37.嵐と共に、消えゆくもの
強い潮風が海から吹きつけ、港に停泊している船たちは荒波の動きに合わせて激しく揺れていた。
「依頼どころじゃないぜ親父、海があんなんじゃ漁にも出られねぇ……数ヶ月、街は錆びれていく一方だ」
「勇者……は、この街に滞在しているかは分かるか?」
「いいや?もし来てるって知ったら『勇者を愛する会』の女達が騒ぎ立ててるだろーぜ?」
「そこら中にいるのかその不審者の女どもは」
「ハハハ!可愛らしいと思うがな!」
こんな所でファンクラブの存在を知ることになった。黄色い声が響くのなら、勇者が来た時の狼煙代わりにはなるだろう。
「ならば、宿を取ることにしよう、いいか?」
「ベッドがありゃ俺はどこでもいい」
「少しでも金を落としてくれるってか……ありがとうな、親父」
「気にするなバラード、しばらく町のために尽力してくれ」
休息の場をギルド支部から、町の宿へ移す。
「野宿続きは疲れちゃうネ〜」
「そうだな……しっかり休養し、明日に備えるとしよう」
「体……ベタベタ、湯浴み……する」
「じゃあな」
それぞれ部屋に入り、各々の時間を過ごす。
夜になり、悪化していく天候……風は建物の窓を鳴らし、雨粒も打ちつけ嵐が来たことを告げている。
「……ふぅ」
こんな騒がしい夜なら、そう簡単に気付かれることはないだろう、いつも以上に暗く感じる夜の闇が味方をしてくれているだろう、と……ミウは部屋に入る。
「……」
町一番の宿の上質な部屋……肌触りが心地よい高級なシーツ。シュルシュルと布の擦れる音も、嵐の音でかき消されていた。
「ん……」
ベッドに上がり、服を脱ぎ、生まれたままの姿になりそっと倒れ込む……薄手の毛布越しに感じる体温がミウの心臓を高鳴らせていく。
「……なにしてる」
触れてしまえば、掻き消す音など意味がなくなる。
「ゼン……あっためて、ミウ……寒い」
「そりゃ、そんな格好してりゃな」
目頭を手で覆い、ため息をつくゼンに、ムッとして頬を膨らませるミウ。
「ミウのこと、子供扱い、しないで」
「子供だとは思ってねぇよ、ミウはミウだろ」
「っはぅ……なら、ミウが今からすること……否定しない?」
掛けていた薄手の毛布をずらし、ゼンの上着の中に手を入れるミウ。触れれば分かる腹筋の形、古傷の跡……温かさ……ゼンをその手で感じながらはだけさせていく。
ゼンは黙って、何もしない。
「ミウ、ゼン、好き」
一瞬、ピクリとゼンの体が動いた。
「ミウ、ゼンの赤ちゃん欲しいの……クロにはできないこと……ミウだけが出来るの」
腹の上にまたがり、ゼンの左手を自分の胸に押しつける。
「貰った銃だけじゃ足りない……ね、ゼン?直接触れて、直接ミウを感じて?」
「…………」
「ん……ゼンの手、温かい……男の人の手……気持ちいい……」
押し付け、擦り、吐息を漏らす……小さな口からぬるぬると舌を出し、頬に引っ張り上げたゼンの指を舐めまわす。
「こんな事をしても俺はお前を抱かねぇぞ」
ピタッと動きが止まるミウ。どうしてなのか、というより、自分のお尻に感じるはずの膨らみが無かったから。
「あにぃは……感じてたのに……」
「あいつの体は特別だから仕方ねぇ」
「なんで……なんでミウ、ダメなの?やっぱり、クロがいいの?クロじゃなきゃダメなの?なんで?なんでなんでなんでなんで――!!!」
どんどんとゼンの胸を強く叩くミウ。両手を押し付け、泣き始めてしまう。
「ミウを助けたゼン、ドキドキした……はじめてだったこんな気持ち……さよならして、またミウを助けて……ゼンしかいない……ミウにはゼンが必要……ゼンが欲しい……クロいない今しか……あ、あ、ミウ、悪い女だから?クロいないからその隙にって……ひとり占めしたい思うの、ダメなの?……大好きなの……ゼン、大好き……」
肌に落ちる熱い涙を感じるゼン。上半身を起こし、ミウの顔に、頬に触れて涙を手で拭き取る。
「知ってた」
「ゼ……ン……」
「壊れた男には壊れた女が相応しい」
「ミウ、壊れてない?だからダメ?」
