18:大海賊デッセル-7
デッセルの船団を見送った後、なおも追撃を口にする者もいたが、艦の状態がそれを許さなかった。この世界の大砲は火薬で鉄球を撃ち出すだけの物で、着弾したからといって爆発することはない。それでも木造船の土手っ腹に穴を開けるには充分の威力を持っているのだ。
「工廠班! 応急手当を急いでくれ!」
「はっ!」
海軍には魔法を使える者はほぼ居ないので、艦の補修は体にロープを巻きつけて、舷側から宙づりになって行う。幸い、喫水線より下には被弾していなかったようで、これならなんとか港まで辿り着くだろう。
甲板では、まだ先ほどの余波でざわめいて回収する者。
「……艦長、これ、どうしますか……?」
イヤそうな顔で副艦長のデーリッヒが甲板に視線を落とすと、そこには肘から先だけになった、男の右腕があった。
デッセルの腕だ。手にはどでかい曲刀をまだ握っていて、五本ある指には八つの指輪がはまっていた。よくもこんなにゴテゴテの指輪をつけて、曲刀を振り回せたものだ。
「……曲刀だけを接収して、後は海に捨ててしまえ」
「あいつの一部が海に沈んでるなんてぞっとしませんがね」
「ああ……。なら提督にでもお見せするか。我が艦の戦果としてな」
「指輪が付いてりゃあの提督なら大喜びじゃないですか?」
デーリッヒがその腕を麻布で包んで縛って氷室に入れておけと部下に命ずる。この船には魔道回路を積んだ氷室があり、少しの氷で三ヶ月もの冷蔵を可能にしていた。
「おい、あれ、デッセルの腕か……?」
「デッセルを追い返したんだよな……?」
「さすがのデッセルも、右腕がなくちゃ海賊稼業は廃業じゃないのか?」
まだ状況が確認できていない者は大勢いた。
デッセルがロープを伝って甲板に降り立ったことはその目で見ることができた。だが、気がつくとデッセルが手下共に庇うように囲まれていて、空中ブランコ宜しくロープで飛んできた奴にかっ攫われていなくなった。多くの兵士達の認識はそんなものだ。
あまりに一瞬のことだった。皆、自分の対峙している敵に夢中で、周りが見えていなかったということもある。
だからもちろん、デッセルが現れる前に、自分達の足下を誰かが走り回っていたという認識もなければ、その走り回っていた奴が海賊共の足を切りつけていた等という認識もない。
だが、デッセルのそばで戦っていた者達───その多くは戦に馴れた上級兵や戦闘幹部達だが、彼らはデッセルがヒューイを目がけて甲板に降り、ロープを掴んでマストに飛び移ったヒューイがデッセルの腕を斬り落とした現場をちゃんと目で追っていた。
「大丈夫か、ヒューイ」
「お手柄だったぞ!」
彼らは次々にヒューイの頭を撫で、彼に賛辞を送った。
「お手柄? あのチビが何かしたのか?」
「あいつ、ほら、素振り千本の……」
「え? あいつが素振り千本の新人なのか? あんなチビのくせに……?」
皆の視線が集まる中、ヒューイはまるで腰が抜けたように甲板の上に座り込んでいた。
「ヒューイ? どうした?」
「い……今頃手足が震えてきて……俺、人間を斬るのは初めてだったから……」
「は?」
故郷で飛赤猴という魔獣と戦っていたというヒューイは、デッセルを飛赤猴だと思って戦ったのだと情けない顔で呟いた。
「飛赤猴は身長が二メートルもある猿だから、奴と戦う時は足下を狙うか木の上から落下速度を借りて斬るのが基本なんです。あの海賊もすごく大きかったから、ちょっと飛赤猴みたいかなって。俺、飛赤猴相手の戦い方しか知らないから……」
「あはははは! デッセルは猴か! そりゃあ良い!!」
遠くで見ていた事情を知らない兵士達は、それを聞いてゲラゲラと笑った。
新人が運良く敵の大将に大打撃を与えた。そりゃあ素振りを千本軽々振るし、魔獣と戦ってきたかもしれないが、たかが新人が海千山千の海賊大将の腕を斬り落とすなんて、幸運以外の何物でもない。まさかこんなに震えている新人が、デッセルと互角に戦える実力があるとは皆思っていないのだ。
だが、イグニスは見ていた。
セオも────。
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