31.偽りは消え去り、修復される
ミウの後に続き、前に出るヒュー。
「お初にお目にかかります、アラリケ様」
ニッコリと微笑む……営業スマイルなのは、あからさまであった。
「ミウの願いの為、我が身をあなたに捧げさせていただきます……どうぞこれから、末永く、よろしくお願いいたします」
ワナワナと震える手で扇子を折ったアラリケ……ヒューの発言を無視し、アダルヘルムの顔を蹴り怒りをあらわにした。
「どういうことかしら?私は、アダルひとりで、と……言ったはず、よねぇ?」
「母よ、私には無理なことはわかっていたはずだ……貴女の大切に思う家族が手を貸してくれた、それに、不満がありますか」
「不満……ですって?」
アラリケには、口答えにしか聞こえなかったらしい。
「母の言葉は絶対なのよ!逆らうなんてどうかしているわ!!不満不満不満!!!私を満足させてくれないのなら要らないわよそんなモノ!!!!」
「二言は無いかアラリケ?余計な事をして、悪かったなぁ?」
ヒステリックに叫んだアラリケに、傍観しているだけだと思っていたゼンの声が被さり、静まり返った。
「こっちもよ?お前の手腕と知性、領民から慕われる豊かな人間性に一目置いていたからこそ、頼みを聞き入れてやったんだが、ま、余計な繋がりだった訳だ?お前の口から聞けてよかったわ、いずれ剥がすつもりだったからなぁ?」
「なにを言っているのゼン・セクズ?今はあなたには関係のない、家族の話を――」
「あのな?お前の言う、その家族は、偽物だよ」
口を開けたまま止まるアラリケにゼンが近づく。
「ヒュー、いまからみるもの……しっかり、覚えていて、ね」
「ミウが、そう言うのなら……」
足払いをし、アラリケを無様に転ばせたゼン。
「なん、無礼な……!」
「どっちが無礼もんだよ?俺の、大切な仲間が、お前の為に、した事だぞ?不満だ?要らねぇ?今のお前があるのは俺のおかげだって言ってんのに、何様だ?」
「痛いっ!!」
ゴリッという音がしっかりと聞こえる程、強い力でアラリケの足首を踏み、床に押し付けるゼン。
「心を病ませた原因は私にある、ゼン・セクズ……そう、痛めつけないでくれ」
「ああそうだな?だが、勘違いするなよ?ここは模範的な政治と世界を成り立たせるのにちょうどいいと俺が判断した、利用する為に必要だったからこそ、アラリケの忌むべき記憶を俺が『破壊』し、黒ブタが心を満たす記憶を『作り』与えた、全部がお前のせいだと抱え込むな、馬鹿が」
立ち上がったアダルヘルムは、そっとゼンの足を退け、アラリケを立ち上がらせた。
「アダル……なんて優しい子……」
ひしっとしがみついたアラリケに、
「もう、意味が無いことはやめるとしよう」
「アダル……?」
アダルヘルムは冷たく、突き放すひと言を告げる。
「なんだ、お前もそのつもりだったのか?早く言えよ」
「これでも、悩んだのだ……だが、悩むだけ無駄なのだと……アラリケ、私は貴女よりも……仲間と共に歩むことの方が大切になってしまった」
「ど、どういう……あ……あれ、私は……私は……」
青ざめ、異常な汗の吹き出し方をしているアラリケ。
「へぇ?壊したはずのもんが戻ってきてんのか?あ〜昔の俺がしたことだからなぁ、精度が低かったか」
「それほど深く、刻まれた事だったのでしょう……ゼン?『破壊』するだけでよろしいのです?都を治める者が居なくなるのでは?」
「問題ねぇだろ、なぁ、ヒュー」
急に振られ驚いたヒューだったが、落ち着いた声で答えた。
「私に、なにができましょう」
「こいつは今から抜け殻になる、お飾りの【夜の人形】だ」
「でも〜表向きはまだまだ現役デスヨ!ってしなきゃダメなんだよネ?」
「いずれここに来たる勇者一行のために……ふふ」
恐ろしい事を言っている。
さすがに笑顔を保っていられないヒューはミウに助けを求めるように、視線を送る。
「ママ……ミウ、ゼンの為に家族になった、けど……ゼンがそれを辞めるなら、ミウもやめる、バイバイ……アラリケさん?」
