10‐①.邂逅と会合
半分になっているとはいえ、宝珠に蓄えられていた魔力の量は膨大で、かつ、各地に納められている宝珠との繋がりも強い。ゼンとソウゴはこの世界の特異点、ゼンは魔力を持たない存在ではあるが、たまたま偶然……同時刻に宝珠を手にした際にお互いの存在に対して魔力が干渉を起こし、繋がりを形成させた一瞬の出来事。
宝珠をファインに向かって放り投げ、
「見えるか?」
「……ううん、ダメ。多分、相手が魔力を制御して干渉を断ったんだと思う。と、いうことは……」
「能力はこの世界に沿ったものか、『異世界に来た』ということを俺みてぇに理解した上での力を貰ったか。」
噂の『勇者』の姿を脳裏に焼き付けながら、恐らく敵対するだろう相手の分析を即座に行う。ただ単に脅威として認識しているわけではなく、自分の進む道をどう彩らせるかを、ゼンは思考する。
「どう立ち回るかねえ?依頼の報告を優先するか、王都に挨拶しにいくか。」
「効率的には帰り道に王都に立ち寄る方がよろしいかもしれません。」
「ボクあそこ嫌いだけど……ゼンが行くなら我慢スル……」
次の目的を決め、崩れた遺跡を後にする。道中、現代で言うところの電話の機能を持つ、通信用の魔法道具でアダルヘルムに連絡を取りながら王都へ向かう。
『なぜそこで王都に行く必要があるんだ!さっさと帰ってこい!』
「向こうも俺を認識した、ついでにちょっといたずらもしてやったからな。会いたいと思ってるぜ?」
遺跡を全壊した旨を伝え、事後処理と復興を担うギルド員の派遣の話をした後、自分たちの今後の行動について話し、怒鳴られる。
『はぁ……派遣の件はわかりましたすぐに手配します。あと!王都の件ですが!私も同じタイミングに着くように調整します。』
「アダルくんは心配性ダネ~あはは!」
『当たり前です!ギルド自体はこれからという時にかき乱すような真似をさ――』
ブツッと強制的に通信を切る。頭を抱えてるだろうアダルヘルムを想像して笑いながら熱帯地域を抜け、平坦な道に出た3人。少しずつ息苦しさから解放され、少しずつ歩みも早くなる。とはいえ、数時間歩けばつくような距離ではない。
落ちる太陽と夜の帳の狭間のグラデーションが映える空を見上げ、なにかを思い出したかのようにゼンはふたりに声をかける。
「そういやこの辺だったな。」
「どうしたのゼン?」
「……ゼン、もしかしてあの時の?」
クロエの言葉を聞き、ニヤリと口角を上げて応える。
「貴重な『種』を分けた結果がどうなったのか一応見ておいてやるか。」
目的地の王都へ向かう道から少しだけ逸れた道に入り迷うことなく進んでいく。
ほぼ獣道だが、人が入り込んだ形跡はあり全く進めないわけではない。特定の人間だけがわかるように、程よく隠されている……という表現が合うだろう。
しばらく進み、柔らかく背の高い雑草をガサガサをかき分けて抜けた先……すでに顔を覗かせている明るい月が白く輝く花畑を照らしていた。
「ん?」
ゼンとクロエは不思議そうにその花畑を見つめ、ファインは初めて見る光景に「わっ!」と声を上げ、月明りを浴びて気持ちよさそうに花畑の上を仰向けになってふわりと浮かんだ。
「気持ちいいネ!ここは……月の魔力と土地の魔力の相性がいいみたいだね!すごく居心地がいい……」
恍惚とした表情を浮かべるファイン。発した言葉にピンっときたのか、手近に生えている花を乱暴に一輪、むしり取る。クロエも花畑の中へ入り、見た目と香りを確認していく。
「チッ」
「出所はここだったみたいですねゼン。」
「うるせぇ!」
八つ当たりするように花を愛でているクロエの右手を吹き飛ばし、周辺の白い花を赤く染めた。
「ゼン?どうしたの?八つ当たりなんてめずらしいヨ?」
少しばかり、普段見せることの無い行動をしたゼン。ファインは心配そうに声をかけるが返事は無かった。
