17.思い出は甘い、苦い果実の記憶
夜空の輝きが【エリュシオン】を照らす。
夜光虫がその光に誘われるように舞い、光を放ち、夜風に揺れる草花で遊ぶ。
地上との違いは、月が昇っていないこと……そう、夜空の光は魔力の輝きだからだ。
「今夜は寝所を共にしないのか?ゼン・セクズ」
「ほっとけ」
ファインの屋敷の庭、無造作に置いてあるテーブルにゼンの姿を見つけたアダルヘルム。
薄い毛布をゼンの肩に掛け、向かいのイスに座り一緒に空を静かに眺める。
「私も、あなたと同じく魔力を持たない身……こうして視覚的に見る事ができる経験は……中々に感慨深いな」
「一緒にするな、俺は魔力は不要派、お前は憧れる派だろ?」
「壊すこと以外の賛同はなしか……ゼン・セクズ、私は好きでお前の隣を選んでいるし、協力も惜しまない……あの時に、戻れとは言わんが……あまりさみしいことばかり言うな」
「……笑うだろ、お前らは」
あまり見ることのない、幻想的な光景がそうさせているのかは、分からない。
「そりゃあ、笑うさ」
「はっ!そうかよ」
あまり多くを語ることはなかったが、どこか嬉しそうなゼンとアダルヘルム。
ゆっくりと流れる夜空の光の川をしばらく眺め、肌寒さを感じたアダルヘルムは、寝室へ戻ろうと立ち上がった。
「時を経て、変化している」
「起きていたのか」
「少女を癒すはずの花が人間を蝕む魔薬に変わり、ウベルがサリエルとして新生し、王都の加護が【魂喰らい】から【魔族喰いの女】へ」
「ゼン・セクズ?」
「その変化を起こしている要因は、なんだ?アダルヘルム」
毛布にくるまり、背を向けたまま、ゼンはアダルヘルムに問う。
「あなただと、言いたいのか?」
「俺だけじゃない、俺たちだ。もちろん、そこにお前も入るはずだ」
「私も……?だから、世界を見ろと言ったのか?」
「それを確かめる、もう少し付き合え」
「結果の変わらないその旅に……意味はあるのか?」
数秒の沈黙……白い息を吐いて、ゼンは答えた。
「結果よりも過程だアダルヘルム、楽しもうぜ?残りの時間をな」
返事をする前に、ゼンの吐息が寝息に変わっていた。
「それは……私と、私の子供たちに対してか?あなた自身のためか?……ゼン・セクズ、あなたは本当に……ズルい人だ」
アダルヘルムはゼンを抱きかかえ屋敷へ戻る……ゼンをベッドに寝かせ、自分はソファで眠りについた。
翌朝、力と元気を完全に取り戻したファインと共に魔王城へ向かうことになった……一応、現魔王に挨拶と、ファインの快気の報告を、と。
「そういえばファインは『元』魔王でしたね」
「長いこと寝ちゃってたからネ〜〜さすがに放ったらかしってわけにはいかなかったみたい〜もう魔王やるつもりないから全然いいんだけどネ!」
「ファイン殿、ちなみにどなたが?」
不敵に笑いながら、自慢げにファインは答える。
「ボクのネェ様だよ!美人で強くて頼りになるんだヨ!」
「ほう、それは楽しみだ」
「……あいつか」
「そういえば……ゼンは、彼女のこと……少し苦手だったかしら」
「挨拶だけしてさっさと帰るからな」
「意外と律儀なのだなゼン・セクズ……」
寝ぼけて歩いていたゼン、歩みを早め魔王城へと進んでいく。
「え?謁見の間にいないの?」
城門前の近衛魔族と話しをするファイン。
「行くって言ってあったのに〜〜……」
「もう少し時間がかかるものと思っていたようで……今は王子と過ごす時間になりますので庭にいらっしゃるはずです」
「出かけてないならよかった〜お邪魔するネ」
城内へ入り、また外へ。
城自体は人間が作る城と同様の造りをしている、それぞれの用途の部屋があり、整えられた美しい庭園もある。
「ネェ様〜〜?きたよ〜〜?」
巨大な薔薇のような棘のある植物を主に整えられた広大な庭園。慣れていないものは迷ってしまうだろう。
前方からカサカサと音がした次の瞬間。
「あ」
「あ……ファイン叔父様?」
人間で言うと12歳前後だろう背丈の子供が飛び出し、ファインに気付いて笑顔になった。
