表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

9:ルティエの正体


 ある時から、僕だけに女性の美しい声が聞こえるようになった。

 

 懐かしいような胸が締め付けられるような、切ない彼女の歌声。

 今日も前線基地にいる僕の耳に、その甘美な音色が届いた。


 砦の中にまでハッキリと聴こえるその声に、誘われるまま、僕はフラフラと窓辺に立ち月を眺めた。

 すぐさま呆れた友人の声が上がる。


「レイユ王子、行ってくるんですか?」


「うん。呼ばれてるから」


 側近のクリストを見ずにほほ笑みだけ返すと、僕は目を閉じた。




 すると、一瞬だけ肌が水の中に入った感覚を拾う。

 けれど次の瞬間にはすぐになくなり、水がたおやかに流れる音と、フクロウのような鳥の声が聞こえた。


 ーーーー


 ゆっくり目を開けると、少し遠くのベンチに背を向けて座る愛しい人が見えた。

 近くを飛ぶ蛍が、気まぐれに光の線を描いていく。


 僕は出来るだけ音を立てずに近づいた。

 気持ちよさそうに歌う彼女の邪魔を、まだしたくなかった。


 そばまで来た僕は、ベンチの背もたれに手をつきながら、彼女のこめかみにキスをした。


「レイユ!」


 ルティエが振り返って相好を崩した。

 その嬉しそうな輝く笑顔に、僕も釣られて笑みをこぼす。


 ベンチの正面に回る間に、彼女が両手を広げて僕を待ってくれていた。


 そんな可愛いルティエを抱きしめながら隣に座ると、今度は唇にキスをした。

 ルティエも僕の首の後ろに手を回し、今まで離れていた寂しさを埋めるようにギュッとくっついてくる。


 僕らはそうして抱きしめ合ったまま、お互いの体にピッタリ頬をくっつけて言葉を交わした。

 ルティエが楽しそうにクスクス笑う様子が、なんとも愛らしい。

 

 


 彼女は不思議なヒトだ。

 優しくて、美しくて……消えてしまいそうな危うさを持っていた。

 

 時折見せる優雅な所作から、ルティエがどこかの高貴な出だとは感じている。

 だけど彼女がそれを隠したがっているから、強いて聞くことはしなかった。

 

 いつか正体を明かしてくれたら、迎えに行きたいのに……


 彼女への愛おしさが高まるにつれて、僕は現実でもルティエに会いたいと、思いを(つの)らせていた。


 ルティエは可憐なだけでなく聡明だった。

 僕が何かに迷っていると、必ず寄り添った助言をくれる。

 それでいて、包み込むような愛情を、惜しみなく僕に向けてくれた。


 彼女の存在が僕の癒しだった。

 仲間を失った悲しみや焦燥感を抱え……どんどん荒んでいく僕の心を、ルティエは受け入れて慰めてくれる。


 ーー僕はもう、彼女無しでは生きていけなかった。




 白い天蓋に包まれたベッドの上で、僕はルティエを抱きしめて、何度目か分からない想いを伝える。


「誰よりも愛してるよ……だから僕のーー」

 続きを言おうとして、彼女にキスをされて口を塞がれる。


「私も…………だから必ず生きてね」

 ルティエが囁くように告げた。

 僕を見つめる彼女の青い瞳が、薄っすら膜を張っている。

 綺麗さに惹き込まれていると、それが輝く雫になって頬を伝い落ちた。


 この時僕は、心配性のルティエが、戦場に身を置く僕の安否を気にしているのだと思っていた。

 けれど、もっと大きな意味があることに気付いたのは、彼女と現実で会った後だった……




 ーーーーーー


 僕の腕枕でピッタリと横にくっついているルティエ。

 そんな彼女の髪を撫でながら、僕らは束の間の穏やかな時間を過ごしていた。


 すると帰る時間になったのか、僕の意識が眠りに落ちていく。

 彼女を撫でていた手も次第に動かなくなり、ぱたりと落ちた。


「……レイユ、帰るのね?」

 珍しくしっかりと起きているルティエの声がした。

 いつもなら2人で微睡(まどろ)みながら、お別れになるのに……


 僕は眠くて返事が出来ず、どうにか小さく頷いた。


「気を付けて。朝日が昇ると貴方は敵に囲まれているわ」

 ルティエの声がいつになく固いものになる。

 僕は落ちようとしている意識を何とか浮上させた。


「でも大丈夫……私が貴方を守るから。どうかご武運を。レイユ()()


