10:甲板にて-1
すいません、今回からHNをblogの名前に合わせて「イヌ吉@苳子」に変更します。
今後ともよろしくお願いします。
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艦長達との会食の後、別にヒューイの扱いが変わったわけではない。ヒューイは相変わらず兵士としてではなく、船周りの仕事をする水兵として働いているし、相変わらずデニスから雑役を押しつけられては日々それらをこなしている。
今日もヒューイは同期のセオと一緒に洗濯物の詰まった麻袋を持って甲板を走り回ったり、帆桁の上をロープを持って走り回っていた。
「……帆桁の上の作業って、普通はみんな怖がって、最初のうちは歩くだけでもやっとなんだけどなぁ……」
水平長のオンゾは、ヒューイが全く危なげなく帆桁を走っている様子を見て、呆れたように呟くと、オンゾの副官が頷いた。
「ホルニー村は山の上にあって畑作には向かなかったから、林業が主産業だったようですよ」
ヒューイをこのまま水兵として育てたいと考えている副官は、ホルニー村の事も調べていたらしい。
「あ~、木に登って枝払ったりとか?」
「ええ。ソグド杉の上で作業をしていたのなら、この位の高さや足場の狭さには慣れているのかもしれません」
ソグド杉は高さ十五メートルはある杉の木で、建材として人気がある。木に登り、枝に登って整理をするのは、きっと体の小さな子供達の仕事だったのだろう。
「体が小さいってのもあるだろうが、相当な身の軽さだな……」
「ええ、帆やロープの扱いもうまいので、このまま水兵に欲しいですね」
副官が真面目な顔でそう言うと、オンゾはフンと鼻を鳴らした。
「バカ言え。素振り千回を軽々こなすような男を、いつまでも水兵にしとくわけにはいかんだろう」
「ですよね~」
ちょっぴり残念そうな副官だが、彼も分かっているだろう。
ヒューイは、違う。ただの水平とは違うのだ。
ひょっとしたら、彼の父親と同じように、彼にも魔法があるのかもしれない。もしかしたら父親と同じように、身体強化の魔法が? そうでもなかったら、あの小さな体で千回の素振りを振りきれはしないだろう。
「大切に育てないとなぁ」
オンゾがしみじみとそう言えば、副官も大きく頷いた。
ヒューイを気にかけているのは、直接の上司である水平長のオンゾだけではない。あの食事の席にいた戦闘幹部達は、所属は違うが皆ヒューイに一目置き、彼を見守ることにしていた。
もちろん、艦長であるイグニスも。
いや、イグニスの視線は少しだけオンゾ水平長やデーリッヒ副艦長とは違うようだった。
「艦長、最近、あの新入りをよく見てますね」
思わずテルー補佐官が突っ込むと、イグニスは自分がそんなにもヒューイを見ていたかと驚いた顔をした。
いや、そんなに見ていたかとかどうとか、驚く艦長にテルーの方が驚いた。
だって、最近の艦長はいつも視線を彷徨わせ、ヒューイの姿を探しているように思えるのだ。そのくせ、そこにヒューイがいることに気づくとちょっとびっくりしたような顔をする。そしてヒューイがいると気づくと、その様子を目で追い始める。
少しだけ、柔らかい目で。
「そうか? そうだったかな……。だが、お前は今日の調練を見たか? ヒューイはあの若さで軍隊という物がどういう物か、理解している。彼の村は、我々が思っているよりも、もっと軍隊として機能していたのかもしれないな」
「ああ、そういうことですか……。俺はまた……」
テルーが少しだけ言葉を濁すと、イグニスはどうした?と尋ねた。
「どうした? 何か言いたいようだな?」
「いえ……」
テルーは少し考えて、イグニスの思ってもいなかったことを言い出した。
「あの……明日から、艦は外洋にでますよね? その際には艦長は是非ヒューイや、その他の新兵を見守って差し上げてください」
「……どういうことだ? 何が言いたい?」
明日から、オーリュメール号は外洋任務に当たる。敵国であるウォースの動向を見張り、領海を侵す海賊を撃退し、海の魔獣がいないか確認する巡航任務だ。外洋に出れば、帰ってくるのは三ヶ月は先になるだろう。新人達にとっては、初めての本格的な外洋任務となる。
「ええと……つまり、ヒューイは可愛いでしょう? ほら、海に出ると、閉じられた空間にいる副作用で、可愛い新入りにちょっかいかけたりする奴が出てくるといけませんので……」
できるだけ控えめにそう告げたテルーに、イグニスは目をつり上げた。