15-②.それは真か真実か
幼い頃、原因不明の高熱で死の縁を彷徨った。
息ぐるしく、うまく眠ることが出来ず、うなされながら見た夢……それは一見、悪夢に思えた。
夢を見た翌朝、峠を超え、ゆっくりと目を覚まし、しっかりと目を開くと……世界の色が変わっていた。
「あぁティオ……目が覚めたのね?よかったわ……新しいお水をもってくるわ」と、優しく声をかけ、汗で濡れた額を優しく撫でてくれる母……その頭上から天に向かって伸びる不思議な光、柔らかい黄色の光が見えるようになっていた。
病み上がりのせいだ、熱のせいで目が少しおかしくなっているだけだ、すぐに治る……そう思っていた。
けれど、いつまでたっても治ることはなく……悪化していったのだ。
「大人になっていくにつれ、わかってきたんだよ……悪化しているのではなく、この『力』は進化し、僕と共に成長しているのだと……」
誰彼かまわず見えるその光は、様々な色をしていた。
自分の母親と同じ年齢の女性の半数以上からは、あの時見た色の光……『母性の光』だと。
すれ違った恋人の半数以上からは、情熱的な赤い色……『愛情の光』だと。
心になにか抱えている人々からは曇った青い色……『苦悩や苦痛の光』だと。
心でなにか企んでいるとおぼしき人々からは暗闇をまとった赤色……『悪意の光』だと。
最近では人に限らず、動植物からもわずかに光が見え始めていた……ゆえに、これは確かな進化であるとティオは確信している。
「細かい色を言い出したらきりがないんだけれど大まか色見はそんなところ……………でね?」
キラキラと表情を緩ませながら自分語りをしていたティオ、座っているゼクスを鋭く睨み、見下ろして問いただした。
「なぜ、君には、光が、無いんだい?」
酒場で声をかけられた時、酔っていたことによる判断能力の低下だけが理由で協力関係を即決したわけではない。
特別に、自分にだけ見えているものがその男からは一切見えなかったこと……十数年間あり得なかったことが起きたことへの興味と好奇心が最大の理由だ。
「ちょっとよくわからないですよ?自分にはそれは見えないので、自分から出ているとか出ていないとか言われても……」
「ん…………それはそう……うぅん……まぁでも、だからこそ、君が僕同様に『特別』であるのでは?と思ったんだ……じゃなかったらあんなに簡単に了承はしなかったよ」
「……『特別』、ね……そう言ってもらえるのは嬉しいことですけど……そんな風に感じて生きてきたわけじゃないので……」
「腕に覚えがあることは自覚してるんだろう?この先、戦闘になった時もしかしたら見極められるかもしれないね……でも……変なことを聞いて悪かったよ」
ティオは申し訳なさそうに表情を戻し、もうひとつ、伝えたかった事を話し始めた。
「君の事はいったん置いておくとして……僕だけに見える光は【乙女様】からも、もちろん溢れていた……『母性』とも『愛情』とも違う……『慈悲』の色をした光」
指を差した先には廃墟の聖堂。
「彼女の光は離れた場所からでもわかる程に強く、この場へ導くように僕にだけ見えていたんだ……ただ、それと同じように、その光を囲うように……強い『悪意』の光も見えていた」
「その『悪意』の正体はわからないんですか?」
「そこまでは……進化し続けているから、いずれ見えるのかもしれないけれど……残念だけど、人なのか魔物なのかもわからない」
進化し続けているというだけあり、まだ見えないものもあるらしい。
「ティオさんひとりで乗り込むには難しかった、ということだけはわかりました……とりあえず、ここでいつまでも話をしていても仕方ないので行きませんか?」
「あ……そうだね、うん」
「…………もしかしてビビってます?」
わざと長々と話をしていたらしいティオは、先を急ごうとするゼクスに苦い顔をした。
「……ティオさん、自分もあなたと同じように『特別』なんでしょう?なら、安心して後ろに付いてきてください?」
「そうだったね……君も僕と同じ『神』から授かった力を持っている……信じているよ」
「…………」
返事はなかった。
それでもティオは安心したのか、ほっとした顔をしてゼクスに続いて廃墟へと近づいていく。
「足元から光が見える……どこからか地下へ下りれる場所があるんだろうけど……」
半壊した正面の扉から中に入り、ティオが言っていた地下への入口を探す。
「最近も地下へ潜ったんですよ……自分はどうやら地上よりもこういった場所に縁があるようです」
柱を調べていたゼクスは、わざとらしく、ツタで隠されていた廃墟らしくない真新しい面を見つけ、ティオを呼んだ。
「こんな風にしているということは……犯人は人なんだろうね」
「どうですかね……魔物の中にも知恵のある者もいます、それに、王都で痛い目に合うのは魔族……人をの習性を学び、わざとこうしているのかもしれませんよ?この柱から地下へ続く隠し扉も、実は罠かもしれないですし」
「あまり怖い事を言わないでほしいね……」
「どちらにせよ、己の目で確かめるのがいちばんいいですね……よし、行きましょう」
ガコっとはめ込みが外れ、地下へ下りる階段が現れる。
下りやすいように、誘い込みやすいように……一定間隔に明かりが置かれており、難なく地下へ下りることが出来た。
ぱっと見、細い道がいくつも分かれていて、迷いやすい構造になっているのだが、階段同様、明かりが置かれているのは一通りだった。
「……罠にしてはあからさまだね」
「簡単にいけるのなら越したことはないでしょう……あとは進むだけになったところで、ティオさん、お聞きしたい事があるんですがいいですか?」
「黙っているより話をしていた方が怖くないだろうしね、なにかな?」
「なぜその【乙女様】の姿を民たちは知らないんですか?」
賢者信仰で力を強めているはずの聖堂、王都の守護。
今、一番信仰の力を集めることができる存在であり、象徴になるはずの【乙女様】……姿を見せた方がいいことは明白である。
なのになぜ、隠す必要があるのか……誰もが疑問に思う事だろう。
「そうだね……ここまで協力してくれているのだから答えるべきだろう……ん……彼女は恥ずかしがり屋で表に出たくない!と言っているんだ」
「……それだけ?」
「そんな低い声ですごまないでおくれよ……さっき言ったことはどうしても!と、聞かれた時の表向きの返答で冗談だよ……本当の理由は――」
「っ!止まって、静かに……」
思いのほか目的地は近く、壁越しに物音が聞こえ、ティオを静止させ、身を隠し警戒するゼクス。
「ゆっくり話をさせてもらえないようで……なら……どうしますかティオさん」
「どうするっていうのは……」
「ぱぱっと乗り込んでしまうか、このまま様子を見るか……」
ゼクスからの提案に息をのむティオ。
結果的には、物音のする場所に入り【乙女様】を救い出すことには変わりがない。
だが、『悪意』の光あふれた場所である以上争いは避けられない……ティオ自身が戦う訳ではないのだが、こういった場面に自分が居合わせたことがない事と恐怖心が邪魔をして返事が出来ずにいた。
「ん……とりあえず様子をみますか……中の状況もわからないですし」
「その……僕は決して臆病者というわけではないんだよ?中に【乙女様】がいる以上、下手なことは出来ないのであって――」
「わかってますから……そうだった、身体強化と補助魔法の効果時間と効果量を教えていただけますか?」
酒場で話をしていた通り、ティオは後方支援特化の術士。
ゼクスが聞いた項目はすべて術士の力量に関わるもの……タイミングをしっかりと見極めるために、静かに息を整え、壁越しに聞こえる音を聞き、その時に備える。




