33.新月に運ばれ、変質者は高笑う
なにも起きることなく、時間だけが過ぎていた。
ゼンとファインはゴロゴロと寝転び、その傍らにクロエが立つ……アダルヘルムとミウは『白金のゼン』の墓室の前で周辺の警戒をしている。
「ミウ、立ちっぱなしで疲れていないか?」
「平気……ゼンがあの調子なら、なにかあれば……動くのは、ミウとあにぃ」
「確かにそうなるだろうな……警戒はしていてもいいが、座っていても構わないからな」
「あにぃ、ありがとう……もう少し、がんばる」
墓場で良く寝ていられるものだと思いつつ、蝋燭と星々のわずかな明かりだけで照らされている周辺を見渡していくアダルヘルム。
厳かで、静かな、どの土地にでもある墓地と、広さ以外はなんら変わらない。
「ね、あにぃ」
「どうかしたか?」
「なにも聞こえない」
「そうだな、静かす――……ああ、なるほど……」
虫の声、夜行生物の物音すらない。
明らかに、異常な『静かさ』。
「こういうピンチも、たまには良いではありませんか」
「クロエ嬢……わかっていて黙っていたのか?」
「ミウが来てから、気が緩んでいてよ?アダル?」
「ぬっ……そう、見えるか?」
「ふふ……兄なり父なり……どう接しても良いですけれど、守りたいのであれば、分かるでしょう?」
「あにぃ……たじたじ、ね」
とても、悪い状況とは思えない会話をしている……だが、それを遮るように気配が突然現れ始める。
「……来ちゃったネ」
ゴロンと大の字で空を見上げて呟くファイン。
「忙しい忙しい……頼りにされているのは良いのですが息つく暇もないのは……ねぇ?どうしたら良いか教えて頂けますか?」
「知らねぇよ、てめぇでどうにかしろ」
白い煙がポンッと弾け、姿を現したのはサリエル。
「また旅をなさっているのは見ておりましたが……しっかり以前の駒たちをお集めになられたのですねぇ?」
「俺は、駒も友人も持ってねぇような喪男とは違うんだ、悪いな?」
「なにやらイラッとさせる単語ですね……まぁいいでしょう……」
寝転んだままひらひらと手を振ってサリエルの嫌味を流したゼン。
サリエルは地上に足を下ろし、今更丁寧に頭を下げた。
「あはぁ……またお会いできるなんて光栄ですファイン殿下……ぁぁああ!私の中のあなたが喜んでいますぅ!!」
「げぇ……早く使い切っちゃってよネ……」
体をくねらせ喜びを表現しているサリエルにドン引きのファインだったが……、
「はぁ……」
仕方なく、サリエルの正面まで移動し、
「我眷属の尊厳を穢し、我が身をも汚そうとした愚か者……その身を燃やした事で許されたとでも思ったか?どの面下げて私の前に顔を出した?1度の裏切りだけに飽き足らず、神に堕ちるなど……救いようもないな、ウベル……いや、今はサリエルだったか」
「はっ……ぁ」
喉仏に爪を立て、聞いたことのない声色と語彙でサリエルに語り掛けるファイン……その姿は、まさに……魔王。
「ゼンに心酔し、狂ってしまったものと思っていたのに……あはぁ……やはり貴方は私の、魔王」
息を荒げ、食い込んでいくファインの爪先を受け入れていく。
「貴様の物になった覚えはない、気が狂っているのは」
「その目、その声……私を嫌うその態度……なんと甘く尊いのでしょう……」
ファインの手を掴み、どんどん押し込んでいく。
「いかん!振り払え!!」
アダルヘルムの声がこだまし、サリエルを睨みつけ威圧することに集中していたファインに、事態を気付かせる。
「残念、もうおそ――」
パン、パンパンッとサリエルの体が弾け、身体がバラバラと屑になり落ちた。
「ねぇ……?ゼンから、勝手に……奪おうとしないで」
「おチビ〜〜!!ありがとう!」
「腕半分……ごめん、あくま」
アダルヘルムの声に反応したのはミウも同じだった。
指輪を銃に変え速射、サリエルが取り込もうとしたファインの腕もろとも、『破壊』してくれていた。
「この弾ける感じ最高!ありがとう!……飲まれたのは……不快は不快だけど、まぁ戻るからネ!」
「さっき方が、知的なのに……残念あくま、ね」
