18.愛を知るのは、時を経てから
長居をするつもりではなかったのだが、さすがにそんな雰囲気ではなくなってしまった。
「いい加減、泣き止めグリゼルダ、それでも現役の魔王かよ」
「魔王である前に、母でもあり、女でもある!!」
「魔族がなに人間みたいなこと言ってんだよ」
予定が狂い、若干不機嫌になっているゼン。
「ん〜〜……アダルくん置いてく?」
「それは名案ではある」
「ゼン……面倒だからと言って、本来の目的を無下にしないでください、その方が後々面倒でしょう?」
グリゼルダの隣に座り、慰めているアデル王子が揉めているゼンたちの会話を聞きき、申し訳無さそうに口を開いた。
「ゼン様ごめんなさい……普段はこんな風にはならないのですが、僕に父の話をする時も、こう、少し幼くなってしまうというか……」
「女ごころ!!」
「……女性らしく、可愛らしくなってしまって」
「母親にも気を使ってんのか、大変だなお前」
苦笑いで誤魔化し、再びグリゼルダの背中をさするアデル王子。
向かいのソファで横になっていたアダルヘルムが咳き込みながら意識を取り戻した。
「ぐっ……なにが起きたのだ……」
「おはようございます、父様」
「とっ?!…………ゔ」
もう一度気絶したそうなアダルヘルム。
そうはさせないと、ファインが無理やりその場に座らせ、上半身を支えて逃げられないようにした。
「もし、間違いがあるようなら、訂正し、否定していただいて大丈夫です」
アダルヘルムを、しっかり見つめ、話し始めるアデル王子。何度も聞かせれた、ふたりの馴れ初めをはなしてくれた。
人間に興味を持っていたのはファインだけでなく、グリゼルダも同様だった。弟の話す人間の面白さに惹かれたとのこと。
「お前のせいか」
「ち、ちがうよ……たぶん」
ファインが眠りにつき、乱世が収まってしばらく経ったある日、暇ができたグリゼルダは人間の姿に変身して地上に出た。
その時、たまたま世界の復興状況の確認に周っていたアダルヘルムに出会い、助けられ、恋をしたということらしい。
「復興……途中……女性……」
「これでも思い出せませんか?」
「数が多すぎるだけだろ」
「子供の前でそんな事言うんじゃない!」
「それも理解しています、大丈夫です」
「ぐぅっ……名は……グリゼルダではなかったりはしないか?」
グリゼルダの泣き声が止む。
「……トリシャ」
小さな声だったが、はっきりと聞き取れたようだ。
「あぁ……覚えている、トリシャ」
「アダルヘルム……」
「淫紋の……いや、それは言い訳だな……不思議な魅力をもった女性であったと、愛し合った事実も、覚えている」
「ほんと……?」
「もちろんだ……翌朝には君の姿はなかった……言いようのない寂しさを感じたのも、覚えている」
「アダル……!!」
ファインを突き飛ばし、場所を奪って抱き合うふたり。
「おい、クロエ、なんだこれは」
「ゼンがわからないのなら、私にわかるわけがありません」
「まさかネェ様がアダルくんと仲良くしてたなんてネ〜……あ、お義兄さんって呼ぶべき?」
「母様……よかった……」
兎にも角にも、これでまともに挨拶をして帰れる。
「おい、いい加減魔王に戻れグリゼルダ」
「……まったく、情緒のない男だなお前は……いいだろう……」
がらっと空気が変わる……足を組んで座り直したグリゼルダの姿に魔王の風格を見る。
「ファインにかけられていた神の力を秘めた枷は取り除いた。だが、これから先王都に魔族を攻め入らせる時は注意しろ、同じことになる」
「ほう?珍しく優しい助言をするではないか」
「お前たちは駒だからな、簡単に折れちゃつまらねぇだろ」
「駒なのは……ファインの眷属だけだろう?今は私が、新生魔族たちの主だ、すべてがお前の駒だと思うな」
睨み合うゼンとグリゼルダ。
その目線を先に外したのはゼン……その先にいたのはもちろん、
「なぁ〜アダルヘルム?お前の奥さんにも協力して欲しいよなぁ??」
答えは決まっている。
「……私は、ゼンと共に世界を知らなければならない……トリ……グリゼルダ、わかってもらえないだろうか」
「……卑怯者め」
「耳障りな馴れ初めを聞いた分の価値はあったなぁ?」
ニヤニヤと笑うゼン。
「ふん……どちらにせよ、我が弟に手を出した者を屠るつもりではあった」
「元凶は神だが、直接その手で復讐を果たす実績と実感が、お前らには必要あるだろ?なら、勇者一行を狙えばいい」