「この世界の為……実際はゼン自身が『異世界』を楽しむ為に生きただけですが住人たちはゼンの行動が英雄のように見えていたのです。そこで珍しく――」
「珍しくは余計だろ。」
吹き飛ばされた右手を再生しながら花畑から戻り、クロエはファインにこの場所がなぜできたのか……話始める。
花畑を抜けた先にある村――当時、ギルドの依頼で立ち寄った際とある少女に出会った。
依頼を終え、村の宿で過ごしていたゼンの元に訪れたその少女は病にかかっており、歩くのもやっとの状態だったにも関わらず、お礼を言いたいと……自分の足で歩き、ただ一言「ありがとう」と。
その姿を見たゼンは『珍しく』、クロエに命令をして万能薬を作らせて与え、そしてもうひとつ……。
「あまりりす?」
「似たような見た目の花はこの世界にもあるかもしれません。私はただ命令通りに作り出しただけ……意図はゼンにしかわかりませんが……まさかこのような使われ方をされているとは……」
眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり……ゼンは手に持った花を粉々に『破壊』した。
「おい。村を見に行く。ファイン、俺たちを運べ。」
「わっ!これも『珍しい』ダネ!?」
「ふざけてないでさっさとしろ。」
ゼンの機嫌を逆なでしながら、言われた通りにふたりを両手に抱えて花畑を突っ切り村を目指す。数秒でたどり着く算段だったが、思いのほか花畑は広大。そのせいで以前あった村の場所が変わっていた。
「……これ、村?」
「チッ」
「景気がよろしい……と言ったところでしょう」
2~3分飛行を続けた先に見えた明かりが煌々と照らしているその場所は村という表現が当てはまらないだろう建物がひしめき合う大きな街。石でできた壁に囲まれ、一番目立つ大きな工場のような建物からそびえたつ煙突からは白い煙がもうもうと天へ上っている。
街の大通りに降り立ち、辺りを見渡す。
いくつも並んでいる飲食店からは賑やかな笑い声が聞こえ、酒場の看板のある建物の扉の前には煙草を吹かしながら客寄せをしている若い女……ここまでは大きな街でよく見かける光景だ。しかし、路地裏からは男女問わず聞こえる呻き声としゃべり声が聞こえる。目を向けると見えるのは……
「……これ、人間?」
「チッ」
「ゼン……」
ボロボロの布切れを体に巻き、骨が浮き出るほどやせ細っている両腕で砕けそうなほどの力を入れて肩を抱きガタガタと震える男。下着姿で横たわり、手に持っているネズミの死骸を愛おしそうに撫でながらブツブツと話しかけている女性。ひげ面の老人はよだれを垂らして空を見上げあーあーと赤ん坊の様に声を上げている。
「ボクさぁ……こういうのよーくわからないけどもしかしなくてもよくないやつデショ?」
「あのガキがここまでやるとは思えねぇな。」
「あら……そんなにあの子のことを信用していたとは思わなかったわゼン」
「ガキに信用もなにもねぇだろ。そんなことはどうでもいい。とっとと原因取り除くぞ。このままじゃ俺の『おかげ』で高笑いし続ける奴がいることになる。」
『村』の現状を見たゼンはいつもの攻撃的な表情に戻り、路地裏にうごめく人として終わった人を『破壊』した。単純に身体を破壊して肉塊にするのではなく……
「ただの変態シスターじゃなかったんだネェ」
「いいえ?」
「……」
路地裏に向かい、膝を降ろし、天へ昇っていく光の粒に祈りを捧げるクロエにファインは軽口を叩く。まさかの肯定に面白くなかったのか、ムッとした表情をして街の中心部に先へ向かっているゼンの後を追いかけていった。
「本当のあなたの『破壊』は……こんなにも美しいのに……」
見送りを済ませたクロエは立ち上がり、ゆっくりとゼンを追う。