42.失いかけた決意、虚無に見た覚悟
パラパラと破片が海に落ちていく……剥がれた先に見えるのは闇。辺りの美しい景色の中にあるそれは、異様で異質なものだった。
「これは……なん……なにが……?こんな事ありえない……本当に、クロエ嬢が『作った』ものではないのか……?」
「わざわざここまで連れて、わざわざこんな物を見せるドッキリなんてしませんよ、アダル」
理解が追いつかないアダルヘルム。傍らにいるグリゼルダとファインは空間に張り付いているようにみえる暗闇の穴を、ただ無言で見つめている。
「この先は何もない、全ての存在が、存在することができない虚無の闇だ」
ゼンはそう言うと、ズボッと穴に手を突っ込み、くるくるとかき混ぜるような仕草をする。
「俺は『神の干渉を破壊する』効果を強く条件付けてる、こうやってくすぐってやるくらいは問題ないが、お前らは存在がなくなるかもしれないからやめとけよ?ま、触って確かめるとすれば境界線の存在くらいか」
クルーザーに戻り、ギリギリまで境界線に近づけ、触れされる。冷たさも熱さも感じることは無いのに、そこには確かに見えない壁が存在していた。
「う〜ん、これは難しい問題ダネ!」
うんうんと頷きながらファインが楽しそうに口を開いた。
「色々考えられるよネ?元の世界から隔離された、元々世界など無い箱庭、実は夢の世界でした〜とか……ねぇゼン?」
「もっと騒ぐかと思ったが、意外と冷静に考えたなファイン。お前の言う通り、色々仮説は立てられるが、俺たちが今いるここは、神の手のひらの上ってことだけは共通する確かなことになる」
うんうんとまた頷き、ファインは続ける。
「ボクはさ、思考停止中のアダルくんみたいに、人間としての複雑な感情は、ないんだよネ。世界がどうあれ、ボクの目的はゼンの目的の為に力を尽くして、ゼンのその手で、この身を『破壊』してもらう、それだけ……十分デショ?」
ニコッと笑い、フワリと浮いたファインは、ゼンの顔に触れ、優しく頬にキスをした。
「我が弟ながら、本当にその思考は理解できんな」
「ネェ様ひどいナ〜……魔族の思考なんて分かりきってるデショ?なら――」
「私が理解できないと言っているのは、ゼンへの好意のことだバカモノ!……ゼン、ファイン同様、世界がどうこうなぞどうでも良い、私は私のすべき事を全うするまでよ」
姉弟揃って、潔く腕を組み鼻を鳴らす。
「魔族の根本は己を誇示すること……そこに場所云々は関係無かったようですね」
「こうと決めたら一直線ってか?イノシシだな」
「うん?それは褒めていのだろうな?」
「はっ!もちろんだぜ?」
人間を学んでいながら、本質は変わらないと言うふたりに、ゼンはどことなくホッとしたのか、表情が穏やかになる。
ただそれは、魔族であるが故の心情。
最も人らしく、ゼンに寄り添うアダルヘルムの心の内は分からないままだ。
「少し離れていてくれ」
「おっけ〜!ネェ様、クロエちゃん!男同士サシで話があるんだってよ!」
「……仕方あるまい」
「夜はまだ長いですから……ゼン、ごゆっくり」
アダルヘルムの腕を引き、クルーザーから離れ宙を歩く。剥がされた境界線に戻り、ゼンは顔を伏せたままのアダルヘルムに声をかけた。
「俺がやってきたことの意味、お前は理解できたか?」
境界線の『破壊』の事実を『破壊』し、景色を元通りにしながら問いかけるゼン。
「あなたが嫌うこの世界の神は、あなただけでなく、ここで生きている我々の命……人生をも弄んでいたと……」
「そうだ」
「極力、借りを作ることを嫌うあなたは、神から授けられたその力も、神からの借りだとし……少しばかり片鱗を見せ、探りをいれつつも、60年前のあの旅路を神の望む行動をし、借りを返したとした」
「そうだ」
境界線の先に輝く星々を見上げ、自身の考えに淡々と答えるゼンを思うアダルヘルム。
「ただ無闇に神に抵抗しているわけではないのは知っていたよ……今、私たちにこれを見せたのは……自分の中の決意の揺らぎを正す為にしたのだろ、ゼン」
