41.訪れた平穏、終焉の決意
聖母の子らによる侵攻が『勇者の手によって』阻止されてから、数週間……勇者一行は世界各地を巡り、立ち寄った先々で歓迎され、都度開かれる宴に招かれ、この戦いの影響力を思い知らされていた。
とはいえ、民たちの喜びの声を聞き、穏やかで平穏なこの時間を嬉しく思わない訳はなく……自分達だけが祝福を受けることに、後ろめたさを感じながらも笑顔で振る舞い、勇者としての務めを果たしていた。
この平穏が、嵐の前の静けさだということを、まだ知らないまま……。
【離島アインザーメ】
現代日本で言うところの南の島の様な場所……そこにゼンの姿はあった。青い海、白い砂浜……そんな浜辺にこの世界に似つかわしくない、ビーチパラソルとプールチェア。
並んでくつろぐのは、ゼンとファインとアダルヘルム。
波打ち際で遊ぶのは、ミウとクロエ……グリゼルダと、アデル王子の姿。ゼン達も同じ様に一時の平穏を楽しんでいるように見える。
「美しいな……こういった場所で戯れる我が子と……女性達の姿は新鮮で、麗しいな」
「どこがだ?いつも裸みたいな格好して生活してる黒ブタとグリゼルダが水着を着たところでたいして変わらねぇだろ」
「そういう意味ではない!まったく……あなたは情緒というものがないのか?」
クロエは元々ゼンの指示で隠すところを、隠すだけの格好をしている。グリゼルダは炎竜の血を強く引いていて、隠すべきところに竜の鱗と表皮がついている為、普段布を纏うことはほぼない。
まともに新鮮という意味が通じるのは、ミウとアデル王子くらいだろう。
「この青い飲み物……クラクラして美味しいネェ」
「毒だからな」
「私とあなたの物も同じ色だが……大丈夫なのか?」
「これは別もんだ、こういう場所で飲むのにふさわしい酒だから安心して飲んどけ」
甘さの強い、海の色をしたカクテルを男性陣は楽しみ、女性陣が遊び疲れるまでのんびりと見守った。
澄み渡る青から、輝くオレンジ色に海の色が、また、美しくサンセットに変わる頃、ミウとアデル王子は遊び疲れコテージで眠りについた。
ここからは大人の時間と言わんばかりに、コテージのデッキに集まり、ここでもまた、クロエが『作った』リゾート地にふさわしいドリンク片手に、語らう。
「どうだグリゼルダ?ハネムーンにはもってこいの場所だろ?」
「はねむーんとやらの説明は聞いたが……これのどこが新婚夫婦の初夜のための雰囲気ある旅行なのだ?邪魔者ばかりおるではないか」
「ご安心をグリゼルダ、少し離れた所に別のコテージをご用意してますから」
「ふ、ふぅーん?」
クロエの気遣いを聞き、アダルヘルムをチラチラ見るグリゼルダ。視線に気づいたアダルヘルムからニコッと笑顔が返り、フニャッと顔が緩んだ。
「その前に、だ」
お楽しみの前の、お楽しみを……何杯目かのグラスを空けたゼンが口を開く。
「育ってそうだったか?」
最初に切り出したのは、アダマンタイト鉱山の苗床の話だった。あの日以来、ゼンはあの場所がどうなっているかは確認はしていない。
「そうだな……アレが育っているというのであれば……なかなか気色悪く育っておるようだったよ?もう後数日か……あそこは狭く暗い、明るい場所を目指し這い出るやもしれん」
「光のない場所を好むかと思ったが、母親の意思を継いだのかもな?光を求める本質……面白そうだな」
「ほんとうに、悪趣味な男よ……」
姿を思い出したのか、嫌悪感が表情に出ているグリゼルダ。
「アダルヘルム、アダマンタイト鉱山周辺にいる奴らを上手いこと言って撤退させることはできるか?」
「そうだな……鉱山内のアダマンタイトの搬出はほとんど終わっていると聞く。とすれば……ギルドの冒険者が立ち寄りやすい場所に拠点を移す名目なら可能かもしれないが、時間はかかる」
