11:甲板にて-2
「なに!?それは、我が艦内でセクハラが行われていると言うことか!?」
「ええ……まぁ、ほら、男同士で結婚することも多いですから、可愛い子がちょこちょこしてたら、まぁ、中にはそういう奴が出てこないとは言い切れませんし……。でも、艦長が目をかけていれば、誰も手は出せないでしょう?」
「……それは、そうかもしれないが……」
そう。結婚や恋愛の対象が同じ男性であることが、この大陸では普通なのだ。
もちろん、欲望の対象も。
何てことだ。何てことだ。
ボルドー伯爵家の三男であるイグニスは、貴族子弟として最初から下士官候補としての待遇を受けていた。先日入隊したお坊ちゃま達と一緒だ。そんなお坊ちゃん達は、この艦の狭い通路や下甲板の船室で、何が行われているか何て知らないのだ。
そうして、そういった「当事者間のトラブル」が、艦長クラスの耳にまで届くことはない。
「艦長が多めに声をかけてあげれば、それだけで彼にちょっかいかける奴はいなくなると思うんですよ。ほら、誰だって艦長に睨まれたくないでしょう?」
「そ、そうか」
「……あの子は、とても良い子です。ですから艦長、ぜひ明日からの航海で、艦長が彼を気にしてやってください」
テルーの言葉に、イグニスは思わず「わ、分かった」と了承した。
艦に配属された新人を守ることはもちろん我々上官の務めだ。言われなくても新兵達には声をかけ、見回りも強化してやらなければならない。
そうだ。それは当然のことだ。別に相手がヒューイだからじゃない。艦長として当然のことで……。
その日から、イグニスは余計にヒューイを気にするようになった。
ヒューイがどこにいるのか無意識に探してしまうし、姿を見つけると、ついついその動向を見守ってしまう。ヒューイはセオとダリルという同期の者達とよく一緒にいるようだ。セオはヒューイと同じように真面目で、仕事もよくこなしている。ダリルは……なんだあいつは、年上風を吹かせて、ヒューイ達にずいぶん偉そうにしているではないか。彼だって同じ新兵であり、ヒューイよりも実力が劣るくせに。
そうしてヒューイを見守りながら……いや、見守れと言われたのだ、見守っていても良いだろう。そうだ、見守っているんだ。優秀な新人が邪な大人の欲望から潰されることがないように見守っているだけだ。そうだ。おかしくない。おかしくないはずだが……なんとなく、ヒューイとセオが仲良くしているのを見ると、面白くなく感じてしまう。ダリルがヒューイをからかって、肩を組んでいたりすると、ムカッとする。
何だ? なんでこんな気持ちになるんだ? 自分はなんでこんなにむかついてるんだ?
クソ、テルーがおかしな事を言うからだ! だからこんな気分になるんじゃないか……!
「あ、艦長だ!」
イグニスが用もないのに───いや、彼的には新兵を気遣って巡回しているつもりなのだが───甲板をうろついていると、イグニスに気づいたヒューイがさっと姿勢を正した。周りの新兵達はどこだどこだと艦長の姿を探し、慌ててヒューイの真似をする。もちろん、真面目なセオと、上官には良い顔をしたいダリルも、当然のようにイグニスに向かって水兵式の敬礼をした。
「ああ、が、頑張ってるようだな。よく励みなさい」
「はい!ありがとうございます!」
イグニスが通り過ぎると、セオとダリルが「おい、艦長に声かけられたぜ!」とはしゃいでいる。だがヒューイは落ち着いて、すぐに仕事に戻っていった。
イグニスはいつもよりも少し足早に艦橋に戻ってくると、艦長の椅子に座って思わず顔を手で覆った。
……確かに、彼はそういう輩に狙われてもおかしくない……のかな……。若木のようなしなやかさ。まだ細い首。それでいて、年の割にしっかりとした顔つきをしている。そのギャップが……うわ、自分は何を考えているのだ……。
一人赤くなるイグニスを、副艦長や補佐官達が遠くから生暖かい目で見つめている。
「は~、艦長もいい加減、朴念仁だからなぁ……」
「もてるのに、勿体ない……」
「早く誰かとくっついてもらった方が良いだろう?」
「確かにな。まぁ、艦長があんなに一人の人間を気にしているのも珍しい」
「遅咲きの恋ですよ!うわ、俺達、すごい現場に居合わせましたね!」
そんな銭湯幹部達の声がイグニスの耳に届くことはないのだけれど……。
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