「絶句してた割に、しっかりと考えてたんだな」
「あなたと過ごした時間はそう短くはないだろう?甘く見るな」
「ははっ…………そうだったな」
ゼンの方に向き直ったアダルヘルムは、優しい声と表情で、自分の思いを口に出していく。
「『神からの干渉を破壊する』その力は、都合よく動く駒として神の手で操られることの無いよう、ファイン殿、ミウ、クロエ嬢……もちろん、私のことも……守っていたのだろう?」
「……」
「口が悪く不器用で、面倒事を嫌い、基本的に出不精」
「なんだよ、急に悪口か」
「まぁ聞け、ゼン」
表情を崩したゼン。その様子に少し安心したアダルヘルムは、真剣な目線を送りながらも、変わらぬ声と表情で続ける。
「ファイン殿やグリゼルダ程ではないが、私も覚悟は決まっている……というか、今まさに決まったと言うべきか……」
顎に手を当て、少し恥ずかしそうにしながら、
「……ゼン、私はお前のことを親友として気に掛けているのだ」
「照れて言うことか?聞いてる身にもなれよ」
「そんな事を言うということは、満更でもないのだな?嬉しいことだ」
「ふん」
肩に手を添え、
「以前、こうして強く肩を掴んでしまった事があったろう?いつもなら痛みも痣も『破壊』して無かった事に出来るものを、あなたはしなかったな」
「変なとこだけ覚えてやがって……」
「私にミウを預けた夜も――」
「やめろ」
キッと睨まれ、黙ってしまうアダルヘルム。
「俺のせいでああなった、俺のせいでああするしかなくなった」
「ゼン……」
「俺が力を使う時、俺はなんの感覚も喪失感も強さの実感も無い、何も無い……何も無いまま心も体も『破壊』する」
「ゼン……そんな顔をするな、その力を選んだ事を、後悔しているように見える」
境界線を見つめて話すゼンの、初めて見せるその横顔に、驚きながらも、そっと肩を抱く。
「私の発言であなたの決意がまた、揺らいでしまったのならば、謝ろう。だが、私の考えた答えに、あなたは「そうだ」と答えた……ならば、しっかりと最後まで見せてもらわねばならない。私は最初から、あなたの望む最後を見届けるつもりでいるのだからな」
「……」
「巻き込んだ者の覚悟を、後悔で終わらすような事はして欲しくない……ゼン、あなたも……元いた世界からその覚悟で今を生きているのなら」
たまたまこの世界に、神の勝手で呼ばれたことで、神を嫌うにしては理由があまりにも薄っぺらいのでは無いかと、アダルヘルムは考え続けていた。
ゼンが残酷なやり方で人を殺す理由も、まるで悪人のように振る舞いながら、人を救う理由も……ここでは無い場所で、ゼンが生きてきた中で、大きく膨れ上がった強い思いを抱いたままだからなのだと……遠くを見つめ思い馳せる、せつなさを顔に出したゼンを見たことで、アダルヘルムの中での確信にいたり、自分から言える覚悟として、伝えた。
目を合わせ……ふっと息を吐き出し、瞬間、お互いに、いつも通りに戻っていくのを感じる。
「まぁなんだ?正直、もうここまできたのだから世界の在り方程度大したことではない。散々、あなたが「神はクソ」だと言い続けていたから洗脳されたのだろうな?」
「その程度で洗脳されるくらいなら、元々神の存在なんか信じてなかっただろお前」
少し痛いところを突かれ、苦笑いするアダルヘルム。賢者信仰にも興味は無かったのだから、当然と言えば当然かもしれない。
「ただ単に、あなたが心配なだけだよ、ゼン……ここですべてを話せとは言わん、気が向いたらでいい、晩酌しながら、酒の肴にしながら……」
「また小っ恥ずかしいことを……せっかくのうまい酒が、不味くなるかもしれねえぞ?」
「それはない……あなたと交わす杯を、不味いと思ったことは無いからな」
「そーかよ」
クルーザーに戻る頃には、いつもと変わらない態度で皆に接する、ゼンの姿がそこにあった。
そういえば、なんか良い感じの重そうな話してるけどこやつらリゾート満喫してるところなんだよね
アロハな格好してるんだよね
そう考えると異様で異質なのどっちよ?ってね
ね。




