38-⑤.聖母の子ら
ヴェールの女の膝元に着地したゼン。
見上げてみると、豊満な胸が邪魔をして顔は見えない。
「こんなにデカくしたか?……したか」
ククッと笑っていると、通信用の魔法道具から歪んだ音が鳴った。念の為と、アダルヘルムから預かっていたもの、先ほどのサリエルからの攻撃で小さな亀裂が入ってしまったせいで正常には動いていないようだ。
「見つけたのか?」
『……だが、どうやらこのヴェールの――……下腹部……――部屋に……ブッ』
「ふぅん?じゃあ上は要らねぇか」
聞き取れた範囲内で予想出来たのは、
「子を産ませるから子宮に閉じ込めた?つまらねぇ考えだが、変態らしさは上等だな」
今度は声が響くことはなかった。
内側から破壊されていくヴェールの女の頭を含めた上半身、ブクブクと膨れ、黒い血を撒き散らしながら崩壊していく。
『……ン!!』
「あ?」
通信用魔法道具から一瞬、アダルヘルムの声が聞こえた気がした。慌てた様子だった気がするが、さほど気にする様子も見せず、穴の開いたヴェールの女の腹から中へ入るゼン。
「よお」
「ばかもの!やりすぎだ!!」
ものすごい剣幕で怒り狂うアダルヘルム。
「……見ろ」
肉腫の水疱の中にいるクロエ。ビクビクと、時折体が動くだけで、意識がないことが分かる。
「神経からなにから繋げてたのか、そりゃ意識も飛ぶだろ」
「あなたが壊した事でとどめを刺したのだ!それまではまだこちらを見ていた……気がする」
「はいはい」
水疱に手を当て、クロエを見つめるゼン。
「クロエ嬢は……無事なのか?」
「とりあえず出してみるか、アダルヘルム、破れるか?」
「分かった、下がってくれ」
手に持った大斧を水疱の膜に当て、ゆっくりと力を入れ切れ目を入れる。クロエを傷つけないように優しく。
「もっとばーっとやれねぇの?」
「クロエ嬢に当たってしまうかもしれないだろう!」
「当たるようならお前の技量が足りねぇだけだろ」
「……このまま引っ張り出すぞ」
少しだけ粘度のある液体が流れ落ちていく。大斧をしまい、クロエの体を肉腫の壁から剥がそうとするアダルヘルム。
「なっ……背中が張り付いて……」
「意識を戻せば治せる、迷うな、剥がせ」
「クソ……!」
バリバリ、ブチブチと……皮と肉が裂ける音をさせながらクロエを無理やり引っ張り出した。
クロエの体を胸に抱き、後ろに尻もちをついたアダルヘルム……その軽さに驚きながら、骨まで見える背中を優しく抱きしめる。
「手足も――……ゼン・セクズ……息はある」
「そのまま、抱け」
「……わかった」
言われた通りにクロエを抱いたままでいるアダルヘルム……の頭を軽く叩くゼン。
「な、なんだ?!」
「抱けっつってんだろ」
「…………はぁ?!」
「刺激で起きるだろ」
「こんな状況で抱けるか!!」
ピクっとクロエの体が動く。
「クロエ嬢?!」
「『作れ』」
一瞬の意識の覚醒を見逃さない。
落とされた手足、剥がされた背中、失わされていた正気を一瞬で『作り』、自分を再生させるクロエ。
「……随分、遅かったですねアダル……ゼン」
「クロエ嬢っ……なにを言っても言い訳にしかならない……よかった……」
恐る恐る背中に回していた腕に力を込め、自分の体に押しつけ、クロエの体温をしっかりと感じようとするアダルヘルム。
「違和感があれば『破壊』するぞ」
「いえ……もう外れているみたいだわ……ふふ、騒がしくして起こすなんて、珍しいやり方をしたのねゼン」
「はっ!アダルヘルムに抱かれたいから起きようとしたんだろ?」
「あら……意地悪な言い方するのね、ふふ」
クロエの胸に顔を埋めて泣くアダルヘルムを優しく撫でながら、ゼンと言葉を交わし微笑んだ。
「おい、感動の再会で泣くのは俺らの仕事じゃねぇぞアダルヘルム」
「少しくらいいいだろう……サリエルの相手は、ソウゴ殿がしているのだろう?」
「勇者と共闘?ふふ、楽しいことをなさっていること……だとしたら、上手くやらないと彼らには少々厄介かもしれないわ」
