16.口にするのは良薬か、戯言か
視界に映るすべてが輝かしい。
可愛らしい小鳥たちがさえずり、色鮮やかな蝶が舞い、花びらを舞い上げながら風に踊る花々。
「私はなぜ連れてこられたのだ」
「そりゃ見てもらうためだろ」
ファインと初めて出会った後、魔界に招待されたゼンが、現代に広く知られる神話になぞらえた場所と似ているとはなった名……響きが気に入ったファインが魔界の通称を【エリュシオン】とした。
「世界を見たほうがいい、と……それには同意したがな?なぜ最初に魔界なのだ」
「黒ブタが伝えてあるかも知れねぇが、直接確認しときたいことがあるんでな。終わったら、前みたいに楽しく旅をするから怒るなよ」
「……楽しく……言葉の通り、そうあればいいがな」
白く美しい石で整えられた、魔王城まで続く道をのんびりと歩くふたり。
魔界と言われているにも関わらず、美しい景色が続く……2度目の訪問ではあったが、アダルヘルムは見惚れながらため息を漏らしていた。
「ここは変わらないのだな」
「人間が住んでる場所は、人間が住みやすくなるように色々ゴタゴタしていくのは仕方ねぇ。魔族はそもそも商売だの農業だの、必要ないからな」
「ファイン殿が身近にいるせいか……そもそも違う生き物同士だと言うことを忘れてしまっていた」
人間の栄養補給はもちろん食べ物が必要だ。
様々な名酒が生まれ、名物が生まれ、人間は潤っている。
魔族の栄養補給は、魔力だ。
味覚の概念はあり、経口摂取を一切しないというわけではないが、そんな事をする変わり者の魔族はそうそうでない。ただのホントの、栄養補給というだけだ。
【エリュシオン】のこの輝きは、魔界が永久的に生成する魔力の輝きだ、魔族はここにいさえすれば空になることはない。
「最近地下ばっかりでうんざりしてたんだ、たまにはこういう散歩もいいな」
「散歩か……そう言われれば悪くはないものだが……はぁ……私も慣れてしまったものだ」
人間をおびやかしているはずの魔族、魔物。
ギルド長であるアダルヘルムは、もちろん討伐の依頼書の作成から手配までこなしている。
ファインの眷属であることを理解したうえで、間引いていく行為をしていること、それはファインもゼンも承知したうえで行っている……今のそれは、世界を巻き込んだ、ただの茶番であること。
「不満か?」
「不満もなにもない……なにも、ない」
「俺に使われてるのは、不満か?」
「……受け入れた時点で、そんなこと、考えたことはない、それに……存外、私はあなたのことを、好きなようだからな」
「げ、やめろ気色悪い」
「はははは!!」
しばらく進むと、魔王城の先端が見えてきた。が、進路を変え、草原にわずかに見えるけもの道を辿っていく。
「特別な養生が必要なんだってよ」
「ふむ……私の救助と帰りの変身は相当耐えていたのだろう……申し訳ないことをしたな」
「あいつはなんも気にしてねぇさ、まぁ、持ってきた見舞いの品で存分に労ってやりゃいい」
白く綺麗な、こじんまりとした建物に到着し、扉を開く。
「お疲れ様、ゼン、アダル」
先に到着していたクロエがふたりを迎え、ファインのもとに案内した。
「……眠っている……のか?」
大げさな大きさのベッドで、目を閉じ横たわっているファイン。
「生命維持に使う魔力を最小限にするため……人間で言うところの仮死状態と言ったところでしょうか」
「黒ブタが魔力を『作り』与えても、ファインが吸収することはなかったんだとよ」
「なるほど、だからあなたが直接ここへ出向いたと言うわけか」
ファインをいちど壊せばいい。
それは簡単で、遠く離れていてもゼンには容易いことだったが……未知の要因が絡んでいるのであれば、話は別。クロエが特別に『作り』上げた魔力が通らない……それは、ゼンたちにとって異常なこと。
