38-①.聖母の子ら
数ヶ月前、海上に突如現れた建造物。一瞬で姿を消した。その日から天候は荒れ、暗く沈んでいく町と人々の心。
「勇者様が来たからなのね!」
「ありがたや……やはり貴方様は世界を救う光……!」
「握手して勇者様!!」
いつぶりかに見る青い空と太陽に町民は浮かれ、たまたまこのタイミングで現れた勇者一行のおかげだと喜び笑い合っていた。
「おい、どけ」
「す、すまない、通してもらえるだろうか?」
人だかりの外側から、聞き覚えのある声が近づいていることに気付いたのはフォンゼルだった。
「ソウゴ……彼らが」
「うん、わかった……皆すまない!これから我々は海上を支配する魔族の討伐に向かう!……本当に喜びを分かち合うのは、その後に……いいかな?」
先程とは違う不安そうな声が上がり始め、慌てるソウゴ……その様子を見たフォンゼルがクスリと笑い、代わりに叫んだ。
「皆さん!ソウゴの声が聞こえたでしょう!森の中に王都の近衛兵達が避難所を設営しています!!避難の準備が出来次第、町の出口に待機している兵に従って移動をして下さい!!」
フォンゼルの声で人だかりが剥がれていく。残ったのはゼンとアダルヘルムだけになった。
「おいおい、勇者様ともあろうものが民衆の不安を煽ってどうすんだよ?」
「な、なんだと!」
「そうね、流石にあれは不安になるわね?」
「ゼンさんの言う通りだよソウゴ、まぁまぁこれも勉強になったってことで、ね?」
「そろそろ独り立ちが必要だと思いましたが……まだまだでしたねソウゴ」
「フォンゼル様っ!ティオにセリハまで……ごめん、気を付ける」
少しの間見ないうちに、距離が近くなっている勇者一行。その様子をゼンは満足そうに見たあと、口を開こうとしたが、先にソウゴが動いた。
「ゼン」
「おう?」
フォンゼルに仲介してもらうつもりだったゼンは面を食らったようだ。
「お前を信じることは……できない、けど……仲間を救いたいと思う気持ちには、偽りはないと、僕は思った」
フォンゼルをチラッと見て、ソウゴは続ける。
「サリエルは僕達が引き受ける、その間に、大切な人を、仲間を、救い出すんだ」
「なんだ気持ちわりぃな?」
「なっ!き、気持ち悪い?!なんて言い方をするんだお前!」
「お、落ち着いてくれ……すまない、彼の口の悪さは制御できるものではないのだ」
コンッとアダルヘルムに頭を小突かれるゼン。
「ソウゴも、そう熱くならないで下さい」
フォンゼルに肩を叩かれ、握った拳を解くソウゴ。
「協力は願ってもないことだ……おそらく我々は、クロエ嬢を救い出す事だけをして、この場から去る」
「それ以外、俺らには関係のないことだからな」
「町に何かあっても、無視をするというのですね?」
キッと鋭い視線でフォンゼルは答えた。
「お前らがサリエルを引き受けるんだろ?なら問題ないじゃねぇか」
「確かに、そうだけど……」
「勇者なんだろ?それ相応の力を持っているなら、その力を使って救いをもたらすのは、お前と、お前らだ」
「救い……ならお前は――」
ニイッと笑ってソウゴの声を遮り、ゼンは言った。
「1つだけ教えておく、サリエルがクロエを使ってなにかを『作った』としたら、大仕事になると思うぜ?覚悟しとけよ?」
アダルヘルムは苦い顔をして頭を下げ、背を向けて歩き出したゼンのあとに続き、広場から去った。
「良い人なのか悪い人なのかよく分からない、不思議な人だね」
「話のわかる人ではあるんじゃないかな?直接話したことがある僕が言うのだから間違いないさ」
「大仕事……って、なんだろ……」
「気にかかりますね……ですが、ソウゴ、今は、今すべき事をやりましょう」
勇者一行も、対サリエル戦に向け、行動を開始しする。
一方、ゼンとアダルヘルムも、ミウとファインと合流した。
「変化なし……とっても、静か」
『退屈過ぎて寝ちゃいそうだったヨ〜』
