38-④.聖母の子ら
白く美しかったエンシェントドラゴンの体が濁っていく。
「ありえない……なぜこんな事……」
「なぜってお前、煽ってるだけだろ」
「生気のない体液……やはりこれはクロエ嬢ではない……私は先に行くぞ、ゼン・セクズ」
「勝手にしな」
ポタポタと自分の体を伝う気持ちの悪いドロっとした液体に嫌悪感を覚えるソウゴ。それに加え、自分の仲間だと分かっているのに迷いなくその腕を落とす……という、ゼンの行動に理解が追いつかず、両手を握ったまま、アダルヘルムの背中を目で追うだけしか出来ずにいる。
「腕ぐらいじゃ足りねぇか?コッチも一応やっとくか」
ヴェールの女の後ろに控える根城の城部分に亀裂が入る。元々不格好な要塞のような造りをしている建物らしき場所、ガラガラと大きな音を立てて瓦礫となり海に落ちていった。
「最初からこうすればよかったじゃないか!」
「んなぬるいことしてどうすんだよ?俺が来たこと、相手をしてやると教えてやるには、ああする方が手っ取り早い」
「僕がもっと上手くやれていれば……」
「そうだぜ?あんな幼稚なやり方はここじゃ通用しねぇよ」
「僕は勇者として正義の心を持って、真っ当にサリエルを討伐するためにここに来た!幼稚なやり方なんかじゃない!!」
ゼンは会話の合間、チラリと根城に目をやり、アダルヘルムが無事着地したことを確認した。
はぁっとため息をつき背を歩く……立ち上がることなくエンシェントドラゴンに腰を据えたまま、後ろを向いて威嚇するだけのソウゴに近づいていく。
「真っ当だって言うなら、立ち上がって、俺に文句言え」
「え……」
「あのアダルヘルムですら、自ら単身敵陣に乗り込んで言ったのに、お前ここでピーピー騒ぐだけじゃねぇか、勇者のくせしてよ」
単純に上空で身動きが取りにくいこと、サリエルを誘い出すことが目的であること、町を守る為の剣の力を差し引いても。
「僕は僕の役目が……こうする事が正しいと……」
「あのな?確かにお前の役目はそれとしてあるかもしれねぇ。けどな?この町だけじゃなく世界に被害が出るレベルで状況が変わった。だから聖女もティオも、守護障壁の範囲を世界に向けて耐えてる。ファインもミウも、クロエの救出に助力してくれるお前を理解して、お前の仲間が死なねぇようにって行動してんだぞ」
ヴェールの女の腕が消え、一時的に聖母の子らの生産が止まっているものの、地上から聞こえる戦闘の音は途切れることはない。
セリハもティオも、ご丁寧に映し出されている映像の状況を確認しながら、守護障壁の維持を続けている。
「今のお前は、吠えるだけが仕事の駄犬だな」
「…………」
「駄王と同じダンマリかよ」
「僕は……」
恐ろしい訳では無い。ただ、自分の役目を果たそうとしていただけ。けれどそれは、仲間が大事だと説きながら、目の前のことしか見えなくなっていたことの、言い訳だった。
「でも……まだ、サリエルも出てきていないし……」
「でもでもだってはもうやめろ、グダらせてるのはお前なんだよ、クロエのことなら心配要らねぇ、さっきの剣あんだろ?あの辺にぶっ刺してみろ」
「あ、頭?!さすがに……」
「ほんとはビビってできねぇだけか?見せてくれよ?真っ当な勇者らしく、体張って――」
『それはいい!張ってもらうとしましょう!!』
どこからともなく聞こえる声と共に、ソウゴの肩に手を置こうとしたゼンの体に向かって鋭い黒い羽が高速で襲いかかっていた。
「ゼン!!!」
黒い血の雨の次は、赤い鮮血を浴びることになったソウゴ。ゼンの体を襲った黒い羽、そのダメージは、普通の人間であれば致命傷だ。
腕に突き刺さり、首の動脈を切り、脇腹から反対側へ貫通し、内臓も裂かれている。
「おや?あっけない」
おびただしい血を流しながら海へ向かって落ちていくゼンを追いかけるソウゴ。
ポンッと先程までソウゴたちがいた場所に現れるサリエル。首を傾げながら、それでも自分の攻撃で落ちていくゼンを笑って見下ろしていた。
