22:お前、死ぬなよ?
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艦長執務室を出て水兵の宿舎に戻ると、ヒューイは水兵仲間達から食堂に連れて行かれた。上陸するなり艦長に連れて行かれたヒューイの事を、みんなが心配してくれていたのだろう。
「で、どこに連れて行かれたんだよ」
「艦長なんだって?」
「デッセルの腕を斬り落としたんだ。ひょっとして、賞金とか出るのか?」
……いや。どうやら心配ではなかったようだ。みんなが興味津々にヒューイの話を聞きたがっている。新入りもベテラン達もみんなヒューイを囲んであれこれ妄想を膨らませていたようだ。
「もちろん賞金が出たならみんなで山分けだよな!?」
「そりゃそうだろ!? お前だけそんなご褒美とかずるいじゃん!」
「俺達仲間なんだから、賞金で酒くらい奢ってくれるよな!?」
「お、俺、娼館とか行きたいんだけど! で、どのくらい賞金出るんだよ!!」
一同のお目当てはヒューイの賞金のようだ。みんな言いたい放題だが、自分が報奨金をもらったって、絶対仲間に奢ったりなんかしないだろうに。
そういえば提督は報奨金を出すとか言ってたけど、あの様子では期待しない方が良いだろう。ここで不確かな報奨金の話などして、実際には「従卒にしてやった事が報償だ」と言われたら目も当てられない。
ヒューイは少しだけ思案して、確かな事だけ告げる事にした。
「報奨金は分からないけど、なんか、従卒になるようにって言われた。……従卒って……何するのかな」
それを聞いて、みんな目を見開いて叫んだ。
「は!? 従卒!? 誰の!?」
「あの……ボルドー艦長の……」
「艦長の!?」
それに一番最初に反応したのはダリルだった。目を血走らせ、今にもヒューイに噛みつかんばかりの顔をして胸ぐらに掴みかかる。
「なんでお前ばっかり艦長の従卒に選ばれるんだよ! 従卒って、下働きはしなくて良いって事だろ!?」
「いや……これからは艦長が俺の事鍛えるって言ってたから、下働きもするだろうし、多分他にも色々忙しくなると思うんだけど……」
だが、ダリル以外の……いや、ある程度水兵歴の長い連中は、ダリルとは違う反応を見せた。
「鍛える……?」
「あの艦長が……?」
見れば、皆、ぞぉっとした顔で、なんなら気の毒そうな顔でヒューイを見つめていた。
「え? どうしたんすか?」
ヒューイの胸倉を掴んでいた手をそっと離しながら、ダリルが辺りをうかがう。この反応……。どうやらダリルが思っていた扱いとは違うような……?
「お前ら、新兵だから知らないだろうけど、ボルドー艦長、相当えげつないぞ……」
「は? え、どういう意味です……?」
「……二年前に従卒になった奴は、半月で逃げ出したしな……」
「半月!? え? 逃げ出すって……」
「だから、夜中に宿舎からとんずらこいて、二度と戻ってこなかったんだよ」
ベテラン達がとんでもない事を言い出すと、新入り達はみんな声にならない叫び声を上げた。
「そ、そんな事が……!?」
「それでそいつ、どうなったんです?」
勝手にとんずらなんて、脱走兵ではないか。脱走したらどんな未来が待っているのか想像もつかない。それはベテラン達も同じようだ。
「さぁな。ここが陸軍なら追い込みかかったのかもしれないけど、俺ら海軍だから陸の事はそんな詳しくないしさ。艦長達も『とんだ見込み違いだったな』とか『やる気がない奴はいてくれなくて良い』とか言って、すぐに諦めたし」
「な、なんだ。その程度で済むんのか……」
少しだけほっとした顔の新入りに、ベテラン達は重々しく首を振ったた。
「いやいや。あいつがどうなったのかは俺達も知らねぇな」
「だが、一応国中に逃亡兵の通知は行ったみたいだぞ? 役所も陸軍も騎士団も警備隊も協力してるらしいから、どこかの街に入ろうとすりゃすぐ捕まるだろうし。当然どこかで雇って貰うとかもできないだろ? 多分、この国の中に居場所はなくなるんじゃないか?」
「山に逃げりゃ魔獣が出るって話だし、国境線には警備隊や辺境伯の領軍がいるからよその国に逃亡とかも無理だろうし。まぁ、二度とまともな生活はできないだろうなぁ」
その話は、なかなか新入り達の肝を冷やすには十分な話だ。
「でもまぁ、ヒューイなら逃げたりしないだろ? 今だってお前、朝晩素振りしてるくらいだし」
「いやいや、大変なのは剣の訓練だけじゃないらしいぞ? 俺、二年前に脱走した奴に泣きつかれた事があるんだけどよ。何でもこの艦の仕事の一通りをそれぞれのトップからがっつり仕込まれるんで、休む間もなきゃ寝る間もねぇらしい」
「俺らが陸の酒場で羽伸ばしてる間も、艦長の下でよく分からん勉強詰め込まされるって聞いたぜ」
「剣は艦長自ら鍛えるんだろう? 俺達の練兵だって、艦長がいる時は昼飯吐くほどきついってのに、アレとマンツーマンだぜ?」
話がどんどん不穏な話になっていく。俺達の練兵? 俺達? 俺達も吐くほどしごかれるの!?
「ということで、ヒューイ。お前、死ぬなよ?」
「は、はい……。が、頑張ります……」
ガクブルしながら頷くヒューイの頭を、ベテラン達は労るように……いや、どちらかというと何かの念を籠めるかのように、ポンポンと叩いていくのだった……。
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