聞いてもいないのにペラペラと話しだしたとクロエは言う。
神に授けられた力は【繫ぎ廻る魂】というもので、生者の魂を好きなように操作できる能力。元々、死者の魂を自在に操れていた事にプラスされた要素、サリエル自身にも馴染み深いものだ。
「手っ取り早く駒にするには都合が良かったわけだな」
「でもなぜ3年前の勇者との戦いに簡単に敗れたのだ?」
「ふふ……神に止められたと。今はまだその時じゃないと。……しかも戦闘中」
話をしている最中、グシャッと音を立て、ゼン達の背後に黒い塊が落ち、転がって来た。
「こんな感じにか?」
「確か焼かれたと、言っていたはずだが」
「ふふ、ごきげんよう……サリエル」
苦しそうに、震える腕でどうにか体を起こそうとしているサリエル。先に顔を上げ、ゼンを睨んだ。
「貴様……なにをしたぁぁ……っ!」
先ほどの余裕はどこにもなく。
「ちょうどいい舞台が整ったからな、お前をもう生かしておく必要も無くなったし、終わりでいいと思ってな?」
うめきながら立ち上がろうとするサリエルの頭が、床に押しつけられる。
「……その足を退けなさいっ!ワタシは神と同等の存在なのですよ!!」
「なら尚更、退かす必要はねぇんだよなぁ?」
「あら……?勇者が上手くやったの?」
「俺がなんもしてねぇわけねーだろ」
「ふふ……そうね」
背中には、剣による切り傷と貫かれた跡がある。
「なかなか死なねぇのは魂を取っ替えて耐えてるせいか?往生際が悪い奴だな、だからファインに嫌われんだよ」
「根性があるとお言いなさい……!まだ……まだワタシにはやらなければ……ならガッハァ!!」
半分にされるサリエルの体……振り下ろされたのは大斧。
「久々に腸が煮えくり返る思いであったよサリエル……すまないな、ゼン・セクズ……邪魔をした」
「1発でいいのか?勇者以外の攻撃じゃ死なねぇからいくらでもやっていいんだぞ」
「十分だ……私はそこまでネチネチと、しつこい男ではないからな」
「コイツラァっ……ぁあ!!」
大斧についたサリエルの血を振り落とし、アダルヘルムは下がり、腕を組んで見守る。
チラリと穴の上を見るゼン。徐々にソウゴが近づいていくるのが見えた。
「『【繋ぎ廻る魂】を破壊』する」
「はっ……ぁ……ああひぃぃぃ!!」
「わざわざ声に出して教えてやってるのになんだ?さっきより震えてるじゃねぇか。急に怖くなったのか?自分の死が?死を司ってるくせに?」
「だまれ……黙れ黙れ黙れ!こんな簡単に……返しなさい!!クロエ!『作る』のですよ!!ワタシの力を!!」
「あら……害鳥がうるさいわね?駆除をしないと、ゼン」
足を退け、今度は髪を掴み、無理やり顔を突き合わせる。
「俺の女を、いい様に使ってくれた、礼だ」
「はっ……はは……そう仕向けたくせに、よくそんな台詞を吐けます……ね……」
「簡単に思い通りに動いてくれた、そのチョロさへの礼だぜ?ま、思った以上にろくでもない能力でこっちは興ざめだ。さっさと殺されてこい」
「ぐっ……うっ……イカれた転生者め……っ!」
サリエルを片手で持ち上げ、立ち上がる。半分になったおかげでゼンでも軽々、簡単に。ポイッとゴミを捨てるように、日が差す場所へ投げ捨てた。
「俺は転生者じゃない、転移者だ」
ゴロッと回転し、仰向けになるサリエル。
無駄に澄みきった空を背に、正義で動くもうひとりの敵の姿が目に映った。
「またさっきと……同じですか……芸のない……」
予備の魂はもう無い。あの剣を受ければ、完全なる死、敗北。ただの駒として神が拾った命、また拾い上げてもらうことはないだろう。
悟ったことで、体の力が抜けたらしい。
「……――とどめだサリエル!!」
「呆気ない……ワタシはただ――……ハハハ……もう、届くことの無い、意味のない言葉ですね……」
迫る光の剣、サリエルは目を閉じることなく迎え入れる。
「神よ!!すべては!託されまっ――っ」
澄みきった白が、汚れた黒を貫き、浄化する。
顔面に真っ直ぐに突き刺さったソウゴの剣で、サリエルはその身を魂ごと……『破壊』された。




