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05:素振り千回

 ◇◇◇ ◇◇◇



 普段ダリルが与えられた仕事をさぼろうとも、仕事を押しつけてこようとも笑って受け入れているヒューイの事を、セオは「ダリルには逆らう気が無いのだろう」と思っていた。


 まぁ、それは仕方がないのだろう。ダリルの方が体も大きく、腕力だってある。自分だっていつもブツブツ文句を言っているけど、面と向かって反論したこともなければ、ダリルに押しつけられる仕事を拒否したこともない。


 もちろん彼に殴られたくない、という気持ちもあるが、何より恐ろしいのは、彼がずる賢く、世渡り上手な事だ。彼なら周りの奴らにあること無いこと自分達のことを言いふらし、自分達を孤立させることも簡単だろう。

 軍艦という閉じられた世界の中で、他の者達から弾かれることは恐ろしい。ダリルに唆された奴らにリンチに遭ったり、最悪、夜の海に投げ捨てられる可能性が無い訳では無いのだ。


 だが、いつもダリルの言うことを聞いているヒューイが、練兵の時だけは違った。


「ダリル。悪いことは言わないから、上官が見てない時に訓練の手を抜くのはやめた方が良い」

 指導役の上官がいなくなるなり剣を下ろしたダリルに向かって、ヒューイはまっすぐにそう言った。


「ぁあ? なんだ、お前、偉そうに。俺はお前と違って、真面目にせこせこ素振りなんかしなくたって、お前なんかよっぽど強いんだ。お前と同じ訓練をする必要なんてないだろ?」


 バカにするようにダリルが笑えば、先輩水夫達も薄笑いをしてダリルに同調した。

 食事とベッドが欲しいだけで艦に乗っている奴らにとって、真面目に訓練するなんてバカバカしいことだった。訓練をしようがサボろうが、実際に敵と戦うのは常に剣を佩く兵士達で、たかが水夫の自分達が戦う訳ではないのだ。


「そういう心構えでいれば、実戦で死ぬ事になる。自分の為に、剣術は体に叩き込んだ方が良い」

「お前みたいな細っちいガキならそうかもしれないが、俺はお前とは違うんだよ!」


 ニヤニヤ笑らうダリルがヒューイに向かってすごんでも、ヒューイは全く気に介さないようだった。


「ダリルのそういう態度って、上官達は意外と見てると思うよ。後から来た奴らに抜かれたくはないだろう?」

「はぁ? なに偉そうな事言ってんだよ! お前みたいなガキが何人来た所で、俺に叶う訳がないだろうが!」

「新しく来る奴が俺みたいなガキばかりとは限らないじゃないか。実際、今回入隊したのの中で、ダリルだって下から数えた方が早いんだし」

「年取って体にガタが来たような奴が何人来ようが目じゃねぇんだよ!」


 カッとなったダリルが思わず剣を振り上げた。さすがに年嵩の水夫達は止めようとしたが、普段こき使われて鬱憤の堪っている連中が、新入り達のケンカを面白そうに囃し立てる。


「おう、良いぞ!」

「やっちまえ!」

「おい、俺はダリルに銅貨十枚賭けるぜ」

「俺もダリルに銅貨二十だ!」


 やんややんやと囃し立てる水夫達に囲まれて、新入り達の何人かはオロオロとしている。自分がヒューイの仲間と思われてダリル達の標的にされるのもごめんだが、上官に目をつけられるのもごめんなのだろう。


「お、おい、やめろって、ヒューイ!」

「良いから謝れよ、ヒューイ!」

 何人かがそう口を挟んでくるが、ヒューイは全く気にしたようではなかった。


「謝る? なんで? 訓練をサボれば痛い目に遭うのはダリルなのに?」

「うるせえんだよ!」


 ダリルの堪忍袋がとうとう折れて剣を振り下ろそうとしたその時。


「何をやっている!」

「やべぇ!」


 席を外していた上官が戻ってきて、ダリルとヒューイを睨みつけた。


「ち、違うんです! こいつが訓練をサボってるから、俺が説教してやったんですよ!」


 厚かましくもダリルがそう言うと、その上官はヒューイとダリルを交互に見て、周りの連中に「報告しろ!」と叫んだ。だが、新入りの顔役のようになっているダリルを敵に回そうという奴やいないのか、誰も声を上げない。

 上官はこれ見よがしに溜息をついた。


「では連帯責任だ。ここにいる全員、素振りを千回終わるまで飯は喰わさんぞ!」

「はぁ!? だってこいつらが!」

「俺達は関係ねぇよ!」

「うるさい! 口答えは許さん! 素振り開始!」


 そう言われれば。水兵達も逆らうい訳にはいかない。


「てめぇ、ヒューイ! 覚えてやがれよ!」

 憎々しげにそう吐き捨てるダリルだが、普段のサボりのせいか、百を算える前に腕が上がらなくなってきた。それでもまだダリルはまだ良い方で、他の連中は五十過ぎた辺りからヘロヘロだ。

 もちろん、セオもふらふらになりながら何とか剣を振ろうとするが、それは「なんのお遊戯ですか?」という無様な物だった。


 その中で一人、ヒューイだけが二百を越えても、五百を越えても全く衰えることなく剣を振り続けた。


「ほう、なかなかのものだな」

 上官がそう言えば、水夫達もヒューイの姿に注目する。


 ヒューイの顔色は全く変わっていなかった。黙々と、黙々と剣を振る。

 その様子をダリルは忌々しそうに睨みつけ、他の連中は恐ろしい物でも見るように見つめた。


 その日のヒューイの素振りは、オーリュメール号の中でも話題になった。

 一番若く、まだ体も出来ていないヒューイが顔色も変えずに剣を千回振り切った時には、話を聞いた戦闘幹部達まで覗きに来る始末だった。


「……艦長、あれは、出物ですな」


 副艦長のマッシュがそうやってニヤリと笑えば、イグニスも真剣な目で頷いた。



  ◇◇◇ ◇◇◇

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