9.正攻法の討伐、燃える大地
年間通して気温も高く、この土地に慣れていない者にとっては不快極まりないじっとりとした汗が全身にまとわりつき、数秒たりともとどまりたくないと思わせる西の熱帯雨林。
その奥地にある遺跡を目指して、ゼンは歩いていた。
「くそあちぃな。おい黒ブタ、なんか涼しくなるもん作れ。」
命令通りに、現代でも重宝されている装置を『作った』。ゼンの着ているジャケットの内側に、動力源が謎の冷たい風と冷感が巡るようになり、ひと息つく。
「いい感じじゃねぇの。にしても、お前らよく平気だな?俺が一番まともなのがよーーくわかるわ。」
クロエ自身も汗をかいてはいるが布面積が極端に少ないためゼン程気にする様子はなく、ファインはそもそも人間と体の作りが違うので暑さの概念が違っている。
「ゼンって、なんでもできるのになんでもしようとしないヨネ?」
「あぁ?結末は同じでも過程は面白くねぇとつまらねぇだろ?簡単なことを簡単にやらねぇのが人間なんだよ。俺も人間だからな?楽しめるうちは楽しまねぇともったいねえ。」
言っている意味がよくわかっていない様子のファインのツノをデコピンするゼン。少し欠けたツノをニコニコ顔で再生してゼンにくっついた。
「涼しくなったならくっついてもいいよね!」
「かまわねぇけど、もうすぐつくから準備はしとけよ。」
腕に絡みつかれたまま、ぬかるんだ道を歩く。
しばらく進んだ先にあったのは湖……のような、大きさこそあるものの、深く水で満たされているのではなく、見た目だけの水たまりに囲まれた石で造られた古い大きな遺跡。空気は淀み、満たされている水の色はどどめ色。暑い空気も相まって、重くぬめっと鼻にまとわりつくような腐った匂いも漂っているようだった。
ゼンがここまで来たのは、フェストンの街で冒険者の前で行った演説の証明。『白金のゼン』をもちろん知っている者はいたが、実際にその実力を目にしたわけでも、実績をすべて知っているわけでもない。そして、これを機に初めて冒険者を志す者たちにギルドと自身への信頼と尊敬と、崇拝を得る為。
もうひとつ理由があると言えば、ファインの眷属の実力を見る為。
「一応聞くが、ここに置いたのはなんだ?」
「確かドラゴンゾンビくん?」
「腐敗を進行させて周辺への浸食を強化してんのか。そりゃけっこうけっこう。」
ゼンに褒められてご機嫌に鼻を鳴らすファイン。もうひとつ取り付けて言ったのは「自我を無くさせている」こと。
「あーそうだなあ。おい、黒ブタ。お前がやっとけ。」
「わかりましたゼン。」
ふたりの後ろにいたクロエは、遺跡に向かってひとりで歩き、近づいていく。すると、ゼンの視界にぼんやりとした竜の輪郭のようなものが映り、なにかがいること確認する。
「へぇ?光学迷彩か。SFかよ。」
「コウガクメイサイっていうの?まわりのものに擬態する動物のイメージだったんだケド」
「そっからきてるようなもんだ。強化されてる分精度が上がってるみたいだな?他のところもこの調子なら――まぁまぁか。」
傍観しているふたりの声を耳に入れながら、クロエは両手を広げて自分の両腕に武器を『作り出し』装着する。女性の想像からは出てこないだろう、あまりにも機械的で、暴力的な構造をしている青白く光る刃を備えたSF的な要素をもった武器。
現代社会でごく一般的な会社員をしていた為、こういったオタク要素は一切なかったが、ゼンによって壊された心と精神は、ゼンの洗脳によって作られている今のクロエは、ゼンの影響を強く受けている。言葉で伝えきれない部分は『思考を映像としてみる力』を『作り』、インプットした。
「安直だがまあ、そういう風に『作った』んだからしゃあなしか。」
