21:艦長執務室
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その後、ヒューイは副艦館長のデーリッヒと共にイグニスの執務室に連れて行かれた。
「あ~! ったくあのクソ提督が!!」
執務室に入るなりデーリッヒが吠え、イグニスも「戦場で後ろにいるのが味方ばかりと思うなよ……」などと物騒な事を言い出す。
「え、えっと、あの……」
二人のビリビリとした雰囲気にヒューイが怯えた声を出すと、二人は取り付けたような笑顔でヒューイを振り返った。
「ああ、すまない。思わず本音が漏れ出てしまった。今のは門外不出でお願いするよ?」
「は、はい……」
それからイグニスはヒューイにソファを勧め、デーリッヒが「まぁ飲め」と言いながら水を持ってきた。
「あ、あの、俺がやりますから」
恐縮して立とうとするヒューイを、二人は何でも無い顔をしてソファに沈め直す。
「最初だけ最初だけ」
「初回サービスだから」
そうして二人は自分達もソファに座って水を飲み始めた。
この国の水は、他の国に比べると質が良く、特に第四艦隊の本拠地であるバスパトは、そのまま生水を飲めるほど、良い水源に恵まれている。勤務時間中で酒も飲めず、かといって湯を沸かして茶を淹れるのも面倒な彼らは、よくこうして水をがぶ飲みしていた。こんな贅沢は艦の上ではできない。陸にいるときだけの贅沢である。
三人はごくごくと水を一気にのみ、一斉にプハァと息を吐き出した。エールでなくたって、水の一気飲みにも溜まった腹の中の物を落ち着かせる効果があるのだ。
「ヒューイ、うちの提督が悪かったな。あの人はとにかく、貴族の悪い所を全部背負ってるような人なんだ」
「は、ははは……」
まさか「そのようですね」とも言えず、ヒューイも乾いた笑いで応えるしかない。
「だが、まぁ一応許可は取ったからな。お前は明日から俺の従卒に就いてもらう。今日いきなりだと何だろうから、明日の朝、朝食が終わったらこの部屋に来い。まだ当分は今の大部屋住みで良いが、まぁ、その辺は追々整えていく」
「か、畏まりました」
軍隊において、上官の命令は絶対だ。それが艦長であるならなおさら。
だが、あまりの事の展開に、ヒューイはついて行かれずに目を白黒させてしまう。
「そうビクビクするな。なあに、いくら艦長だって、取って食いやしないさ。ただまぁ、艦長のしごきは少々厳しいが、お前なら艦長のしごきにも耐えられるだろ」
デーリッヒはガハハハハと豪快に笑っているが、言っている内容はなかなかの物だ。少々腰が引けてしまっているヒューイに、イグニスは優しく笑いかけた。
「デーニッヒの言う通り、俺がお前を鍛えよう。お前は鍛えれば、一廉の武人になるだろう。もう、お前に何もできなかったと後悔の涙は流させない」
その言葉に、はっとしてヒューイはイグニスを見た。
先日の夕食の席で、ヒューイが自分の村が襲われたときに何もできなかったと言った事を、覚えてくれているのだ。そうして、彼は自分の後悔を断ち切る為に、鍛えてくれると言う。
「ヒューイ。お前はきっと、祖国を守ることができる。我々海軍が戦うのは、魔獣ではなく敵国ウォースの艦隊であり、ウォースからチョロチョロと出てくる海賊共だ。お前は、人を殺せるか?」
「人……俺は、魔獣しか斬った事がありません」
慌てて頭を振るヒューイを、イグニスが優しく諭す。
「そんな事はないだろう。お前は、デッセルの腕を斬り落とした」
そうだ。確かにヒューイは、デッセルの腕を斬り落とした。だが、たった一度のその機会で、こんな扱いを受けて良い物なのか、ヒューイには分からなかった。
「あの、俺は、未だに船に酔います。それに、礼儀知らずな田舎者ですから、艦長のおそばにいては、艦長にご迷惑をかけてしまうかもしれません……」
先ほどの提督の自分を見る目を思い出せば、それは確かな事だろう。貴族の子弟である下士官見習いの新人達を差し置いて、山育ちの自分が艦長の従卒になど就いたりしては、艦隊内でのイグニスの立場に関わってしまうのではないか。ヒューイにはそれが心配だった。
だが。
「最初は誰だって何も知らないんだ。だが、このデーニッヒだって、元は平民の水兵だったんだぞ」
「おうよ。俺を見いだしてくれた艦長は、ボルドー艦長よりもよっぽどおっかねぇおっさんでな。俺なんかよりよっぽど見事に禿げ上がった、男らしくて腕っ節の確かな艦長だった。俺もこの艦長には散々泣かされたが、今じゃオーリュメール号の副艦長にまで出世したんだ。艦長様々だよ。ボルドー艦長は一見優男似見えるが、あの時の艦長より更に輪をかけて男らしい艦長だ。ボルドー艦長に任せときゃ、三ヶ月後には、お前も陸の上なんかよりよっぽど板の上に馴染んでいるさ! 船酔いなんてすぅぐ忘れちまうぜ!」
デーニッヒがまたもや豪快に笑うと、イグニスも爽やかに笑った。
「ああ、社交ダンスも踊れるほど、何でもかんでも教えてやるから楽しみにしていろ」
二人の目がなんだかギラリと輝いている。やばい、俺は何かとんでもない事になってるらしいと思いながら、ヒューイは「よ、よろしくお願いします」と頭を下げた。
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