 初めてルティエから王子と呼ばれた。

 賢い彼女は僕の事を知っており、全てお見通しだったのだ。

 

 けれどそこで……

 僕の意識は完全に落ちてしまったーー




**===========**


「…………」

 

 気がつくと、真夜中の前線基地に立っていた。

 帰ってきたんだと思うのと同時に、さっきルティエに言われたことを思い出す。


〝朝日が昇ると貴方は敵に囲まれているわ〟


 ぼんやりしていた頭が徐々に覚醒する。

 もうすぐ攻めて来る敵。

 それを知っているルティエ。

 高貴な身分……


 自ずと導かれてしまう答え。


 ルティエは……敵国の姫か令嬢。


 けれど今はそれよりも、訪れる窮地をどうにかしなくては。


 僕は気を引き締め直すと、自軍の兵士たちが眠るテントに向かった。




 **===========**


「ふわぁぁ。本当に敵に囲まれているようですねぇ」

 側近のクリストが眠い目を擦りながら続けた。


「女神様の言ったことは本当のようです。ただこちらも朝日が昇る前に準備出来ましたので、どうにか太刀打ち出来るでしょう」

 そして彼は馬に(またが)り、手綱を握った。


 僕も彼と同じように乗馬して、静かに配置につく。


 空は明るみ始めていた。

 綺麗な瑠璃色に染まりだす。


 僕は不思議と落ち着いた気持ちで空を眺め終わると、今度は前をしっかり見据えた。


 大丈夫。

 あらかじめ斥候を出し、敵の様子を確認している。

 不利な地形で囲まれているけれど、秘密裏に準備が出来たから万端だ。


 けれどその時、ルティエの気になる言葉を思い出した。


〝私が貴方を守るから〟


 …………

 ルティエは自分の国で何かをするつもりなのか?

 誰かの足止めとか?


 危険なことをしなければいいけど……


「あ、朝日が昇り始めて……敵が予定通り攻めてきましたねっ」

 隣でクリストが楽しそうに言った。

 

 彼はほんのり戦闘好きだった。

 最近なんか〝側近より参謀が良いんですけど〟と、肩書きに文句を言ったりもする。

 戦争が始まるまで分からなかった、友人の意外な一面だ。

 ……分からなくても良かったけど。


 そんなクリストが、意気揚々と部隊に指示を出していった。




 攻め入ってくる敵の部隊に向けて、自軍の部隊も素早く進行する。

 僕とクリスト率いる指示役は、戦局を見極めるためしばらくその場で待機していた。


 すると、こちらの対応が早かったからか、敵の部隊が乱れ始めた。

 

 そしてそのまま……

 バタバタと倒れ始める。


「……??」

「どうなっているんでしょうか?」

 僕とクリストは思わず顔を見合わせた。


 そうしている間も、兵士たちが接触する前に敵兵が勝手に倒れていく。


 僕の脳裏にルティエの姿がよぎった。

 

 彼女が……何かをした?


 そう思うのと同時に歌が聞こえ始めた。

 懐かしいような胸が締め付けられるような、切ない切ない彼女の歌声……


「ルティエ!!」

 気がつくと僕は馬を走らせていた。


「あ、レイユ王子! どこに行くんですかー!?」

 後ろでクリストが騒いでいるけれど、気にしている場合ではなかった。


 ……ルティエが歌っている!

 

 こっちの世界(現実)で!!


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