10-⑥.邂逅と会合
日が昇り、村全体にあたたかい光が降り注ぐ……光と影を大きく分けて……。
施設管理者として眷属を指導し終えたクロエはゼンたちが休んでいる宿へと戻り、形式として一応のノックをし、返事を待たずに扉を開いた。
「……宿泊客も常用してる人が多いでしょうし……この乱れ具合も問題はないでしょう……けれどまぁ……換気はした方がよさそうですね」
物音に気付き、もぞもぞとうごめくベッドの脇を通りカーテンを開け、両開きの窓をひらき外の空気を流しいれる。
「んん……もう……そんな時間?」
ひょっこりと顔を出したのはおそらくファイン……容姿が女性のものになっていた。美しく長い金髪に豊満なバスト、そして特徴的な長耳。
「あら……変わった趣向」
「ふふん!僕はクロエちゃんと違って体力も性欲も人と違うし、しかも気分に合わせて肉体も変えられるし……あとは反応もネ?……妬いちゃった?」
「私にそんな感情はありませんよ?いい時間になりますので早く着替えてください」
クロエの反応は予想通りではあった。でも少しくらいは……と期待していたファイン、不服なまま体を元に戻し、浴室からゼンが戻るのをクロエが淹れた紅茶を嗜みながら待つ。
「……そういえば地下にいた子はどうしたの?」
「なにもなかった」
「うん?」
「ゼンはなにもなかった……そう私に言いました」
クロエの返答が理解しきっていない様子のファイン……「そうですね……」とクロエは説明をし始める。
ゼンと意識共有をしているクロエは、ゼンが相手になにを望んで発言をしているかの理解が早い。常に意識が繋がっているわけではないがある程度長い時間を共有していたこともありゼンの意図をすくい上げるのは容易いのだ。
「なにもなかった」事にする……ズィリックに辱められていた施設の子だけでなく、あの施設でやっていた事自体を無かったことにし、正当で誠実な孤児院に戻せという意味。
「なんか距離近いよネェやっぱり……」
「ふふふ……妬かないでくださいね?」
ゼンが孤児院を出る際、孤児院内の関係者全員の薬に関すること、ズィリックにされたことを含めた世間でいうところの悪事と恐怖の記憶を『破壊』して立ち去りクロエに後始末を。
指示通り、静かに眠る子供たちひとりひとり、教員や従事者に新しい記憶を『作り』……地下にあった施設を埋めて消し去る仕事を済ませてクロエは宿に戻ったと説明を終えた。
「もちろん眷属の方にも……今頃彼女は孤児院の院長として立派に子供たちを起こしてズィリックの退任を伝えていることでしょう」
「なるほどネ……まぁなにかあっても眷属であることには変わりないからなにかあれば言ってネ?見る」
「あとやるべき事があるとすれば……」
クロエが言いかけた時、浴室からゼンが寝室に戻ってきた。
「花畑はあのままでいい」
「えぇ~?原料でしょ?イイノ?」
「魔力の供給が絶たれれば勝手に枯れる」
多少寝不足加減のゼンはあくびを交えながらきっぱりと言い放ち、素早く着替えを済ませてふたりを置いて部屋を出ていく。
「あんなに気持ちよさそうだったのになんだか不機嫌さをかんじる~……」
「ただ眠いだけですよ……先を急ぎたい気持ちもあるのでしょうけれど……私は支払いを済ませてから行きます」
「なら歩かないでいけばいいのに……待ってゼン!おいて行かないデ!!」
ファインは窓から飛び降りてゼンの元へ急ぎ飛んでいった。
「王様に会いに行くんだヨネ」
「そうだ」
「どんな顔するカナ?」
「はっ!想像できねぇなぁ?」
想像に足りる事……この先起きる事に笑いが込み上げるゼンとファイン……速度は変わらないがいつもより早く距離が縮まっているように感じながら進んでいく。
「ゼン」
村を出て数分、いつの間にか追い付いていたクロエは後ろから声をかけ呼び止めた。振り返ったファインはクロエの迷惑そうな口元と、手に持った通信用の魔道具を見て察してプッとふき出した。
『なにを笑っているのだ?!』
そこから聞こえてきたアダルヘルムの声……若干怒りが混じっているのがわかった。
