15-⑤.それは真か真実か
受ける抵抗を抑えるため、上半身を低くして加速し、サリエルに迫るゼクス。
体勢はそのまま、回転して足払いをするがさすがに失敗した……だが、動きを止めることなく、遠心力に体を乗せ、両足を回転させたまま上に運び、飛び上がって避けたつもりで宙にいるサリエルの脇腹に、かかとを食い込ませた。
「ガッ!ゥ……速いっ」
初撃の時とは違い、受け身を取ったサリエルは壁にぶつかることなく、両足を擦りながら停止したが、口からは黒い血と胃液が強制的に吐き出され、床を汚していた。
「……おかしな人間ですね……残っている強化もあるとはいえ、その負傷でその速さを出せるなんて……驚きましたよ」
少し焦った様子を見せるサリエルだったが、すぐに反撃の体勢に移り、ゼクスとぶつかった。
カタールでの攻撃を自分の腕で受け、急所へ向かうことを阻止して動くサリエル。徐々に腕の肉が削られていき、白い骨が見え始めていく。
「屍を従属としているだけあって、自分の体の生き死にも関係ないと……」
「そんなわけがないだろ……なんだその刃は……貴様本当に……くそっ!!」
「肉と一緒にかぶっていた皮も剥がされてますよ?口調も崩れ……もう少し余裕があると思っていましたよ」
サリエル自身、ティオの強化魔法程ではないが自分の魔力を使って体を硬くしていたが、ゼクスの使用する見慣れない色の刃を持つ凶器の特性で、肉体ごと魔力の硬化を剥がされていたのだ。
いくら死と屍を操る魔族とはいえ、自分自身の体をここまで削られてはたまったものではないようだった。
たまらず強打を入れ、ゼクスと距離をとるために突き放した。
「まったく……ワタシは拳闘を好む魔族ではない、悪いが……ここからはワタシの土俵で相手をしてあげましょう」
「……いいですよ、受けて立ちます」
一緒に行動していた時間はわずか……腹のうちになにかを持って自分に近づいたことは理解していたが、冒険者としての腕の良さは別として、優しさも気遣いも、自分に向けられた笑顔も、世界のどこにでもいる青年と変わらなかった。
けれど……サリエルが売った喧嘩を買ったゼクスの顔を見てしまったティオは……ゼクスから目を離すことができなくなってしまった……彼が見せた、その、不敵な笑みの答えをその目で見るために。
「ははは!やはり遠距離からは不得意のようですねぇぇぇ!!」
先程ゼクスの体に打ち込んだ魔力の球体を、真珠程度の大きさにしたものが無数に展開させれていた。
魔力を極限まで凝縮させた小さい球体の威力はさっきの比ではない。
容赦なく、ゼクスに向かって降り注がせ、逃げる姿を楽しそうに笑うサリエル。
「くあっ!」
一粒、肩にめり込んだ。
胸部を焼いた時と同じく、肉を焼かれる痛みが脳をビリビリと震わせた。
骨に到達した時、球体は弾け、血と共に肉と骨が弾け飛び、肩を猛獣の牙で食いちぎられてしまったようなくぼみを作って、ゼクスの動きを止めた。
すべての動きを追えていたわけではないティオだったが、地面に転がってしまったゼクスを見て大きな声を出してしまった。
「ゼクス!!!もう一度肉体強化を――」
「あぁそうでした、まだ、あなたも居たのでしたねぇ」
ゼクスに集中していたサリエルは、動けなくなったゼクスではなく、動くことが出来ないティオに標的を変えた。
「セリハは直せばまた使えるからね、巻き添えになっても問題なし……ということで消えてもらいましょう」
「ひっ……あぁ」
向かってくる無数の赤い雨を、セリハの手を引きながら避ける手立ては、ティオにはない。
セリハの肩を抱き、目を閉じ、せめて彼女の魂が護られ続けることを……祈るしかできなかった。
次の瞬間、すさまじい轟音が鼓膜を揺らし、キーンという耳鳴り……きっと、次は焼けるような熱を全身に――、