「あと少し……!」
顔にぶつかるゼンの血に構わず、手を伸ばして掴もうとする。
「よしっ!!」
片手ではあったが、ゼンの手首に手が届いた。ズシッとしたその重みをソウゴは知っていた。
力無く揺れるゼンの体。脇から胸部に深く突き刺さった黒い羽が見えたことで、それが心臓にまで達して……ゼンの死を、確実なものだと教えていた。
「そんな……」
それでも、離さないようにと力を入れると、予想外の反応が返ってくる。ソウゴの手首に、力強く握り返されるゼンの手な感触を。
「動けるじゃねぇかよ」
「嘘だろ……」
ソウゴの反応は正常だ。
ゼンが魔力を持たないことは知っているし、傷を即座に癒すことのできるポーションを使う時間もないし、そもそもそんな物を所持することのできる装備でもない。
「よっと」
なにもない空中を蹴り、エンシェントドラゴンの背に戻るゼン。先ほどのダンマリではなく、絶句してなかなか言葉が出てこないソウゴ。
ホコリを払う様に、身体に刺さっている黒い羽をはたき落とすゼン。
「おい、クズ!いてぇだろーが!」
「ほっ……キヒッィ!バケモノが!!」
「オメーに言われたくねぇよ。そこから動くな、いいな、サリエル」
「拒否権なぞ……無いのでしょうが……!」
なにも無かったかのようにサリエルに噛みついているゼン。そして、なぜか逃げず、その場から動かないサリエル。
「なにしてる?今動けたのはまぐれか?」
「教えてほしい……なんでお前は生きている?サリエルはなぜ、動かない?」
スンッと澄ました顔をソウゴに向けるゼン。ソウゴも立ち上がり、目を合わせる。震えるその拳には、ゼンの血が滲んでいる。
「不思議そうにするなよ、俺の能力の話はしただろ」
「おかしいじゃないか!『破壊』なんて壊すだけの力が、傷を癒すはずがない!」
「はっ!お子様な上に頭も固いのか?まだまだお前らは苦労しそうだな?」
フッと呆れた笑い方をするゼンは面倒になった様だ。エンシェントドラゴンの背から降り、平然と空に足を付ける。
「『破壊された事実を破壊する』」
「……は?」
「普通の考え方をするなら、さっきの俺は『致命的な攻撃を受け傷を負った』事になる。が、俺はそれを傷だと認識していない、ただ『体を破壊された』だけの話だ」
「そんな力……あって、たまるかよ……!」
納得できないまま、顔を伏せてしまうソウゴ。
ゼンは背を向け、ゆっくりとあの日と同じ様に空を登り、サリエルに近づいていく。
「ああ、そうだ、サリエルの動きが止まっているのは俺を助けたことの礼だ。制限時間は後3分、考え事は後にしたほうがいいぜ?」
「礼……だって?」
「借りは作らねぇの、俺は。おいフォンゼル、あとはお前が背中押してやれよ」
姿の見えない者の名を呼ぶ。
キュルルと喉を鳴らしたエンシェントドラゴンから、聞き慣れた声が漏れる。
『ソウゴ、今は彼の言うことが正しい……助けられたと思わず、好機をものにしなさい』
「……」
『大丈夫、私がそばにいますよ。信じてくれている皆のために』
「……うん」
元々、ゼンをよく思っていない事で疑っていた。だからこそ、1番に信用している者の声が必要だった。
「ってことで、サリエル、お前はここで勇者に倒されろ」
「そう簡単にいきませんよぉ?ワタシの動きを止めたところで……今まで勇者から攻撃をもらったことはありませんからねぇ?!」
「『サリエルは勇者の攻撃で魂もろとも破壊される』、なーんてことはない、ってか?」
「その通りです!あんなごっこ遊びの攻撃なんてワタシに届くわけがない!」
「ま、そんなに自信があるなら試してみろ?後1分……動けるように、なったらいいな?」
ゼンはサリエルの正面の視界からスッと消え、根城へ降りて行った。
「サリエル!!!覚悟!!!」
わずかに動く眼球でゼンを追ったが最後……ゼンの陰に隠れ、剣を構えて飛び込んでくるソウゴの姿は、見えていなかった。
ソウゴに上に乗られてフォンゼルさんはさぞ嬉しかったことでしょうね。




