10-⑨.邂逅と会合
落とされた自分の腕の切り口を見ながらゼンは静かに冷酷な声で答えた。
「逃げる?俺が?なぜ?」
息が止まる程の圧を受けるフォンゼルとソウゴ。
「もう一度聞くぞ?進んでここへ来た俺が、なぜ、逃げる必要があるんだ?答えろ」
威勢よく叫びゼンを止めたはずのソウゴは、振り返り自分を見据えるゼンの視線を受け、ガチガチと歯を鳴らして震えていた。同じようにフォンゼルも震えが止まらず、ソウゴに声をかけたくても声を出すことができず、強く肩と腕を掴むことしかできずにいた。
「ゼン……怯えさせるなんて珍しい事をなさるのですねうふふ……さ……腕をこちらへ」
「勝手にビビってるだけだろ?俺はただ聞いていただけだろーが。」
損壊した腕をクロエが『作り』直した。
「無意味な質問をするな」
「……っ……ふうっ……ゔぇっ!!」
手を開いたり握ったりを繰り返し、自分の腕が戻ったことを確認したゼンから威圧感は消えた。やっと息ができる、と……ソウゴは大きく息を吸い込んだが血で充満した生臭い空気を含んだことでその場で嘔吐した。
「おいおいきったねぇな?勇者様がこれ以上部屋を汚すなよ?掃除する召使いの身にもなってみろ?」
「……ゼン殿……これ以上は……お許しください」
「そんなにそいつが大事なのか?フォンゼル」
ソウゴの背中をさすりながらゆっくりと頷くフォンゼルをみてゼンは珍しく残念そうな顔を見せる。
「使い物にならない王。血に耐性の無い勇者。消えた貴族たちの後始末。全部面倒を見ることになるのはお前だ。」
「『白金のゼン』は国を見放した……そういうことですね」
「『言葉』が必要ならそれでいい。俺はその程度で縛られることはねぇからな。あぁでもそうだなぁ?そっちがそのつもりならこの記録媒体の情報を公表するか?じゃなきゃ一方的になるからな。」
ゼンと国は決別する……ギルドと国が敵対する。冒険者にとっても、騎士団にとっても生きづらくなる。
この状況を回避するのは難しいが、少しでもギルド側が有利になる条件をゼンはフォンゼルに伝える。
「仕方ない事でしょう……ですがさすがにそちらの手札の方が有利すぎます。私も私の作る緩和剤をギルドとその関係者たちには受け渡しも売買もさせない……そして、勇者ソウゴをこの国を導くものとして立たせ……建て直しをさせていただきます。」
「はっ!よくその状態の脳みそを回転させたもんだな。いいだろう、のんでやるよ。」
ゼンからの返事を聞き、少しだけほっとした顔をするフォンゼル。言ったんの終息と……そう感じ、ソウゴに優しく声をかけた。
「ソウゴ……すべて私が……貴方も国も背負います……一緒にいきましょう」
「フォンゼル様……それは……構いません……ですが……っ!」
ソウゴはもう一度ゼンを鋭い目つきで睨みつけた。
「なに?俺とやりてぇの?」
「今は……フォンゼル様の顔を立てる……だがいずれ僕がお前を消す!」
「勇ましいこっ――あぁ、そういやお前も神もどきから力をもらったんだったな?強気になるのは仕方ねぇか。」
「……お前っ!」
「あいつをバカにして怒ったのか?あいつを慕ってんのか?ばっかばかしいな。まぁ、米粒くらい期待して待っといてやるよ。とりあえず血の匂いくらいでゲロらねぇ体になっとけよ?はははは!!!」
目の前で嘔吐してしまった手前、反論ができず悔しそうにするソウゴ。
背を向け笑いながら窓際へ移動し、振り向くことなくフォンゼルに別れの言葉を投げるゼン。
「じゃあなフォンゼル。心変わりすることを願ってるぜ?」
「その願いは神にでもなさってください……さようなら『白金のゼン』」
「はっ!嫌味も最高だな。」
ゼンの目の前の窓が『破壊』され消える。そこにタイミングよく空から黒い竜が迎えに来た。その背にはアダルヘルムの姿もある。
黙って背に乗るゼン、クロエはフォンゼルとソウゴに頭を下げてから竜に飛び乗った。
段々と遠ざかる竜の姿を見つめるしかないフォンゼルとソウゴ。消された窓から強い風が入り込み……籠った匂いも、張り詰めた空気もどこかへ飛ばされ……やっと息をすることが出来るようになった。
「ソウゴ。」
「フォンゼル様……」
「重荷を背負わせること……勝手なことをして申し訳ない……」
