15-③.それは真か真実か
話し声は聞こえない。
ただ足音だけが聞こえる、ひとつ、ふたつ、みっつ……恐らく5つ。
数分聞き耳を立てて得られた情報はその程度、特になにかをしているわけではないこと、それだけだった。
「武装しているような装飾の音もない、魔物特有の不自然な足音もない……危険な様子はない……いけるな……ティオさん、お願いします」
「え?え……あぁ……わ、わかった……」
音もなく、ゼクスの両腕に武器が現れていた。
薄く透き通っている薄青く綺麗な刃を持った見慣れない武器……ティオが施す補助魔法には装備品に効果をかける術もあるため、漏れの無いように素早く準備をしていたのだろう、身体硬化、筋力増強、魔法防御強化、身体速度上昇、武具損傷低下、切れ味上昇……など、ありとあらゆる強化魔法をゼクスに重ねがけをした。
「あの、ここまでしなくても……」
「い、一応ね!3倍まで重ねられるから!念のため!君になにかあったら僕の命も危ないから!ね!」
「はぁ……では……」
ゼクスは立ち上がり、目の前の壁に武器を……カタールの刃の先端をコツンっと軽く押し当てる。
「え……?」
角を曲がれば部屋への扉があるだろう……そこに行くつもりで立ち上がったティオだったが、ゼクスの思いがけない行動にマヌケな声と表情で固まってしまった。
バゴンッ!!
と、厚い石壁が割れ崩れ落ち、穴が出来た。その先の部屋の明るさに一瞬目をくらましてしまった。
それでもどうにか【乙女様】を確認したい……その思いで顔を上げた瞬間、ビシャビシャと生暖かい液体を頭の上から浴びていた。
「あ……なん……なにが……?」
ティオには見えていなかった……見えていない方が、良かっただろう。
補助魔法で身体能力が上がったことで、人間とは思えない程の速度で室内にいたこの事件の犯人たちの命を次々と奪っていっていた。
一人目は、後ろから胸を貫かれていた。
二人目は、振り向きざまに体を半分にされた。
三人目は、頭を貫かれていた。
四人目は、下から縦に半分にされていた。
五人目は、首を飛ばされていた。
最後のひとりの首が飛んだ時、たまたまティオの方に切り口が向ったせいで鮮血を浴びたのだった。
「……さすがに、か」
ぼそりと、つまらなそうにゼクスは呟いた。
「鉄の……生臭い……うぅ……オエェェェ……」
強い血の臭いにあてられ、へたり込んだティオは嘔吐してしまっていた。
「ティオさんは仕方ないか…………大丈夫です?」
「はぁ……はぁ……へいき……さ……それより……【乙女様】は……」
顔にべったりとついた血を袖で拭い、凄惨な現場を目にしてまた吐きそうになりながら部屋を見渡すティオ。
奥の壁沿いに仕切られた場所を見つけ、更に全身を汚しながら血だまりの上を転びそうになりながら駆け、血で濡れている薄汚れた布を勢いよく剥ぎ取った。
「……いない?」
丁重に扱われていたのだろう、白く柔らかな寝具がそこにはあった。だが、【乙女様】の姿は無い。
「気付かないうちに……この地下の別室に移動していた?……なら、ここに残っていた人たちは世話係?」
「そう……なるんだろうね……無駄に命を奪ってしまったね……」
「そんなことはないでしょう、この件に関わった時点で無駄な命を奪うことにはならないですよ?」
「そ……そういうものなのかな……」
心を痛めていることを突き放すように自分の意見を述べるゼクス……カタールの刃を振って血を払いながら通路へと移動し、更に奥へと……強化魔法の残り時間を気にしての行動なのだろう、急ぎ足早に駆けていく。
「そうでした」
ピタッと急に止まるゼクス。
見失わないように一生懸命、息を切らしながら追いかけてきたティオはその背中にぶつかってしまった。
