10-④.邂逅と会合
不思議な音が近づき、姿をしっかりと捉えたところでファインに戦闘をパスするゼン。
パッと見の正体はスケルトン、装備品を見る限り暗殺者タイプのようだ。モンスターがここに居ること自体あり得ないのに、更に質の悪い不死タイプのモンスターが孤児院内を徘徊しているというあり得ない状況にため息を漏らす。
ファインの眷属にもスケルトンは存在するものの、今目の前にいるスケルトンは別ものだ。
通常ならダンジョンと呼ばれる場所に多く生息しているのだが、そこに属さず、人工的に生み出すことが出来る秘術が存在する。そこから生み出されたモンスターは自身の眷属ではないため命令で退けさせることが出来ない上に、倒すためには確実に弱点を突くか、塵一つ残さず消し飛ばすほどの攻撃が必要。つまり……厄介な奴というのは、ファインにとっての厄介という意味であった。
「(ゼンってばいじわるっ!わかっててボクに任せるとかも~!場所が場所だけに派手なこと出来ないし弱点魔法はボクは使えない……)」
考えながら後ろで休んでいるゼンをチラリと見る。大きなあくびをして退屈そうにしている気の抜けた様子の表情に見惚れてしまったファインは隙だらけ。スケルトンの攻撃をまともに腹部に受けてしまった。両手で短剣を突き出し、貫通させている。ゴボッっと口から血を吐き出し、わずかだが苦痛の表情を浮かべたのち……ムッと怒った表情に変わりスケルトンを睨む。
「せっかくかわいいゼンを見てたのに!」
「アレ使え、アレ。」
ゼンのひと言で「あっ!」と声を上げ、パッと表情を明るくさせ、腹部からスケルトンの両腕を力任せに引き抜きその場に転がせた。ボタボタと数秒、床に落ちていった血は逆流するようにファインの体に戻り、穴が開いた腹部が再生していく。
「使えないなら使えるようにすればいいだけだったネ~うっかりうっかり~」
今までどの程度の侵入者を排除してきたのかはわからないが、スケルトンは自分が与えたダメージがひとつも効いていないことに混乱し、次の手を繰り出さず様子を見るため床を蹴って飛び上がり、ファインとの距離をとり姿勢を低くして警戒し……目の前の人物を見て動揺していく。
欠損部分の再生をしているだけではなく、こぼれ落ちたファインの血液は絡みつくように全身を巡り、体に吸収された。
「哀れな魂……ワタクシが救済を与えましょう」
赤から白へ。再生ではなく変貌という言葉が合うだろう、ファインだった面影はなく……聖職者の正装をした男がそこに立っていた。スケルトンでなくても困惑する状況だろう。体型も、声も、持ち得ている魔力の質も魔王のそれではない、真逆の気配をさせている。
「あの姿は……」
「俺がファインに初めて会った時に食われてた奴だな。」
「彼も溢れ出す魔力?……単純に器官を吸収して糧にするだけではなく変身能力に絡めて利用して……器用なこと。」
魔王として暴れていた頃にどれだけの力を得ていたのか。すべて把握することは出来ないが、同族だけでなく人間をも取り込んでいた……という事実が浮き彫りになった。
「よくもまぁ俺の情緒の心配でくたもんだな」
「先程の儚げな表情と人間を敬うような発言はなんだったのでしょう?もったいないとでも思っていたのです?」
「せっかく雰囲気出したのにふたりともさぁ……ボクだって少しくらい秘密事があってもいいでしょ!そんなに言うなら孤児院ごと燃やしちゃえばよかったヨ!」
……などとふざけている間にスケルトンは行動を起こしていた。腰に下げた袋から銅製のベルを取り出し大きく振っている。まるで笑っているような……表情作れないはずのを髑髏から感じる。高らかに鳴り響くことはなく、人間には聞こえない周波数なのだろう……鳴らし終えたのかベルを頬り投げた。
ゴンッと、重たいものが床に落ち大きな音が響くと、扉の向こう側から物音がかすかに聞こえ、ゼンはそれを聞き逃さなかった。スッと立ち上がると、
「じゃあ俺はお話合いにいくとするか。」
