42:水兵とヒューイ
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デッセル団が襲撃を諦めて帰ってから暫くの間、水兵達もまだ警戒態勢を取っていた。だが、彼らの目の端にヒューイがパタパタと走っていくのが見えると、水兵の一人が「お」とだらけた声を上げる。
「ヒューイだぜ。あいつが艦長のそばにいないってことは、もうデッセルが戻ってくることはないんじゃないか?」
「なるほど。聞いてみるか? お~い、ヒューイ! もう戦はおしまいか?」
声をかけられたヒューイは足を緩め、彼らの方に寄ってきた。水兵達の多くはずいぶんと緊張感のない顔をしている。これはもう今日の仕事はほぼ終わりだろうと、そう思っているのが見え見えだ。
「うん、警戒レベルを下げて、巡視体勢に戻すみたい。これから半鐘が鳴ると思うよ」
警戒態勢レベルは、半鐘の数で通達される。レベル1……巡視体勢なら半鐘は1つだ。
「でも、まだ半鐘鳴ってないからさ。鳴るまではいつあいつらが反撃してくるか分からないから、警戒態勢レベル5のままでお願いします」
ヒューイがぺこりと頭を下げると、水兵達は不満そうに鼻を鳴らした。
「何だよ。上がレベ1にするって言ってんなら、もう俺達も後片付けしちゃっても良いだろ」
「それはオンゾ水兵長の指示に従ってください。俺、お使いの最中だし、俺に指示する権限ないからさ」
「そりゃそうだろうけどよ!」
同期の水兵達は、ヒューイに対して複雑な思いを持っていた。一番チビでガキのくせに、艦長の従卒になって楽をしやがってムカツク、という気持ちと、こいつに口を利けば、艦長に自分達の意見が通るという、特権意識めいた優越感。ヒューイをぞんざいに扱うことで、余計に自分たちは特別な存在だと勘違いできる。
特にダリルは他の同期達よりもその気持ちが強く、ヒューイをことさらに自分より格下だと扱おうとした。ヒューイの方が素振りも剣の腕前も上だし、先の移船線で彼に命を救われたということは、もうすっかりダリルの頭から消え去っているのだ。
「おい、ヒューイ。で?」
「なに? ダリル?」
顎をしゃくって偉そうにするダリルに、ヒューイは笑顔で聞き返した。あからさまにヒューイを見下しているダリルのことを、ヒューイは全く気にしていないようで、それが余計にダリルを苛立たせた。
「言われねぇと分かんねぇのかよ。使えない奴だな。で、もう港に帰るんだろうな?」
「え? どうして? 巡視は予定通り三ヶ月だよ」
「は? 嘘つくなよ。こないだの襲撃と今回ので、さすがにもう砲弾がないだろう? 一度港に帰るんだよなぁ?」
ダリル達には、艦の上は暇なだけだった。代わり映えのしない景色。代わり映えのしない食事。酒だって飲めないし、娼館もない。船の整備は面倒くさいし、訓練はきついし、いつ敵が現れるかも分からないので落ち着いて眠れないし、敵が来れば来たって弾は当たらない。何でいつまでも船の上にいなければいけないのか。早く港に帰って、酒場で酒を飲んで娼館で女を抱きたいと思うのは、何もダリルだけの考えではなかった。
だが。
「これから、輸送船で砲弾とかの物資が到着するんだ。弾はすぐに補給されるよ? 俺、立ち会わないといけないから、もう行かないといけないんだ。ダリル達もこの後の任務、頑張ってね!」
「はぁ? だって俺達は海賊共を追い払ったんだぞ!」
「そうだね。でも、巡視航海は最初から三ヶ月だし、艦長達もそう言ってたから。あ、夜になったらまた敵襲があるかもしれないし、それに備えて休めるときにはゆっくり休んでね。じゃ、俺、もう行かないといけないから! またね!」
ヒューイはそう言うともう一度ぺこりと頭を下げて走り去って行く。その姿を見送りながら、ダリルは忌々しそうに甲板につばを吐き出した。
「ちっ! なんだあいつ、偉そうに!」
ダリルにとって、ヒューイはいつまでも自分の使いっ走りだ。顎で使える下っ端。ヒューイが艦長の従卒だというのなら、ヒューイのボスである自分は彼以上の地位にいる筈で、同じ水兵達の同期達よりも、ずっと自分の方が偉いのだ。
「調子に乗りやがって……」
「ダリル?」
ダリルがヒューイを見送る目は昏い。水兵達はそんなダリルの様子には気づかず、戦の後片付けに取りかかるのだった────。
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