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36:海賊襲撃-2

先週は突然のお休みをいただき、すいませんでした。

また今週からよろしくお願いします。


イヌ吉拝

 大海賊デッセル。その名は、腕を斬り落とされた今でも翳ることはなく、彼の蛮勇は今でもとどまることを知らない。


「お頭、どうか艦橋に戻ってくだせぇ! あんたが隻腕でもて強いことは知ってまさぁ! だが、もう移船戦をやろうなんて考えちゃいけませんぜ!!」


 マストにある物見台に立って、今にもオーリュメール号に飛び移りそうなデッセルを、手下共が必死に止めている。そんなことは言われなくても分かっている。それでも、あの船は自分の手で沈めてやらないと気が済まないのだ。


「お頭! お願いですから艦橋に戻ってくだせぇ!」

「分かってる! ちっ、砲弾を撃ち込め! あの小僧、船ごと沈めてやる!!」


 デッセルのかけ声に、砲手台の連中が大喜びで大砲をぶっ放す。旗艦に倣って、次々と残りの五隻の海賊船も大砲を撃ち上げた。





「くそ! デッセルめ、あの傷で船を下りないのか!」


 オーリュメール号では突然の砲撃に対してこちらからも大砲を撃ち返すが、何しろ一対六である。


「くそ! 急いで離脱するぞ!」


 せっかく修理したばかりだというのに、また船に穴を開けられてはたまらない。それに前回は砲弾を撃ち込むのは二隻だけで、残りの四隻は移船戦がメインだったのに対し、今回は六隻全てが大砲を撃ち込んできているのだ。敵襲の信号弾は上げているが、他の艦が応援に駆けつけるのにも時間がかかる。いくら何でもこれでは対抗のしようがないではないか。


 だが、デッセルの船から打ち込まれた砲弾は、オーリュメール号に届くことなく海面に着弾し、大きな水しぶきを上げた。次の砲弾はマストを通り越して反対に落ちた。次の砲弾はずいぶんと左に。次の砲弾も。次の砲弾も。


「なんだ!?」

「へ、下手くそかよ!」


 いや、デッセル団には砲撃の名手がいる。前回も、大砲は見事にオーリュメール号の艦体に穴を開けたではないか。なのに何故……?


「こちらの砲撃で撃ち落としたのか!?」

「え!? すげぇ、神業かよ!」


 最初は大量に迫る砲撃におびえていた新兵達も、あまりにも砲弾が当たらないことに、段々気が大きくなってきた。


「ははは! デッセル団とか言って威張ってるけど、たいしたことねぇな!」

「ホントだぜ!」

「お前ら、気を抜くな! 一対六であることに変わりはないのだぞ!」


 ベテラン達が浮き足立つ新兵達を叱り飛ばすが、彼らもこのおかしな事態に動揺を隠せずにいる。


 艦橋から辺りの様子を見ていたヒューイは、興奮した顔をイグニスに向けた。


「すごい、これが海軍の砲撃なんですね!」

「バカな……。こんなことが起こるなんて……」


 それはとても幸運なことだが、それを喜ぶことなどイグニスにはできなかった。

 あり得ないことが起きている。おかしい。何が起きている────?

 奴らも当たらない砲弾に躍起になっているのだろう。砲弾は雨霰のごとく撃ち込まれてくる。

 それでも、一発も当たらない。


 何故だ? 初めての事態に、ベテランほど混乱した。


「待て。今の軌道、おかしくなかったか……?」


 イグニスが低く呟くと、艦橋の者達はみな砲弾の軌跡を注視した。

 確かにおかしい。当然だが、砲弾は大砲から放たれて、やや放物線を描きながら、それでも一直線に飛んでくる。


 だが今、あの弾は途中で曲がらなかったか……?


「うちの砲弾が撃ち返して弾いているのでは?」


 ヒューイがそう言えば、なるほど、オーリュメール号の砲弾が敵の砲弾に向かってぶち当たっていく。

 だが、それにしても……。


 しばらく、激しい砲撃戦が繰り広げられた。だが、オーリュエール号に敵の砲弾が当たることはなかった。そのうちデッセル達もその異様さに気づいたのか、それとも弾が尽きたのか、奴らの船は速度を落とし、進路を反らし始めた。最後までオーリュメール号を追うそぶりを見せていたのはデッセルを乗せた旗艦で、それでも周りの船に囲まれて、追われるようにオーリュメール号から離れていった。デッセルの恨み節がこちらまで聞こえてくるような、そんな去り際だった。

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