「なにはともあれ……いや、なんだ?……なにをしに来たんだ……これで終わり?」
はぁ……と、ゼンのため息が聞こえる。
ゆらりと立ち上がり、なにもない場所に向かってサリエルを呼んだ。
「忙しいクセに、随分と余裕があるんだな?」
今度は、クロエの真横にポンッと姿を現したサリエル。
「余裕なんてありません!さすがに少々焦りすぎ、無駄な魂の消費をしてしまいました……でも、まぁ……指だとしてもひとつになれたので良しとしましょう」
べーっと舌を出して威嚇するファインにウィンクをして愛を投げるサリエル。
「勇者一行の相手をしつつ、こちらにも気を回しているの?向こうは復活した脅威と対峙し、血気盛んに、まともな英雄譚を刻んでくれているのね」
「おやおや……まるで自分たちがその枠に居ないような口ぶりをなさいますね?」
クロエの肩に手を置き、意味ありげに頬を撫で上げるサリエル。これもまた、吹き飛ばされた。
今度は、ゼンの『破壊』によって。
「お前が気安く触っていい女じゃねぇ」
「随分……と……この女が大事なのですねぇ?」
「ああ、そうだぜ?」
ニイッと笑ったサリエル。
「それはそれは!奪いがいがあります!!」
クロエの足元に黒い空間が出現し、すっと静かに落ち消える。
「クロエ嬢!!!くっ……貴様ぁっ!!」
怒りに任せて大斧を振るったアダルヘルム。
サリエルの体は簡単に分断され、地に伏せ消えた。
「また近くにいるのだろう!姿を現せ!!」
声だけが響く。
『怖くて怖くて姿などあらわせましょうか?!おっと……申し訳ありません、私は忙しい身ですので……いずれまた……』
声が消えると同時に、失われていた音が戻ってくる。
「クロ……さらわれちゃった?」
「そうみたい……ボクが目的じゃ無かったのカナ?」
「クソ……!!」
「口が悪いなぁ、アダルヘルム」
ゼンのひと言で連れ去られたというのに、平然としていることが気に食わなかったアダルヘルムは、珍しく感情的に怒りを顕にしていた。
「ゼン!!貴様のせいだぞ!!」
「そうだな」
「クロエ嬢が大事なのだろう!なぜそうも冷めた目で見ていられる!!根城も目的も力も分からない、貴様が敵として見ている神の従者の手に落ちたのだぞ?!少し……もう少しくらい……感情を出しても……心配のひとつも、したらどうだ……!!」
痣が付くほど強く、ゼンの肩に掴みかかり、叫び、俯くアダルヘルム。
「俺とあいつはそんな関係じゃないと何回言えばわかる?俺に使われる為に、俺が作っただけの存在だ」
「人形とでも言いたいのか……!!」
「その人形だって言う女を、お前は抱いたから心配なのか?」
カッとなり殴りかかろうとした手を止めたのはファイン。
「アダルくん落ち着いてよ……ゼンがな〜んもなしにクロエちゃんほっとくと思う?クロエちゃんがなんの抵抗なしにさらわれちゃうと思う?」
「そ……れは……っ!」
「クロは、ゼンの言うこと……ちゃんと聞く、でしょ?」
ファインとミウの方が、冷静だった。こんなにも、冷静でいられなかった自分が恥ずかしくなり、掴んでいた手を離す。
「すまない……ゼン・セクズ……」
「お前があれだけの感情を出してくれたって知ったら、クロエも喜ぶかもな?」
「……またそうやって私を弄ぼうとするつもりか……」
大きくため息を漏らし、アダルヘルムはクロエが消えた地面にそっと手を添える。
「それで、どうするつもりだというのだ?」
不敵に笑うゼンは言った。
「俺らじゃどうにもならなそうだからなぁ?勇者様に、助けてもらおうぜ?」
「なに……?!おい!まて!!」
まさかの一言……墓地から離れていくゼンを慌てて追いかけるアダルヘルム。
「ボクらも行こっか〜」
「ゼン……クロエって、言った……」
「おチビ?どしたの?」
「うぅん、なんでもない……いこ、あくま……乗せてって」
「助けてもらった後で断れないのをいい事に……どっちがあくまダヨ……ほら、おいで」
ミウを抱き上げ、ファインはフワリと飛び上がり、ゼンの背中を追いかけた。