「うっかりしていました……自分ばかり自由に動いてしまっていましたね?さ、ティオさん、ここから自由にどうぞ」
「た、たしかにそう言っていたし、わかるんだけどね……この先はさっきなんかより……危ないんじゃ……」
「大丈夫ですよ」
「でも……」
「大丈夫です、よ」
トンっと背中を軽く押された。
自分がゼクスにかけた強化魔法のおかげで勢いが乗ってしまい、勝手に体は先に見える大きな扉に向かって行ってしまう。減速したものの、ふらふらと体勢を崩して扉にぶつかり、大きな音で中にいる犯人たちには気付かれているだろう……もう、忍び込むことは不可能……と、考える間もなく、体の重みで扉が開き、ティオの体は勝手に入室を果たした。
逆さまの状態で、声も出せず、開いた口も塞がらず……視線の先に映る光景を、ただただ見るしかできずにいた。
「――誓イマスカ」
声帯の無い骨の魔物のはずだった……奏でるようにカタカタと自身の首の骨を震わせ、聖壇の前で向かい合う男女に向かって口上している。
その様子は、どこか怪しく、神秘的にも思える不思議な光景だった。
「誓います……」
柔らかく、小鳥のさえずりのような可愛らしい声で向かい合う男の顔を見つめて誓いを立てる。
「誓イノキスヲ」
ゆっくりと近づいていく互いの唇……男の口の端から鋭く白いキバが一瞬見えたティオは、ふり絞った声で叫んだ。
「やめろぉぉ!!!」
扉が開いた程度では気に留めない程ふたりの世界にはいっていたが、さすがに、響き渡ったおかしな裏声の静止の怒声に動きを止めていた。
「おや?邪魔者ですか……なんとまぁ……よくこのタイミングで来られたものですね?」
「……【乙女様】から離れてもらいたい」
ギロリと視線だけをティオに向けた男は、眉をひそめながらため息をついた。
「人間のくせに無粋ですね?婚礼の邪魔をするなんてどうかしてますよ?」
「君には相応しくないと思ったからね?無礼だろうと無粋だろうと……【乙女様】を返してもらうよ」
やけになっているのか、腹をくくったのか……ティオは堂々と聖壇に向かって一歩ずつ歩みを進め、男の軽口もあしらいながら近づいていくその様は、阿修羅の如く怒りに燃えていた。
「勇ましいねぇ?もしかして君、彼女のことを好きとかだったり?」
「……へらへらと……余計な事は喋らないで欲しいね?」
「あっは!図星だぁ?!これはおもしろい!!おいでおいで!」
態度を変えた男は止めることはせず、沢山の燭台の蝋燭が燃え、明るく、はっきりと自分と【乙女様】の姿が見える場所まで招き、顔を覆っていたヴェールを外した【乙女様】を、ティオの目の前に立たせた。
「さぁ、セリハ?ワタシたちを祝福してくれる、君の同僚が来てくれたよ?ほら……お礼をしよう」
「はい、サリエル様……わざわざ足を運んでいただきありがとう……」
にっこりと笑う【乙女様】……地下の淀んだ空気をどこかへ飛ばしてしまうくらい、愛らしく、可愛らしい笑顔……。
「あ……あぁ……」
左頬から頭にかけて頭蓋骨が剥き出しになっていなければ。
「ぁぁぁぁあああ!!嘘だぁぁぁああ!!!!!」
「いぃ~~~~~~~いっ悲鳴だぁっ!!そんなにも!こんなにも彼女を思い焦がれていたという証拠だね!!はーっはっはっはっはっ!!!」
熱く心を燃やし、勇敢に立ち上がったティオの心も膝も折れた。
にこにことほほ笑みを絶やさずにいる【乙女様】と、嘲笑い続けるサリエル……そして――。
「ギィゥッ??!」
聖壇にいた、魔物の絶える声。
「厄介そうな魔物は倒しましたよティオさん……ティオさーん?はぁ……自由にさせ過ぎましたか……」
音もなく近づいて魔物を溶かし、呆れた顔で地面にうずくまるティオに冷たく声をかけるゼクス。