「えー!なにアレ!前ゼンが言ってたかっこいいロボットの武器?」
「ちぃっとばっかし盛ってるがまぁそうだな。」
見たことのない未知の装備品にファインは目を輝かせて、見えない相手に立ちまわるクロエを見ている。
いつもしている目隠しも、暗視スコープに作り替えており、クロエの姿はさながら特殊部隊の装備をした女性アンドロイド……のような雰囲気を放っている。体は生身であるため、ドラゴンゾンビの攻撃を受けた箇所からは血が噴き出し、深く受けた部分からは骨や肉も露出していく。
『例外なくすべてを作り出し、生み出す力』を体現するように、防御することは考えずに暴れるドラゴンゾンビの攻撃を受け、欠損部分を作り、攻撃を与え、もう一度……を繰り返す。
ドラゴン『ゾンビ』というだけあって、単純に攻撃を受けてもダメージを強く負っている様子はなく、遺跡に絡みつきながらクロエの攻撃をトカゲのような動きで躱す余裕すら見えた。
とはいえ、クロエの動きも常人離れしている。身体能力を自身の力で上乗せさせている。確実にドラゴンゾンビの体を削り落とし体力は奪っている。ゼンがあくびをしてしまうくらいの時間……と、いっても数分ではあったが、標的としていたクロエを見ているゼンとファインを視認したドラゴンゾンビは咆哮を上げ、泥水の下に沈んでいた屍に命を与え、ふたりを囲むように出現させた。
「退屈してるのに気を使ってくれたのか?自我あるじゃねえか」
「単純にエサだと思ってるか外敵だと思われてるだけだと思うよゼン。どうする?ボクがヤる?」
「いや、お前は見届けてやれ。おい黒ブタ、遊んでないでさっさと終わらせろ。」
「ふふふ、わかりましたゼン。」
ふわりと飛び上がり、その足をドラゴンゾンビの爪で千切り飛ばされながらも平然とした様子で作りなおしながら、ゼンとファインの前に着地をして両腕を前に出し、刃を合わせて構える。
合わさった刃からバチバチと青白い火花が飛び、中心に高出力のエネルギーが集中していく。徐々に迫ってくる生きた屍の大群と、ドラゴンゾンビに照準を絞り、放つ。
凄まじい轟音が大気を揺らし、閃光が一直線に走り、ドラゴンゾンビもろ共数キロ先の森までも蒸発させた。ゆっくりと光が細くなり消え、残ったのは大地を半円状に削った空洞。
「久しぶりに体を動かしたので楽しくなってしまいました、ごめんなさいゼン。」
「次はもっと早く終わらせろ。」
クロエの腕の装備を破壊し、ほぼ全壊した遺跡の中心にゆっくりと歩いていくゼン。
「なにするのゼン?」
「ああ。めんどくせぇことにギルドの仕事ってのは完了報告が必要なんだよ。なんか証拠になるもん残ってねえかとおもってな。」
久しぶりの戦いで、『ギルドの依頼』だということを失念してしまっていたゼン。溶けてしまっている遺跡の跡をなにかを探しながら歩き回る。自分でギルドの復活と言い出した手前、面倒なことではあるが、この先控えている『結果』の為に依頼を着実に遂行していかなければならなかった。
「依頼の中に遺跡の宝珠の回収もありましたね。」
「かけらでもありゃな。」
「ゼンって結構律儀だよね……そこも好き!」
足に当たる感覚だけで瓦礫を蹴りながら探すこと数十分。緑色のつるりとした半分に割れた石を見つけ、拾い上げ、ファインに魔力の反応があるかを確認させる。
「うん、これダネ。」
「そうか。じゃあ、かえ――――」
ファインから受け取った半壊した宝珠から、ピリッとした感覚を感じたゼンは東の空を睨む。
ここからは絶対に目視できない東の大地が赤く熱く燃え尽くされ、そこに立つひとりの男……黄色の宝珠を手に、西の空を見上げこちらを見ている情景をゼンの脳内に映し出している。
「くっ……はははっ!見たな?」
『伝説』と『勇者』がお互いを認識した瞬間だった。