「ほう?私が得ていた情報には、勇者ソウゴはひとりで全ての討伐をしていたと聞いているが……一行とは……その言い方だと、狙うべき相手がそこにいるような口ぶりだが?」
「もちろん、俺がそうなるようにしたからな」
目を見開き、ゼンの言動に驚愕したグリゼルダ……一瞬うつむいてすぐ、肩を揺らし笑い声をあげる。
「あはははははは!!!お前は本当に、かつての英雄か?わざわざ魔族に勇者達として殺す理由を与えるとは!!」
「当時からやってることは変わってねぇよ」
「そうだよネェ様、ゼンはずーーっと変わらない、目的を果たすために、ネ」
黙って話を聞いていたアデル王子、そわそわしながらゼンに質問をした。
「ゼン様、差し支えなければ、その目的と言うのを教えていただくことは可能ですか?」
「あ?世界を壊す、それだけだ」
「世界を……壊す……」
考え事をする時の顔と仕草……見覚えがあり、クッと口角が上がる。両親の瞳の色、片目にアダルヘルムの子であることは見てわかるが、それ以上の血の繋がりを感じさせた。
「世界を壊すため……その過程を楽しみながら今も昔も……だから笑っている?随分と神のことが気に食わないと……あ、そのように感じ、まして……」
「やっぱこいつ、アダルヘルムの子だな」
「……私たちのことを聞きかじっていたとしても、初対面でここまで……面白い子ですね」
「あの……間違っていますか?」
「アデル、誇るといいぞ?父親にそっくりだ」
褒められたことに、子供らしく笑っていた。
「こら、我が子を懐柔しようとするな」
アデル王子を抱き上げ膝に置き、
「それで?私に挨拶だけをして帰るつもりでいたと言うが……腰を上げないところをみるに、つもりもなかった助言以外にも、まだ話し足りないことがあるようではないか」
「昨晩ファインに聞いたが覚えがないと言われたんでな?グリゼルダ、新生魔族と言っていたが、アダマンタイトの採掘現場の地下、覚えがあるか?」
グリゼルダは嬉しそうに笑っている。
「あそこは近年できた特殊な場所、ここと同じく魔力が濃いのでな、少しばかり実験させてもらっていたのだ……ゼン、貴様、見たのだな?」
「使えそうだったからな、苗床置いて来たぞ」
「ふはっ!!良いな、後で少し覗いて来てやろう……さぞ面白いものが産まれているだろうな」
ふたりの会話を聞いていたファインが寂しそうな声を出す。
「ボクの眷属……時代遅れ?もう必要ない?」
「なに情けない声出してんだファイン、お前自身の体があるだろ?数はグリゼルダに任せて、お前は俺の隣で力を振るえばいい」
「ゼン……すきっ!!」
「我が弟ながらその感情ばかりは理解できん……」
作戦を立てる、指示を出す……そんなことはしない。そうしたいと、そう思うままに……気ままに気まぐれに、自然と必然になるように……ゼンはそれを、楽しむ。
「父様も、行ってしまうのですか?」
クロエが地上へのゲートを『作る』。
立ち上がったアダルヘルムの袖を掴み、さみしげに声をかけるアデル王子。
「短い時間ですまない……そうだな……これから父は危険で苦難の道を行くことになる」
「はい……」
「それは、グリゼルダにも言えること……父がそばに居れない間、これまでと同じように、母を守っていてくれるか?」
「僕はまだ教えを頂いている身で……守るなんて……」
「守っていてくれていただろう?アデル、お前は強く賢い……私は魔法も使えないからなぁ〜もし私になにかあれば助けてほしいくらいだ!……最愛の妻を頼む、我が息子よ」
「はい……父様……!」
ギュッと強く、別れの抱擁を交わしたアダルヘルムは、先にゲートを越えて地上へ戻ったゼンを追う。
「……アダルとはもう会えないものと思っていたが……偶然とは言え、ほんっとうに不服だが……ゼンに感謝せねばな」
「彼はそれを……ファイン叔父様の件も含め貸しを与えたと思っているでしょう……母様、僕は修行をします……近々起きるだろう争いに立ち向かえる力を手にし、父を救うことで早急にこの貸し借りを清算します」
闘志を燃やすアデル王子に、グリゼルダは満足気だ。
「成長した姿を見せる時が楽しみだ……待っていろゼン、その前にアダルヘルムを死なせでもしたら、思い通りにはさせない」
窓の外は再び夜空へ……いつの間にか、だいぶ時が経っていた。
呼び方
ゼンがクロエを呼ぶときはあだ名の黒ブタが基本。ただ、感情が乱れたり、素になったりすると普通にクロエと呼ぶ。
ゼンに感情の起伏?そりゃありますよ、人間ですからね。