「いいや?お前も十分、壊れてる」
「あはっ!ゼン……ゼェン〜っ!」
光のない目で笑ったミウ、ゼンに抱きつき、強く抱きしめる。ゼンもそれに応えるように、抱きしめ返す。
「後悔しないな」
「うん、ミウ……ゼンに、全部あげる」
「ありがとうな、ミウ……俺みたいなのを好きになってくれて」
「ん……ふふ!ゼン……大す――」
だらりとミウの腕がゼンから外れ、全身も力なくゼンにもたれかかり、寝息を立て始めるミウ。
その体を、ゼンは強く抱きしめる。息ができないくらい強い力だったかもしれない……ミウの首元に顔を埋めて、何度も呟きながら。
「……――んな」
どのくらいの時間、その状態でいたかは分からない。顔を上げたゼンは、毛布でミウを包み、床に落ちているミウの寝間着を拾い上げ部屋を出る。
コンコンッ――……
「ゼン・セクズ……?こんな時間にどうした?」
アダルヘルムの部屋の戸を叩いていた。幸い、アダルヘルムは眠れていなかったらしく、すぐに顔を出してくれた。
「こいつの寝かしつけを頼む」
「こいつ?ミウ……?寝かしつけって、寝ているではないか……」
返事は無い。
「はぁ……仕方ない……ん、な、どうし?!その顔……あなたまさか」
「頼む、俺は、寝かしつけが下手らしい」
「ゼン……」
そっとミウをアダルヘルムの腕に渡し、ゼンは階段を降りて行った。
その背中を見送り、部屋に戻る……静かに眠るミウの顔に、涙の跡を見つけ、ため息を漏らすアダルヘルム。
「起きた時、腫れていないといいな、ミウ……」
朝に向かうにつれ、嵐の音は静かに去っていき、今までの天候が嘘のような朝日が昇る。
「も〜最悪〜……ずーっとガタガタガタガタいっててほとんど眠れなかった〜〜みんなもひどい顔してる?おんなじ?」
町の食堂で朝食を取るため、宿の外で集まるゼン達。
「そうだな、寝不足は最悪だが、飯食えばまだマシになるだろ」
「魚介のミルクスープが名物らしいが……漁に出れていないから無いかもしれないな」
「あにぃ……無いのに言うのは、罪」
「アダルくん、このボクですらミルクスープの口になっちゃったヨ、責任とってよネ」
いつも通りの朝、いつも通りの会話、いつも通りのゼン。嵐の音の話題意外、昨晩の話をすることはなかった。
「それにしても良く晴れたネ?」
「準備できたってアピールしてんだろ」
「私も同意見だな……嵐は過ぎ去ったと思わせ……しまった!すまないが支部へ行く!!」
パンを咥えて慌てて食堂を出ていくアダルヘルム。
「角でぶつかるなよ」
「ゼン、角って……なに?」
「あの慌てっぷりで、もし女にでもぶつかったらあぶねぇだろ?」
「確かに……色々、あぶない」
「ね〜?このあとどうするのゼン」
茹でた味気ない芋をもそもそと食べながら、持っているフォークをくるんくるんと回すゼン。
「ファイン、お前は港でドラゴンになって待ってろ、ミウも一緒にな」
「わかった……ドラゴン使いミウ、爆誕」
「おチビに使われるつもりはないんだけど……ゼンは?」
「この辺でアダルヘルムを待つ、空の異物を観察しとけ」
ミウは頷き、ファインは元気に返事をする。
しっかりと朝食を取り、指示された通り移動し、ゼンは食堂の外で座り込み、町を行き交う人をぼーっと眺める。
「キャーーー!!」
「来てくださったのですね!!」
突如、遠くから聞こえた女性たちの歓喜に満ちた声。ゼンの耳にも届き、はぁっとため息をついた。
「こうもご都合主義だと、呆れるな」
「すまん!遅くなった!晴れたとはいえ流石に戦闘になるだろう海に船を出させるわけには行かないからな……」
「お前も都合よく戻ってくるなっつの……ほら」
ぽいっとリンゴをひと玉アダルヘルムに投げるゼン。
「パンひとつじゃ足りねぇだろ?着くまでに食っとけ」
「ありがたい……が、どこに行くのだ?」
「港は後だ、一応これは共闘になるからな、ご挨拶といこうぜ?」
港から離れ、町中に移動するゼン。広場には、人だかりが出来ていた。




