたオンゾ水兵長が「なんだなんだ、言いたいことがあるなら言って良いんだぜ?」と水を向ける。
「いえ、とんでもないことです」
「良い。発言を許可する」
艦長のその言葉に、ヒューイはゴクリと唾を飲み込んで、それからそっと口を開いた。
「……あの、すいません。今の紹介は、さすがに失礼なのでは……」
ヒューイが控えめにそう言うと、「禿げ上がっている」と紹介されたデーリッヒ副艦長がドドンと分厚い胸を張った。
「何が失礼なものか! 俺のこの磨き抜かれた頭は自慢すべき逸品だ。何しろ俺はこの自慢の禿げ頭を毎朝三十分は磨いてるんだぞ。良いか、坊主。男らしい男といういのは、頭髪が薄くなってからが一人前なのだと心得よ!」
副艦長のその言葉は、ヒューイには衝撃だったようだ。目から鱗が落ちたような顔で、「分かりました! ご教授、ありがとうございます!」と返事をするヒューイはなかなか可愛らしい。いやしかしこの若々しくも可愛らしい少年の頭髪がデーリッヒ副艦長のようになってしまったら、さすがにちょっと戦闘幹部達も泣いちゃうかもしれない。
それからヒューイはイグニスから席に座るように促された。末席に座ろうとすると、「そこだと話がしづらいだろう」と咎められ、イグニスの向かいに座るようにと言われる。お誕生日席ではないものの、一番の上座の向かいである。自分の下座に水平長である“熊”のオンゾが、イグニスの下座にはデーリッヒ副艦長が座り、さらにその下座に航海士長やら砲弾長やらが座っている。しかも給仕に来たのはテルー艦長補佐官だ。
「そう緊張しないでくて良いんだよ、ヒューイ。オーリュメール号の戦闘幹部の方達は、とても気さくな方達だからね」
そう言ってヒューイの前に食事のプレートを置いてから、末席に座って自分も食事を始めようというのだ。いや、これ絶対、給仕するのは自分の役目だよね!?
「あ、あの、俺が……」
慌ててヒューイが立とうとすると、オンゾがでかい手でヒューイの腕を押さえて引き留める。
「俺達はお前の話が聞きたいんだよ。良いから座っておとなしく飯を食え」
オンゾはヒューイの直属のトップだ。チラリと一同を見やると、イグニスもデーリッヒもみんなそろって頷いている。こんなの、もう言われたとおりにするしかないだろう。
「は、はい。失礼いたしました……」
ストンと席に座り直し、イグニスの「いただこうか」という号令に合わせて食事を食べ始める。いつ敵襲が来ても良いように食事はワンプレートのようで、それでもちゃんとナイフとフォークのある食事に、ヒューイは「ひぃ」と小さく悲鳴を上げた。