33:真夜中の森-1
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真夜中にセオとヒューイがそっと部屋に戻ってくると、その気配でダリルは目を醒ました。ここのところ、二人はこうして消灯時間の後に抜け出している。最初は二人して人目の付かない所でエロい事でもしてるのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
二人の話しぶりから、二人が剣の稽古をしているのだと分かると、ダリルは速攻で興味をなくした。
ガキが粋がって、剣の稽古とか。ああ、せいぜい頑張れば良いさ。あいつらが少しでも使えるようになったら、それも俺の手柄にしてやんよ。あいつらは俺のパシリだからな。弱っちいあいつらに、俺が稽古するように言ったんだとか言やぁ、上の奴らはすぐに信じるだろ。どうせあいつらは俺の飯の種にしかならねぇんだよ。へっ、ざまぁみろ。
そう思ってダリルはベッドの中で寝返りを打った。
ったく、朝から一日中働かされてるってのに、夜まで起こすのはやめてくれよ。ガキが夜中に何してようが構うこったないが、帰ってくるならもっと気配を消して入って来いってんだ。せっかく寝てたのに目が醒めちまったじゃないか。
イライラしながら横になっていると、そのうち二人は静かになった。さすがに疲れているのだろう。二人の寝息も周りのいびきに紛れてかすかに聞こえてくる。その寝息を確認してしばらくすると、ダリルの瞼もまた重たくなってきた。
ふう。やっと眠れそうだ。そう思ってからどれだけ時間が経っただろうか。入り口のベッドからまた人の動く気配がした。あっちのベッドはヒューイか? さっき寝たばかりだというのに、またヒューイが起き上がって部屋を出て行こうとしている。
最初は用でも足しに行くのかと思ったが、ダリルの勘がそうではないと告げてくる。
まさかあいつ、夜中に抜け出してお偉いさん達に体でも売ってるのか? そうか。だからあいつ、こんなに早く出世したんだな? そうだよな。そうでもなきゃ。あんなガキが艦長の従卒とかおかしいよな。
だったら、現場を握ってやらなきゃ。あいつにその事実を突きつけて……そうしたらあいつはもう俺に逆らえなくなるし、金だって飯だっていくらだってせしめる事ができるだろうさ。
ダリルはベッドの中で素早く皮算用し、笑いが止まらなくなった。
ヒューイが部屋を出て行ってから、少し置いてダリルも部屋を出る。そっと後をつけていくが、ヒューイもまさかこんな夜中に起きている奴がいるとは思っていないのか、後をつけるのはそう難しい事ではなかった。
ヒューイは宿舎を抜け、てっきり幹部達の部屋のある宿舎に向かうのだと思っていたが、そうではなかった。宿舎から離れ、そのまま基地から出て行ってしまう。
「おいおい、まさかあいつ、娼館にでも行く気かよ」
思わず声に出していた。そのくらい、今の状況はまずい。ダリルは慌てて口を塞いだ。誰かに見つかるわけにはいかないのだ。
陸にいる間は、娼館に行くことを禁止されているわけではない。だが、就寝時間を過ぎてから勝手に基地から抜け出すのはさすがにまずいだろう。
……俺だって見つかったらやばいよな……? いや、でも俺は、脱走したヒューイを連れ戻すために外に出てるんだ。もしあいつが娼館に入ったら……、そうだ、そしたら俺も、ちょっとくらいならあいつの金で遊んだって良いよな? さすがのヒューイだって文句は言えないはずだ。
脱走兵を連れ戻すという大義名分を得て、ダリルはニヤついた。ヒューイはもうこれで、一生自分に頭が上がらなくなるだろう。偶然たまたま海賊の腕を斬り落としたくらいで偉そうにしやがって。マストから落っこちた先にたまたま海賊がいただけじゃねぇかよ。そのくらいで艦長達と旨いもん喰えるって、おかしいだろう? ふざけんな。リーダーである俺に少しは分けるくらいのこともしないで、これだから田舎のガキはいやなんだよ。
ブツブツと頭の中で文句を言いながら、それでも娼館で楽しい時間を過ごせると思いながらヒューイの後をついて行く。だが、ヒューイは町ではなく、森に向かって歩いて行くようだった。
森? こんな時間に森? 当然森の中には明かりもなく、月明かりだって木に遮られて辺りは真っ暗だ。
「おいおい、まさかあいつ、本当に脱走するつもりか? 勘弁してくれよ。あいつは俺の手下だって、みんな知ってるんだぞ? 俺の手下が脱走とかしたら、俺にとばっちりが来るかもしれないじゃないか……!」
なんとかして連れ戻さないと……そう思って後をつけるが、森の中は真っ暗で、ヒューイの姿も見えなくなった。恐る恐る奥に進もうとするが、前も後ろも見えない闇の中で、これ以上行動するのは危険だろう。
「あいつ、どこに行ったんだ?」
その時、バサバサッと木の鳴る音がして、ダリルは思わず叫びそうになった。まさかこの森、狼とか熊とかいるんじゃないだろうな!?