鍛冶の町として発展してしまったが故に、村人がただ単に移動する単純なことではなくなっている。特殊な鍛冶道具も、貴重な鍛冶職人も、もちろん、搬出された大量のアダマンタイトも。
「大物はファインに運ばせればいい。移動場所はそうだな、フェストンの近郊にある同規模の村で良いだろう」
「ボクは全然協力するけど〜……こんな急に移動したりして逆に怪しまれナイ?」
「普通に鉱山に魔物が現れたとかで十分だろ?嘘じゃねぇし」
「確かに嘘ではないが……まぁ良いだろう、人命優先であることにはかわりはない、明朝から取り掛かる」
考える仕草が息子と同じことにグリゼルダは嬉しそうに笑っていた。
「ギルドの質も上がっているようでな?小出しで侵攻させている現状ではあるが、私の眷属たちも苦戦しているようだぞ?」
「そうなのか?……複雑なことだが、嬉しいものだ」
「いいのよ、アダル……私とあなたは違える星のもとに生まれてしまったけれど……愛という心の絆で繋がってさえいれば……乗り越えられるわ」
「グリゼルダ……辛いかもしれないが、今この時だけは……」
寄り添い、アダルヘルムに甘えるグリゼルダ。
「頭ン中お花畑か?」
「ふふ、聞こえてしまいますよゼン」
「聞こえておるわ!!……ふん、お前には一生わからんことであろうよ」
「……分かりたくもない」
「ネェ様も、ゼンも、喧嘩しないの〜!」
一応ではあるが、グリゼルダも地上に手を伸ばしている事実の確認もできた。アダマンタイトの保護の段取りも終え、話は終わるかに思えた。
「もう少し付き合え」
ゼンはそう言うと、クロエに船を『作らせ』た。
見たことのない全体が鉄でできた白い船に、グリゼルダは興味津々に乗り込んだ。
「なんだこれは?なぜ鉄が海に浮くのだ?動力は?」
「これはゼンのいた世界にあるクルーザーと言う乗り物です。動力は、エンジンがあって燃料を燃やして――」
質問に答えるクロエ。聞いたことのない言葉と技術の数々に驚き、感心しながら食いついていた。
「さっきの話より真剣じゃねぇか」
「まぁなに、地上を侵すことは魔族の本質だろう?日常の話より、未知の世界の話の方が楽しい……ファイン殿同様に人間に興味を示したのも、その好奇心の旺盛さから――」
「ねぇ?ボクは平然とクロエちゃんを無視して甘い雰囲気でネェ様に近づいて惑わすアダルくんに興味津々なんだけどその説明はしてくれる?」
「それは……色々……その……」
「めんどくせぇ」
ファインに責められ、アダルヘルムは口ごもってしまった。ゼンは呆れ、ふたりを放置してクルーザーを走らせる。
行く先にはなにも見えない。ただただ静かに波を打つ、広大な海が視界に広がっているだけだ。
数十分後、着いた先……月を映し出す、凪が続く海のど真ん中。
「ゼン?ついたの〜?」
「あぁ」
「見たところなにもない様だが……」
「ゼン、まさかと思うがこの機会に我らをここに沈めるつもりではあるまいな?」
「んなことするならとっくに消してる」
船首からなにもない空中を2〜3m程歩き、右手を前に差し出すゼン。
「……今から目にするもの……驚くとは思いますが決して不安に思うことはありません」
「クロエ嬢?」
「ほう?そんなに珍しいものがみられるのか?」
クスリと笑って、クロエは指をさす。
「始めに誤解がないよう、これは私が『作り』だした幻でもなんでも無いことを伝えておきます」
ゼンの手のひらはピタリと真っ直ぐに、宙を触った。
「これが俺の目的をはっきりとさせたもののひとつだ」
卵の殻が割れるように、空間にヒビが入り始める。
「ぬるま湯に浸かりすぎた俺に……もう一度……見せやがれ」
小さく呟き、ゼンは『破壊』する。




