29-①.誰を抱き、悪夢を見るか
選んだ宿に浴室が付いていない訳では無く、この都では外湯が基本になっている。
疲れを癒し、気が緩む……最高の情報収集の場……そのつもりでゼンは赴いていた。
「あまい……おいしい」
ミウを部屋に招き、よく冷やされた果物のジュースを与え、半乾きの髪をタオルで乱暴に乾かしながらベッドに座るゼン。
「なぁにしてた?」
「……」
もじもじとして、なかなか答えない。
「……お前のせいじゃない」
話しやすいように、先に切り出すゼン。
「でも……ミウが、言わなかったら……違った」
「かもしれねぇが、あの女が欲しがってるもんに変わりはねぇ、条件を除いたとしても……溢れ出す魔力を望んでいた」
「あにぃひとりじゃ……無理、だよ」
ファインでさえ解析魔法を使わないとその存在を正確に確認することはできない。
魔力を持たないアダルヘルムには、無謀とも言える。
「お前風呂は?」
「ふろ……湯浴み?ご飯食べた後に、いったよ?」
「ん」
横になったゼン、自分の横に来いと……ベッドを叩く。
「え……え……いい、の?」
「特別に寝かしつけてやる、ま、嫌ならさっさと自分の部屋に戻れ」
「もど……らない」
おずおずと……恐る恐る……ゼンの隣で横になる。
「……そんなに怖いのか」
「ち、がう……緊張」
「ははっ!そんなんで寝れんのかよ」
「寝る……寝る、だけ?」
ミウの顔を見る。
潤んだ瞳に赤く染まった頬……両手は強く握られたまま、少しだけ震えが見える。
「不満か?」
「ううん……でも、ミウ……」
「でも?なんだ?……言ってみろ」
「……っ」
そっと髪に触れられ、ギュッと目を閉じるミウ。
そして感じたのは、額への刺激。
「……いたい」
「なに妙な期待してんだよ、おこちゃまのくせに」
「ミウ……ゼンより年上、だもん」
「種族が違うだろーが、んなもん引き合いに出すな……どうあがいても勝てるわけねぇだろ」
「えへへ……」
背中を向けるゼン、天井を見つめるミウ。
「あの大結晶の魔力は無限じゃない」
ぽつりぽつり、ゼンは話し始める。
「意思を持っているかのように、己の力が失われ始めた時、餌を呼ぶ」
「えさ……」
「たまたま……今がその時期で……アダルヘルムが手にすればいい、だけだ……ヒントくらいは……与えても、問題ないだろ」
あくびが聞こえる。
「生死を問わず……アダルヘルムは、どうするかなんてわかってるだろうに……毒親を持つと苦労する……」
「あにぃは、殺せない……きっと、自分を犠牲にして……手に入れようと、する」
「保有者次第だ……アイツが判断する中での、最上の悪人であれば、良い……違う、なら……また……傷付ける……」
「んふふ……ゼン、優しい」
ミウはゼンの背中にくっついて目を閉じる。
「優しさじゃ……ない……まだこんな所で……終わらせない……だけだ」
「うん……ミウ、わかってるよ」
「明日は……西地区……保有……しゃ――」
数十秒……背中からゼンの鼓動と寝息をしっかりと感じ取って、静かに部屋を出るミウ。
「ゼン……寝かしつけ、下手……あにぃに、教えてもらったほうが、いいよ」
廊下のきしむ音が伝わる……眠っているはずのゼンの口元が動く。
*
*
*
都の西地区の治安は、ひとことで言えば、悪い。
領地の外の街で言うところの、スラム街だ。
「ミウなら……見れる」
薄汚れた布を体にまとってスラム街に潜むミウ。
フラフラと歩く者、絡み合いながら路地裏でうごめく男女、時折通る見回りの衛兵。
「呼び寄せる……なら、ここの人じゃない……どこ……考えろ、ミウ」
破棄溜まりに見える場所でも、この都はそれだけではない。
「ママは、頭がいい……身汚いだけに、してない……匂いも、違う」
座り込んで観察していても埒が明かないと、地区内を駆け回るミウ。