「良かったです!お目覚めになられたのですね!」
「えっと〜〜……あ!ネェ様の息子くんだ!」
「はい!何度かお見舞いに参ったのですが眠っておられましたので、ちゃんとしたご挨拶ができずに申し訳ありません」
年相応な、態度では無いことに一同は驚いた。
「ファインより、しっかりしているのでは?」
「それは言い過ぎだよクロエちゃん」
「俺もそう思うぞ」
「ゼンまでひどいヨ〜〜……」
人間の貴族、王族がするように、きちんと背を伸ばし、美しい姿勢でゼンたちに頭を下げる少年。
「ゼン様、クロエ様……高貴なる血統、最愛なる親族であるファイン叔父様の命をお救いくださったこと、心より感謝を申し上げます」
ニコリと笑う顔は幼いものの、その口から出る言葉たちは大人顔負けの語彙であった。
「ところで、ネェ様は?」
「母様ですか?すぐ後ろに――」
耳を澄ますと、少し離れたところから女性の声が聞こえてきた。
段々と近づき、少年と同じ草木の間から姿を現した。
「ここにいたか!っと?ファイン!目が覚めたの〜〜?!」
「ネェ様!ゼンのお陰で元気になったヨ〜〜!!」
ハイタッチをして喜ぶファインと女性の様子を見ているだけのゼンとクロエ。
「そっくりなのですよね」
「どうしてコレからアレが生まれてんだろうな」
女性の耳がピクリと動き、ファインから離れ、ゼンの前に仁王立ちをした。
「アレなどと、失礼な呼び方をするなよゼン」
「はっ!なら教えてくれよ?さぞ聡明で、大層な名を貰ってんだろうなぁ?」
素早く少年の元に移動し、勢いよく背中を押して自慢げに話しだす。
「申し訳ありません、母様、名を名乗るのを失念しておりました……」
「よいよい!今こそ名乗る時だ、さぁ!」
席払いをし、もう一度、挨拶を。
「ここにいたか……花に見惚れてはぐれてしまったようだ、すまないすまない……ん?騒がしいようだがなにを――」
「アデル・ゾンダーリングと、申します……母の名はグリゼルダ、父の名はアダルヘルム……父の名の一片を、気高くあれと、頂いた名です」
間がいいのか、悪いのか……一斉に視線を集めることになったアダルヘルム。
「え……な、なんなのだ?」
一番、熱心な視線を送っていたのはもちろん、現魔王であり、ファインの姉で、アデルの母の……グリゼルダ・ゾンダーリング。
「一緒に……来ていたの……?」
瞬間移動なのか、高速移動なのかわからなかったが、戸惑っているアダルヘルムにいつのまにかベッタリとくっついているグリゼルダ。
「アダルくん……マジぃ?」
ジトッとした視線を送るファインに、アダルヘルムは首を横に振ってなにやら否定しているようだった。
「ゼン様……母様のあの様子を見ますと、あの方が僕の?」
「知らん」
「淫紋の力によって、異種間での繁殖も可能ではありましたが……アダルったら、いつの間に……」
グリゼルダはなにも言わず、アダルヘルムを離そうとしない。
「熱烈な歓迎痛みいる……が、その、そろそろ話してもらえるだろうか?えぇっと……グリゼルダ?」
「……覚えておらんのか?」
顔を見ても、ピンときていない様子のアダルヘルムに、
「この……おおばかものぉぉぉ!!!」
「がはっ!!!」
硬いドラゴンの皮膚で覆われているグリゼルダの両腕。その拳は大地をも砕く威力……アダルヘルムのみぞおちをへこませていた。
「あら……淫紋は無事かしら?」
「頑丈なんだネ、アダルくんは」
「アホ、ただ固いわけじゃねぇにきまってんだろ?おーい、アダルヘルム聞こえるかぁ?俺に守られてて良かったなぁ?」
「母様!さすがに!」
「え〜〜〜〜ん」
薔薇に埋もれてさすがに気絶している、アダルヘルム。
忘れられていた事がショックで泣きじゃくる現魔王、グリゼルダ。
感動の再会かと思っていたが、修羅場と化す現場に困惑する息子、アデル。
「どうします?」
「ファイン、とりあえず全員中に運べ」
「あはぁ~……仕方ないネェ……」
まだ、魔界からは帰れそうにない。