ハッキリと全貌が見えている訳では無いが、少しずつ剥がされているのは分かる、サリエルの根城。
「嵐が去っても、また嵐が来る……そうだな?ゼン・セクズ」
「クロエの居場所を割り出すのに『神からの力の干渉を破壊』する力を『破壊』したからな、サリエルに色々され放題ってわけだ」
「でもすぐつけ直せばよかったんじゃナイ?」
「すぐ……そうか……地図にずっとクロエ嬢が見えていたということは……」
「クロ、実験……された?」
根城に視線を移すと、その姿の一部が見え始めていた。
「こっちとしてもサリエルの力を見るためのスパイだからな、少しくらい苦労するのもやむを得ん」
『その苦労を軽減するために勇者くんたちを煽ったけどネ!』
「あいつらからしてもいい機会だろ?サリエルも倒せるかもしれねぇし、大勢を救う様子も見せつけられる」
「ゼン……また、悪い顔」
「ただの共闘ではないと思っていたが……まったくあなたという人は……」
大気が揺れた。重く響く大きな音が何重にも重なって聞こえる。
「へぇ?動くんだな、アレ」
『すごい趣味だネ〜……ん……なんか似てない?』
「クロ……」
「あのクソ野郎……っ」
『わ……アダルくんにしてはすごい暴言……』
黒い重厚で巨大な鉄の塊……船を模した城が動き出した。先端には巨大な女性、生き物なのか作り物なのか分からない……黒いヴェールを被り、祈りを捧げる姿で佇んでいる。
「まぁ待て、まだ早い」
「しかし……!!」
今にも海に飛び込んで先行してしまいそうなアダルヘルムを止めるゼン。
「共闘、協力っつーなら、まずはサリエルをおびき出してからじゃねぇとすぐ終わっちまうだろーが」
「あにぃ、焦っても……クロ助けれない」
「くっ……!」
『ここにいると危なそうだし〜?高みの見物っていうのどう?』
「はっ!いい事言うじゃねぇかファイン、行くぞお前ら」
ドラゴンの姿のファイン乗せに乗り、空高く上り町と根城を見下ろすゼン達。
船が入港するように、根城が港ぴったりで止まる。
*
*
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「お前はうらやましぃな?愛し愛され……ククク!見てみなさい?お前の為に……勇者も、ゼンも……殺されに来てくれましたよ」
太い血管のような生き物のように脈打つチューブが張り巡らされている肉腫にできた水疱の中……液体の中で背面全てが雑に融合され張り付いているクロエ。生きている確証は口から漏れる吐息の泡だけ。
「いやいや、すみません!会話するような意識はもう無いのでした……さぁ働いてください」
ビクンビクンとクロエの体が震え、鼻血が液体に滲み混ざっていく。
「ゼン以外の指示……命令で力を使わされるのはそんなに苦痛ですか?つらいですか??抗うだけ無駄ですよ?素直に産み落としてください……」
なぜここまで自分が抵抗しているのか……ただ、目の前の魔族の男の言うことは聞きたくないと本能的に身体が拒否しているのだろう。
「そう恥ずかしがらなくてもよろしいじゃないですか……あなたは聖母として神の子を世界中に産み落とすのです、誇りなさい……クヒヒヒヒヒ!!」
根城で祈る巨大なヴェールの女が美しい声を響かせた。
*
*
*
『アァ〜〜〜〜〜〜〜〜』
思わず耳を塞ぎたくなるほどの高音が世界を揺らす。その声は数十秒続き、ピタリと止んだ。
町の空にノイズが走り、世界各地の映像が映し出された。
「レディーースァンジエントルメェ〜〜ン!!ようこそ皆さん!記念すべき最初の聖母の子が生まれ落ちる瞬間にお立ち会いいただき……感謝しますよぉ〜〜!!イヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
響き渡る下品な笑い声の持ち主は、もちろん……サリエル。