「いいえ……!僕がそうすることでこの国が……世界があいつの手から離れ平和になるのなら……構いません!」
強く意思を固め、フォンゼルに向き合い熱く輝く瞳を向けるソウゴ。本当は強く抱きしめたいと思ったフォンゼルだったが、それをしてしまうことで歪んだ愛情の心を強くさせてしまう。ゼンにかけられた言葉で揺れてしまうような、弱くなってしまった自分の心はきっと……国の為ではなく己の私欲のために目的を変えてしまうだろうと……触れかけた手はソウゴの頭を撫でることに留めた。
「元々は王の間の差した心が原因、ですが責任を取るべき王はこの状態……ここに居てしまった私たちが後始末をせざるを得ない…………まずは各地へ訃報を知らせなければ」
情報の公開をされることを事前に知っていてよかったと……知らずにいたとしたら貴族たちが亡くなった理由を「魔物に襲われた」「不慮の事故」など……更なる隠ぺいを行い、ただでさえ大きな不祥事で信用が落ちることがわかっているのに建て直しなどできないまま国が消える事態になっていただろう。
「建て直すための最初の仕事です、ソウゴ。直接この会合に参加した貴族の領地へ行き、正直に伝えましょう……勇者という存在のあなたを利用すること……少しばかり卑怯かもしれませんが……」
「そんなことないです、僕は勇者として世界を守る者……利用なんて言わないでくださいフォンゼル様!」
フォンゼルは外で怯えながら動けずにいる騎士に優しく話しかけ、落ち着かせ正気に戻し、血塗れになった王を運び出すことと、会合の間を封じることを命じた。
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空高くまで上がり優雅に飛行する竜の上で騒ぎだすアダルヘルム。
それも仕方ない事だった……クロエからなにがあったか……事情を聞いてしまったのだから。
「あなたは本当になんてことをしてくれたんだ!!」
「いいじゃねえかべつに。ソウゴとか言ったか?あいつがいるとファインの眷属なんてあっという間に消されちまうだろ。それじゃ俺が面白くねぇ」
『上位クラスも簡単だったみたいだったしネ?ちょっと悔しいけどこの世界の住人のボクくらいじゃないかなぁ~彼と楽しく遊べそうなのは~』
「面白いとか面白くないとか!!楽しいとか楽しくないじゃない!!我々はともかく下位ランクの冒険者たちはどうしようもなくなる!!ただの虐殺が始まるかもしれないだろう!!」
監禁された場所から助け出されたアダルヘルム。なぜか半裸の状態で救出されており、上空の気温の低さに震えているのに怒り真っ赤になり鼻息荒く熱くなっていた。流石に面白い状態のアダルヘルムに全員が笑いを堪えていた。
『ね、ねぇクロエちゃん……服作ってあげて……ちょっと……ボク無理……っ』
「そうですね、どんな服がいいですかアダル?」
「服など……!今はそれどこじゃ……へっ……ヘックショオィ!!!」
「ははははははは!!!!」
アダルヘルムから顔を逸らしながらクロエはとりあえず厚手の毛布を被せる。
「……もう戻れないのだな?」
「そうだ。また始まるぞ?混沌の時代がな。どうなるんだろうなぁ今回は。人と魔物じゃなく人と人だからなぁ?」
毛布に包まって少し落ち着いたアダルヘルムはゼンに問い、その答えを楽観的に口にしたことに頭を抱えた。
「一旦ギルド本部へ戻りましょう……ファイン殿……」
『大丈夫向かってるよ~!』
「ゼン・セクズ……あなたも疲れが溜まっているのだろう?休んでからしっかりと話し合いをさせてもらいたい」
アダルヘルムはもう『こちら側』についてしまっている。ギルド長という立場ではあるが、実質の権力はゼンにある。従うしかない……ならば少しでも正常な行動が出来ようにとゼンを気遣い休ませることにした。
「ゼンが寝不足なのをわかっていたの?アダル」
「なにをそんなに驚いているんだクロエ嬢……」
「うふふ……おもしろい男です……ゼンの許しが出れば今晩――……」
「はぁ…………結構だ……」
小一時間飛行を続けた竜は目的地のギルド本部の上空へ……徐々に高度を下げ着地し、背中に乗っているゼンたちを降ろし、姿をファインに戻した。
すでにゼンは眠りに落ちており、アダルヘルムは起こさないようにそっと……自室のベッドに寝かせた。