強度のありそうな家屋の屋根に上り見渡すと、ハリボテ同然の住宅ばかりの中、小綺麗にされた大きめの建物を見つけた。
「あそこ?……安直、かな?……でもこの匂い……」
森での生活の中で、鼻が利くようになったミウは、特徴的な匂いに敏感だった。
「あとは……見る」
建物に近づいて、出入りする人々をじっくり観察し……見る。
「見にく……あっ」
隠密として動くには、まだまだ。
いつも登っていた木の上とは、足場の感覚が違ったことと、1度視界に入れた人物が見にくい位置に行ってしまったこと……身を乗り出し過ぎ、落下してしまった。
「おっ……?!」
「……ん」
布の屋根がクッションになったものの、弾んで落ちた地面に体と頭を打ちつけてしまい、意識が遠のいていく。
「へぇ?……おい、コイツを連れて行け」
「近くに医院は――」
「バカ言ってんじゃねえっつーの、俺の部屋だ」
「でも……それは……っ!」
「なんだ?歯向かうのおまえ」
「……かしこまりました」
うまく動けない体と、薄れていく意識の中で聞こえた会話に危機感はあったが……どうすることもできなかった。
「(ゼン……あにぃ……失敗……ごめ――)」
途絶える意識までの一瞬、見え、感じた目的の存在はしっかりと、刻んだ。
*
*
*
意識が戻り始めていく。
「ん……さむい」
体の痛みは無かった。
薄暗い部屋、妙に甘い匂い、上等なシーツの感触……自分たちの宿ではない事は分かった。
「良かった」
落下し意識を失う前に聞こえた、声のひとつ。
椅子に座り、ミウの目が覚めるのを待っていたようだ。
「あなた……だれ?」
「観光に来た……商家の……召使いだよ」
あまり見慣れない装いをした男は、長い髪を耳にかけながら恥ずかしそうに目を逸らした。
「打撲の跡とか、は……治しておいたけど……痛い所はもうないかな?」
上半身を起こして軽く動かし、頷くことで男に伝えた。
「その……勝手に着替えを……ごめんね」
「だから、さむい……クロみたい」
可愛らしい飾りが付いてるキャミソール……胸元からスリットになっており、わずかな膨らみも覗き見え、ショーツも丸見えだ。
目の前のにいる男……着替えをしたというのにとても恥ずかしそうに顔を背けている。
座り直したミウは、足をプラプラさせながら、男の顔をのぞき込む。
「お名前……は?」
「ヒュー……」
「治癒魔法……すごい、ヒュー……ありがとう」
「私が使う魔法なんて、一般的なものだよ?」
「ミウ、見たことない……みんな、怪我しない……しても、生える」
「は、生える??」
変なことを言うのはきっと、エルフという特別な種族だからなのだろうと納得し……ニコッと笑ってお礼を言うミウに、同じように笑顔で応えるが……すぐに沈んだ顔に戻ってしまうヒュー。
「……ごめん」
「なんで、ごめん……するの?」
「私が君を助けたのは……命令されたからなんだ……だから……ここから助け出すことはできない」
なにかに怯えているのだろうか……顔を歪ませ、悔しそうに拳を強く握っていた。
「君のような……少女達を何人も……私は……次こそはこんなことはと……なんて私は弱いのだろう……」
いい年をした大人の男が涙を流す姿を見て驚くミウ。
「ミウと……逃げ……ううん、違う……ミウが、助けて、あげる」
「な、にを……無理だ……そんなこと」
「大丈夫、ミウ……強い、だから……泣かない」
そっと頭をなでるミウ。
「たすける、から……ミウのお願い、聞いてくれる?」
ヒューの涙を拭う柔らかく優しい手……誘拐されている状況にも関わらず、自信を持って笑うミウに惹きつけられていく。
頬に添えられたミウの手に自分の手を重ね、
「君は……強い子なんだね……うん、わか――」
勢いよく、乱暴に開けられたドアの音……ヒューの息が止まる。




