2.無邪気な悪魔
先週僕と彼女は些細なことで喧嘩をしてしまった。
この喧嘩、実はどちらも悪くない。
喧嘩の原因を作ったのは愛猫で、その罪を被った僕が、彼女に頭を下げる形で漸く仲直りに漕ぎ着けたのだ。
それが一昨日のお話。
翌日、元の仲を取り戻した僕と彼女は、休日のお昼時にも拘わらず、二人してお酒を汲み交わしていた。
「あれ? ない」
「どうしたの?」
手近な肴が底をついたので、冷蔵庫まで新たな肴を取りに来たのだが、楽しみに取っておいた目当てのアタリメ(スルメイカ)がない。
「はて、もう食べてしまったのかな?」
「なにを?」と彼女が腰を上げて、僕の背後に抱き着いた。
「最後の楽しみに残しておいたイカがないんだけど……」
「あなた本当にイカが好きよね」
彼女にくすくすと笑われてしまった。
「まあね。それでさ、そのイカについてちょっと尋ねて良いかな?」
「良いよ――ってまさか、私を疑うつもり?」
「頭の回転が速くて助かるよ。……きみ食べたよね? 僕が楽しみに取っておいたあのイカを」
淡々と告げた僕に恐怖を覚えたのか、彼女の瞳が潤みだす。
「わ、私をそんなに怖い目で見ないでよ。本当に食べてないんだから!」
足元に纏わりついていた愛猫が、僕の肩の上に飛び乗り、一緒になって冷蔵庫の中を覗き始めた。
「じゃあ他に誰が食べたって言うんだい? 僕ときみしかこの家には居ないのに」
「そ、それは……」と今にも泣き出しそうな彼女。唇を噛んで必死に涙を堪えているようだ。
ちょっと待てよ? とデジャビュウに至り、肩に乗る愛猫に視線を向ける。
僕の肩からは、香ばしいイカの香りが漂っていた。