「お前こそなに怒ってんだアダルヘルム?」
『……相変わらず元気そうでなによりだ……それより今どこにいる?』
「ちょうど用を済ませたところだな」
「がんばれば3日くらいで王様のところにつくかもダヨ」
進む先に見える大きな山……そこを越えれば王都はすぐそこ。アダルヘルムはゼンたちの動向を予想していたはずなのだが……
『数時間で済む用事だと思っていた私の予想が外れただけだったか……すまない』
「読みが外れるのは珍しいですねアダル……ですが……その程度の予想外で声を荒げる必要はないはず……なにかそちらでトラブルでも?」
『話が早くて助かるクロエ嬢……そうだな……私が王都に先入りしていてよかったのだと言うのは先に伝えておこう』
焦りを鎮め、王都の現在の様子をゼン達に伝えるアダルヘルム。
『――魔物討伐と銘打っているが明らかに警戒をしているのはゼン・セクズ……あなたの存在……なぜそう言えるのかは……もうわかっているだろう?』
「大方例の勇者だとかいう奴が俺の存在を『悪』認定でもしたんだろ」
「心外ですね……魂のありかで言えば変わらない存在であるというのに……」
「単純なおこちゃまダネェ~」
王都の警備は手圧く、王都で囲われている騎士団が総力を挙げて周辺と王都内部を闊歩している今までにない状況……王城までたどり着けるかどうかも怪しい。それともうひとつ、今はゼンの勢力下であるギルドの冒険者はひとりも進入を許されていない……アダルヘルムはギルド長という特別な立場であることで一定期間のみ滞在を許されている……らしいのだが、それは当然建前だ。
ゼンとの関係があるアダルヘルム、都内での行動は自由に見えるが外出は禁じられている監禁状態……もちろんこっそりと監視役が付いていた。
『どういう仕組みかはもう詳しく聞く気はしないが……今こうして安全に通信が出来ているのはあなたの力のおかげなのだろう……』
「今のところ俺の所有物だから手厚くはしてやってるしな」
『なんとでも言ってくれ……一応の警告だが……必要はないかもしれないが……その――』
「素直にたすけてっていったら?」
「あら……かわいいところがあるのですねアダル」
「いい歳して甘えてんのかお前」
寄り道をする前とは逆、今度はアダルヘルムが強制的に通信を切った。それは自分で切ったのか、監視役にバレそうであったかはわからない。
「どれだけ動員しても変わらないのに……ニンゲンって変」
ピタッと……急に歩みを止めたゼン。アダルヘルムとの通信を終え進み、山に差し掛かろうとしたところだった。
「移送方陣を開けファイン」
「わ?!ほんと?いいの?ゼン」
「外野に用はねぇ。無駄に騒がしくなるのは面倒だ。」
歩き疲れていたファインにとっては朗報だった。
どこへ行くにもよほどのことが無い限り徒歩で進むゼンの珍しい提案……一瞬で移送方陣を地面に展開し、笑顔で最後の印、目的地をゼンに確認する。
「王城のてっぺんでいいだろ」
「りょーーかい!」
光に包まれ、全身が分解されていく感覚を感じながらゼンたちはその場から消え去った。
「相変わらずきもちわりぃ魔法だな」
「そう?僕はこの壊されていく感じが好きだけどなぁ~」
「ファインらしいですね」
王城の屋根の上……少し強い風が吹き抜け、足を滑らしでもしたら普通の人間ならひとたまりもないだろう。全体を見渡し、なにかを確認しながら軽い足取りで屋根を渡っていくゼン。
「ここだな」
王城の中心から少し離れた塔のてっぺんで立ち止まり、トントンと屋根を足で鳴らし、全員揃ったところで足元の屋根を音を出さず粒子状に『破壊』して城内へ入り込んだ。
「よお?久しぶりだなぁフォンゼル」
「なっ?!え?!……あ、あなたは……!!」
その部屋にいたのはフォンゼル。
化学実験のような器具が並ぶ一見怪しげな部屋でなにかを調合していたようだ……あまりにも突然に音もなく背後に現れたゼン達に驚き、ガラス瓶を床に落として固まってしまった。