だからこそ、より正確に、ファインが患っている原因を『破壊』するため、それがどんなモノなのか触れるために、ゼンは来たのだ。
「お前がサボってるせいで、眷属共の勢いが落ちてんぞ?」
寝ているファインの前髪をかきあげながら、悪態をつく。
「そんなんじゃ、お前が望む終わりはこねぇぞファイン」
「あは……許してヨ」
ニコリと笑って目を開けたファイン。すかさずクロエが、活動に必要な魔力を体内に『作り』出し、確実な目覚めを与えた。
「んもぉ〜〜最悪だっタァ!!なんにもできないとかありえないヨ!!」
来賓の間に場所を移し、寝込んでいたとは思えないほど、元気な声を上げてわめくファインが声を響かせる……久しぶりの、集合だ。
「ファイン殿、目覚められてよかった……勝手に調理場を借りてしまったが、よろしかったか?」
「アダルくん!さすが人間ダネぇ……ん~~おいし!」
ファインの手に運ばれたのは、濃い紫色をした液体が入ったグラス……毒を保有する果実から醸造した原酒に、さらに新鮮な毒草と果実を漬け込んだ、特別なサングリア……それを、炭酸水で割ったものだ。
「こんな危険物を持ち歩くのは気が気ではなかったが……喜んでもらえたのなら、救われた」
「クククッ!なんだかんだ心配して、せっせと作ってたくせに」
「アダルくぅん……ゼンが許してくれるならぁ……抱かれてもいいヨ?」
「……恐れ多いです」
戯れを交えつつ、本題に移る。
「魔力の障害じゃなく、神由来のもんだったぜ?ファイン」
「元々敵だけど、今回はさすがに怒っちゃうネ……ゼンに迷惑かけてさ!」
「お前を王都にまで同行させた俺の責任でもある、気にするな」
全員がギョッとした。
「……ゼン?」
「ゼン・セクズ……?」
「外皮の……影響がまだ、残って……?」
なんとも言えない空気になっていたが、ゼンは気にすることなく話を続けた。
「聖堂の賢者信仰、それこそ最初は正常に機能してたんだろうが、強い力を浴び続けて暮らす王都の住人に影響がないわけがない、そう思わないか?」
「ベースは同じ……より強く、影響を及ぼす力を持った乙女が生まれ始めた……ということでしょうか?」
「持って生まれた力も、ただでさえ強力な上、異世界からの転生者だ、神の力も上乗せされてるはずだろ?魔力を奪った対象にも影響が出るように変化したんだろうな」
帰還直後に話した内容と照らし合わせながら、アダルヘルムが、口を開く。
「ゼン・セクズ……出向く前の予想とはだいぶ外れていたようだな?」
「俺だって万能じゃねぇし、わからねぇもんはわからねぇ。おのれの目で見ること、現場に赴き直接触れること。そこで得たもんを吸収し、新たに理解を深める、大事な事だぞアダルヘルム」
「それに関しては……返す言葉もない」
喉を潤したファインは、文句を言いだした。
「なんで原因になった乙女?は壊さなかったの?そうしたら加護も消えて、王都も壊しやすくなるんじゃナイノ?」
「ちょっと見守りたいやつがいたからな」
またしても、ギョッとする。
「ゼン?どうしたのです?」
「……旅先でなにか悪いものでも食べたのか?」
「なにかされたの?大丈夫?まさかゼンの方が壊されちゃった?」
「お前らさっきから好き勝手言いすぎだろ」
さすがに言い返した。
「人間らしい感情で、俺がなんの意図もなく慈善でそんな事するわけねぇだろ」
「だって……嬉しそうに言うんだもん、びっくりしちゃうヨ」
ファインと、クロエはほほえみ、アダルヘルムは、ため息。
「わざわざ勇者に預け、先にある未来を壊すつもりだと……そう言うことなのだな?」
そう口にしたアダルヘルムを見て、ゼンはニンマリと笑顔を見せた。




