23.水の妖精、時に大胆に
詰め込み叡智
「クロ……?」
ミウは気付いていない。
背中を優しく布で洗い流してくれていたクロエの手が離れ、異変に気づくことができたものの、指輪を銃に変化させたと同時に……水底からうごめきながら迫り上がってくる生物に飲み込まれてしまった。
「んぐっ!!」
引きずり込むことはせず、水面から数メートルの位置で激しく動き、太さの違う触手を銃ごとミウを巻き込み、絡みついていた。
「困りましたね……」
ミウに気を取られたクロエにも巻き付き、ミウと同じように身動きが取れないように強く絡みついていく。
「息はできていますか?ミウ」
「だ……いじょ……んんっ……ぶ」
体格も小さいためか、絡みつく触手に抵抗する力が弱いミウ……首に巻き付かせない様にすることだけで精一杯の様だった。
「ひっ……なんか、チクってした」
「あら、ふふ……それは本当に、困りましたね」
ビクッと体を震わせるミウ。
何本も巻き付いている触手のどれか……鋭く小さい針を刺し、ミウの柔肌に小さな傷を付ける。
「クロ……なんで、笑……――っ!!!???」
「気をしっかりね?ミウ」
やけに冷静なクロエが気になり、声をかけたミウだったが、突然上がる脈拍と、全身を走るしびれるような感覚に驚き……意識が支配されていく。
「ふっ……ふっ……」
「さすがに無理そうですね……でも……その快感を覚えておくのはいいことかもしれません」
「クロ……なに、これ……せつない……の」
「ミウ……そんな風に甘えた声は、ゼンのためにとっていた方がいいと思うわ」
「ふぇ……やぁ……こわ、い……」
足の間に挟まった銃が触手の動きに合わせて不自然に動くせいで、ミウもその動きに合わせてもじもじと自然と体をよじってしまい、強制的にと言っていいほどの刺激をビリビリと浴びることに。
どうしようもできず、ミウはポロポロと泣き始めてしまった。
「粘液が増えた……なるほど、針自体には催淫効果は無さそうです、粘液が染み込みやすいように傷を付け……」
「クロォ……」
「ふふ、ごめんなさいね?今助けますから」
バツンッ!と、勢いよくクロエに絡まっていた触手がバラけ、細かくなってボトボトと湖に落ちて沈んでいく。
自由になったクロエも水面に落ちていくが、水の上にふわりと足を置いた。
「どこの誰に置いていかれたかは知りませんが……こんなことをしてはいけませんよ」
クロエの腕から生えるように鋭い刃が『作られ』ていた。粘液で覆われている触手にも刃が負けることなく、きれいな断面を作るほどの切れ味。
「んはっ……はぁ……くる、し……」
「それは、どちらで苦しいのかしら……ふふ」
優しく水面を蹴り、ミウが捕らえられている位置まで飛び、素早く切りつけ触手をバラバラにする。
解放されたミウを回収し、水面に着地した。
「洗い落とせばこれ以上ひどくはならないでしょう」
「ん……んん?!やだ、クロ、触っちゃやだ……っ!」
「ですが……しっかり落とさないと、後々困りますよ」
「――――っ!!!」
紫色の触手の体液が周辺に広がり、湖を汚していた。粘液の成分も混ざっていると判断したクロエは、小川に場所を変えて、ミウの体を隅々までキレイに洗い流し……水浴びを済ました。
「あ!クロエちゃん、おチビ……どうしたの?なんかふらふらしてるよ?遅かったし、なにかあった?」
「魔物ではなかったのですけれど、少しいたずらされてしまいまして……ね、ミウ」
「いたずらしたのは……クロ、だよ」
ミウが落ち着くのを待っていたこともあり、辺りはすっかり暗くなっていた。
その間に飲み疲れて寝てしまったゼンとアダルヘルム、仕方なくふたりの帰りをひとり待つことになったファイン。
水浴びでの出来事を聞き、退屈していた鬱憤を晴らすように、大げさにミウをいじり始めた。
「おチビ〜〜どうだった?気持ちよかった〜?」
「気持ち……いい?」