「ファイン……またのちほど。」
「まかせて~!いってらっしゃい~!」
鍵を壊してゼンとクロエが部屋の中に入っていくのを見送り、目を閉じて俯き耳を澄ます。
地下から聞こえる何かが崩れる音……あの不思議な音をさせながら近づいてくる。それは向かい合うスケルトンの背後と、ファインの背後の廊下の奥からも聞こえてくる。一般的な冒険者であれば冷や汗を流し歯を食いしばるような場面ではあるが……ファインは笑っていた。
「んふふふ……この魔法使ってみたかったんだヨネ~♪」
この世界のほとんどの魔法を扱うことが出来る彼が唯一扱うことが出来なかった聖魔法。それが今使えるという喜びに表情をとろけさせていく。聖職者の見た目をしているせいか異様な口角の上がり方をしている笑顔が不気味さを際立たせる。
静かに動かないファインを狙って、スケルトンの群れの隙間を縫って矢が飛んでくる。避けることをせず何かを思考しているファイン。体を貫き、流れ出る血を見てケタケタと骨を鳴らすスケルトンたち。
ふぅっと息を吐き、懐から分厚い聖書を取り出しパラパラと目的のページを探しながら、未だやかましく骨を鳴らすスケルトンたちに向かって静かに話しかける。
「骨くんたち知ってる?これを受けると魂ごと消えちゃうんだって。」
開いたページに右手を叩きつける。流れた血が伝っていた為、ページが赤く滲んでいくが、それに反応したようにファインの足元に煌めく方陣が現れた。その光で視界が眩んだのだろう、スケルトンたちの笑い声が止み、今度はガシャガシャとお互いの体をぶつけ合う音がやかましくなる。
「数で押せると思ったんだろうけど……こんな狭い所に馬鹿みたいに集まったらどうなるかわかるも――そっか!脳みそなかったもんネ。」
右手を大きく横に振りだすと、廊下と階段の足元にキラキラと光の粒子が走る。逃げ出そうとしていたスケルトンの足がまるで張り付いたように動かなくなる。無様に仲間を押し倒し、すし詰め状態になっているスケルトンたちが転んでいき更に身動きが取れなくなっていった。
「<聖十字神槍>」
光の粒子は形を変え、突き上げる槍となりスケルトンたちの体を次々に貫き消し去っていった。耳障りな骨の音も聞こえなくなり、光も消え、孤児院の夜らしい静けさを取り戻す。
「ほんとゼンは気まぐれ……自分でやればすぐ済んだのになぁ……ま……使って分かったこともあったし……」
聖書を投げ捨て、口から取り込んでいた器官を吐き出して同じように投げ捨てる。変身能力に紐づけていた器官が体内から無くなったことでファインは自分の姿に戻っていく。そして汚いものを見るように床に転がった器官を踏みつぶし、
「ゼンの言う通り……神の加護の力、げろげろだね。気持ち悪いからいらない。」
両腕を抱き、身震いし、聖書ごと蹴り飛ばし……地下に落ちていく。
予備の電池の役割程度に保有していただけの力ではあった。それをわざわざ使わせただろうゼンの意図を汲んだことに「うんうん」と頷き笑顔になる。
「……もしかしてご褒美お願いしても大丈夫かも?」
この後のことを想像してウキウキでスキップしながらゼンたちが入った部屋の扉を開け、合流するファイン。
部屋の中は先ほど地下で見た豪華な装飾に劣ることがないくらいの調度品や寝具が真っ先に目に入る。センスがいい……わけではなく、下品な成金を象徴するようなギラついたものだからだった。そしてもうひとつ目立っていたもの……鼻につくキツイ香水のような、思考を滞らせてしまうような香り。
「高齢者特有のニオイ消しってわけじゃないよねコレ」
魔族でも敬遠したくなる臭い。人間にどんな効果があるのかなど考えなくてもわかる程だ。
「媚薬だな」
奥に隠れて震えているだろう相手をベッドを挟んで静かに見つめるゼン。そのベッドの上に横たわっている裸の少女はこの状況に気付いていないのだろう。虚ろな目に光は無く、半開きの口で天井を見上げているのだから。