ミウは、ついさっき見たあの笑顔で別れを告げていた……ヒューの胸が、高鳴る。
「都を保つ為の溢れ出す魔力が都の実質的なトップに立てば安定することは間違いないでしょう、お任せ下さいゼン様」
「いいんだな?」
「えぇ、かまいません……押さえつけられ奴隷の様に扱き使われ無様に働くより、人形を立てて実権を握り、胸を張って生きる方が面白い……でしょう?」
ゼンの口角が、大きく上がる。
「いい男連れてきたじゃねぇかミウ!」
アダルヘルムが支えていたアラリケの胸ぐらを掴み、もう片方の手で額を掴むゼン。
「アダル……アダル……たすけ……」
「もう、十分な程の愛は与えたはずだ……だが、壊れた心に偽りを重ねたとて、所詮壊れたままだった……私の茶番に付き合わせ、苦しめてしまってすまない……アラリケ、あなたは素晴らしい母であったよ」
すがるような視線を送る……が、静かに身を引き、アラリケから離れていくアダルヘルム。
「壊れたのは勝手だがよ、だからってなんでも好きにしていいわきゃ無い、よなぁ?わかるだろ?」
「ご、ごめんなさ……ひとりにしないで……いや……サミ……シ……」
「お前の大事なものが『破壊』されるのを感じて逝け」
精神の『破壊』……破壊音はない、静かに人間を殺す残酷な所業だ。
過去の辛かった記憶も、今に至るまでの幸せだった記憶も、心を埋めていた温かいものも……全て消えた。
「すまない、ゼン……あなたの手をわずらわせる前に終わらせていれば……」
「お前じゃ無理だったろ?ま、これでお前を悩ませている存在がひとつ減ったわけだ、喜べ」
「自覚があって言っているのか……?まったく……」
パッと手を離し、アラリケは力なくその場膝を折り、転がった。
「ふふ……アダルを面白がって使っていいのは自分だけだと、主張したかったくせに……」
「あ?なんか言ったか黒ブタ」
「愛されてるネ〜アダルくん?」
「ゼン・セクズ……その……これからもよろしくたのむ」
「げっ、なんだよ気持ち悪ぃな、いつも通りにしとけよ」
誰もアラリケを起こさない異様な光景をミウと見ているヒュー。
「アラリケは……あにぃのあにぃの奥さんだった、の」
「おかしい……なぜ、母と呼んでいたので……?」
「ん〜……お腹の子死んで、あにぃのあにぃも死んで……おかしくなって……わからなくなった」
「それは気の毒だけど……なにがどうしてこんな?」
「子供に執着、しすぎた……子供が死んだ事実をゼンが『破壊』して、クロが新しい記憶……あげた」
アダルヘルムのわがままもあった……兄の思いを消したく無かった、それが例え偽りであったとしても。
「なら、アダルヘルムさんだけでよかったんじゃないのかな?なんでミウも?」
「ミウ、兄妹いないから……どなのかなって、好奇心……それと、ゼンに頼まれた……あにぃだけだと、可哀想って……優しいひと」
「なる……ほど……」
ゼンを見つめるミウの瞳は恋する女の子……ミウが言っていた『彼』とは、ゼンの事なのだと気付くヒュー。
「ゼン様の為になることは、ミウの為になること……かな?」
「ヒュー、さすが……いい男、だね」
ニコッと笑い合い、ゼンに近づいていくヒュー。
「ゼン様、この屋敷に雇われている者たちの記憶の改ざんもお願いできますか?」
「ああ、いいぜ」
「あ、後もうひとつ……私の名も違うもので刻んでいたただいた方がよいかと思います、いかがでしょうか」
淡々と段取りを進めるヒューとの会話が楽しいらしく、ゼンはニコニコと上機嫌。
「ヒューくんさ……肝座りすぎじゃナイ?」
「あはは……目の前で兄が肉片になっていく様を心の内で笑っていた身でありますから、この程度、なんてことありません」
「い、逸材すぎるのでは……」
最後の仕事として、アダルヘルムがアラリケを椅子へ座らせ、
「で?」
「ジギワルドと……お呼びいただければ、と」
「はっ!いいじゃねぇの……『破壊』は済んでる、やれ、黒ブタ」
「ふふ……わかったわ、ゼン……ジギワルド」
静かに変わる夜の都……大結晶だけが、変わらぬ輝きを放っていた。