「……痛く……ない?」
受けるはずだった痛みを感じることは一切なく、そっと目を開けセリハと自分の無事を確認するティオ。
「……無事でなによりです」
「ゼクス……君は……なんてことを……!」
「協力関係であること……ただそれだけです」
ふたりの前にはゼクスの姿があった。
サリエルからの攻撃を受けていた際、ティオたちの方に攻撃が当たらないように動き、避けていた。ゆえに、ゼクスが膝をついていた場所からここまでは、少し走っただけで間に合う距離ではなかったはずだった。
だからこそ、ティオは自分の最後を受け入れていた。
肩から流れる血だけでなく、腹部、足、腕……ゼクスの体に空いた穴から滴り落ち、足元に血だまりを作っていた。
「さすがに少し捌けなかった……ですね」
「僕が……治癒魔法を使えていたら……あぁ……」
目が潤み始め、涙が流れそうになっているティオ。
「自分を顧みず、仲間の為に命を張るとは……くっくっくっくっ!!!」
サリエルの声が近づいてくる。
もう、動くことは出来ないだろうと踏んでいるようだ。展開していた球体を消し、ニヤニヤと笑みを浮かべながら満身創痍のゼクスの前で立ち止まった。
「まだ、ワタシと、戦います?あなたの言っていた、対等では戦うつもりがない……その状況になったんじゃあありませんかぁぁ?」
「うるさい!だまれ!近寄るな!!」
「なんと幼稚な……まったく、威勢だけならいらないんですよ?命を張って、護ってもらった分際で……」
立ったまま動かないゼクスの横を悠々と通り過ぎ、ティオとセリハに近づいていくサリエル。
「勝手に殺さないでもらいたいですね……」
大きく息を吐きながら声を出し、サリエルの動きを止めた。
「……まだそこまではっきりと声を出せるのですか……頑丈なのか、まだ強化の影響が残っているのか……実に恐ろしい人間ですねぇ?」
動きを止めたのは、死にかけているはずのゼクスが発した声だけでなく、サリエルの後ろを取っており、カタールの刃先がうなじに触れていたこと……その執念で。
「ククク……まだ楽しませてくれるのですかぁ?」
プツリと……首の皮を自ら裂きながら振り返るサリエル。
「そのしぶとさ……仲間を守るに体を張り、最後の最後まであがき続ける……これぞまさに美徳……」
左手でカタールの刃を、右手でゼクスの髪を掴み、伏せていた頭を無理やり起こして見せつける……ゆっくりとその刃を自分の喉に突き刺しながら、
「どうしました?あと少しで、ワタシの首は落ちますよ?力を入れてください?」
煽り、笑い、
「ここまできたというのに、ワタシを倒すことも出来ず、セリハも救えず、自分の命も、仲間の命も失うのですよ?どうしました?さぁ!さぁ!さぁ!!」
とどめのひと言と言わんばかりに、唾を飛ばしながら大声を上げた。
「世界を救うために!来たのではないのですかぁぁ?!あなたはぁぁ?!勇者である!!あなたはぁぁっ!!!」
ピシッと……音が聞こえるくらい大気が凍てつき、サリエルの呼吸音だけが、急に大きくなった。
サリエルの背中しか見えないでいるティオ……明らかに変わった空気に息を飲んだ。
「は?」
顔を上げさせたことで、至近距離で、見下された視線を浴びるサリエルは、ゼクスの発したひと言に震える。
「俺を、あんなゲボ吐き野郎と一緒にするなんてなぁいい度胸じゃねぇか」
敬語なんてものはどこへやら……突然変わった乱暴な口調、目つきと態度……サリエルは思い出していた。
「お……おま……お……おぁ……あぁあな……たは……」
震えから声をうまく出すことが出来ず、放したいはずの掴んだ髪も放すことも出来ず……ガチガチと歯を鳴らしていた。
「はっ!いくらなんでもビビりすぎだろ?まぁ、それだけお前の記憶に刻まれてたってことか?なぁ?死霊魔将軍『ウベル』よぉ?」