「ファイン、いじわるしないであげてください?ミウはゼンのために頑張って貞操を守ったんですから」
「えぇ?!そんな……じゃあ、おチビはライバルになっちゃうのかぁ……」
「クロ……あくま、なにいってるの?」
クスッと笑い、クロエはミウの頭を撫でて優しく言った。
「あなたのその気持ちは私達に無いもの……大事にしなさい?そうしたら、ファインには勝ち目はありませんからね」
「ひどいなぁクロエちゃん……でも、まぁ……そうかも、ネ」
「むずかしい……けど、大事にする、は……なんとなく、わかる」
「いいこね、ミウ」
「ん……ね、あくま……ごはん」
「そうやってボクを使おうとするのはゼン以外でおチビだけダヨ……」
さすがに、クロエが食事の用意を代わり、遅めの夕食を済ました。
「見張りは私がしましょう……ミウも疲れているでしょうし、ファイン、寝かしつけてもらえるかしら?」
「あくま……変なことしたら、撃つ」
「ボクはアダルくんみたいに見境なく手を出したりしないの!ゼンひとすじだから!」
「あくま、へんたい……だから、なにするかわからない、もん」
「さっきまで変態プレイしてたおチビに言われたくないんだけどっ!」
そんな、ライバル同士の微笑ましい口論も徐々に聞こえなくなり……湖の水が風で波打つ音、焚き火に焚べた枝が弾ける音……耳心地がよい音だけ。
ひと息ついたクロエは、残りの酒に口をつけ、喉を潤し吐息をもらす。
「(根底にあるものがゆえに……厄介なことね……)」
首の鎖が揺れる。
「起きてしまったのですか、ゼン」
「水」
残りの酒を飲み干し空になったはずの木のカップを、ゼンに手渡す……ちゃぷっとゼンの指を濡らし溢れた水、いつの間にか新鮮な水が満たされていた。
「あのな、ぎゃあぎゃあ耳元で騒がれてみろ、寝てられるか」
「ふふ……ならアダルは相当神経が図太いのですね」
「じゃなきゃ、俺等についてきてねぇだろうよ」
「ンッ……ゼ……っ」
強引にクロエの唇に、自分の唇を重ねるゼン。
湖の波の音に重なるように、しっとりとした水音をさせながら時間をかけて……。
「これくらいか」
「そういえば……しばらくご無沙汰でしたね」
クロエを連れ、夜の湖畔を歩き、見て回る。
まるで時を止めた様に静かなのに、時折、風に揺らされ涼やかな音を立てる清らかに満ちている湖……おかしなところがあるとすれば、1カ所だけある濁り……そこを目指す。
「魔物の類ではありません……処分しました」
「変態趣味で作ったもんが手に負えなくなって捨てたか?はた迷惑な話だな」
「よい準備運動にはなりましたけれど……」
濁りがある場所は水浴びをしていた場所だ……クロエは少しヌメリけのある濁った水をすくい上げ、自分の体に滴り落とす。
先程とは違い、ほんのりと頬を染め、徐々に呼吸を熱くするクロエ。
「……ねぇ、ゼン?」
「あ?」
「あなたと夜を共にすると意気込んで……催淫状態の彼女は……ミウは……ふふ……中々に、可愛らしかったですよ?」
「バカ言ってないで、集中しろ」
重なるふたりを妖しく艶めかしく見せる月の光、時折漏れる甘い声は、梟の鳴き声が隠し……捨てられた特殊な趣味は、楽しむ趣向のふたりには、とっておきのスパイスとなった。
「ダルい」
「副作用でしょうか?」
「捨てられて当然だな」
全裸のままま入水したゼンの周辺には残っていた濁りがあった……顔を洗う動作と同時に水は透き通り、朝日に照らされていくと、前日に見た水面と変わらぬ輝きを放ち始める。
「失敗した」
汗を流し終えたゼンは、着替えながら残念そうにしていた。
「アダルヘルムに試せばよかったな」
「あら、悪い癖よ、ゼン……大事な物だからといって、アダルを玩具にしていいわけじゃないわ」
「お前こそ、アイツで遊んでるクセによく言う、性悪女が」
「そう『作った』のは、あなたよ、ゼン……ふふ」
「はっ!そうだったかもなぁ?」
爽やかなはずの朝に、似つかわしくない笑みを浮かべ『仲間』の元へ戻っていく。




