表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この悦びを歌い続けるの。たとえそれが罪だとしても  作者: 雪月花
ルティエの章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

8:戦って、戦って……


 まだまだ薄暗い早朝。

 少し肌寒さを感じながらも、私はバルコニーに静かに立っていた。


 東の空が明るんでおり、もう少ししたら朝日が拝めそうだ。


 私はバルコニーの柵を乗り越えて、隣の背の低い建物の屋根に飛び降りた。

 白いナイトドレスのスカートをひるがえす。


 衝撃を殺すためにしゃがみ込むように着地すると、ゆっくり立ち上がった。

 思わずお腹をひと撫でする。


「本当に赤ちゃんが来てくれているなら、ごめんね。無理させて……ゆっくり踊るからね」

 私はお腹の中に居るかもしれない赤ちゃんに謝ると、辺りを見渡した。

 

 ここは平坦な屋根になっており、広さもちょうどいい場所だった。

 祈りを捧げる舞台として。


 昇り始めた朝日が私を照らした。

 私はその黄金の美しい光に向かって立つと、大きく息を吸った。




『♪〜 Ψυρακάβε τυτοιρυνα』


 私は『悦びの歌』をゆっくり歌い始めた。

 オルケリス語の歌詞を伸びやかに、心を込めて紡ぐ。


 本当の父が分かった時から、不思議なことが私に起きていた。

 オルケリス語が……理解出来るのだ。

 私に流れている血が、誰からのものなのか、ハッキリ分かったからかもしれない。

 

 私は歌に合わせてステップを踏んだ。


 右手をターンに合わせて振り上げる。


〝オルケリス族である美しいママの血に……〟


 今度は振り返るような動きに合わせて、左手を優雅に横に振った。


〝優しくて聡明なパパの血……〟


 曲に合わせてピタリと止まると、両手を胸の前で組み合わせて祈りの姿勢になった。


〝そして古来から続く私たち民族の願い……〟


Ορκέλης(私たちは) σοεοε(愛する者を) μομαρυτο(護るために) εκυσο(戦う)!!」


 歌の合間に、気付くと溢れる想いを叫んでいた。


 オルケリスは踊り歌い戦ってきた歴史を持つ。


 舞い踊り(戦って)

 歌声を響かせ(戦って)

 儚く散っていく……


 そんな私に流れるオルケリスの血をーー

 

 とても誇りに思っている。




 ステップを止めて、私は両手を空に向かって広げた。

 伸びやかに高らかに声を響かせながら。


 すると私のいる舞台が輝き始め、パンッと弾けるように光が飛び散った。

 くるりと軽やかに回転すると、黄金に輝く光の流れに変わる。


 私は振り付けに合わせて滑らかに手を伸ばし、その光の糸を撫でた。


「いっ!!」

 ジュッと手のひらが焼ける感覚と、鋭い痛みが走った。

 思わず歌声が小さくなったのを、声を張ることで何とか凌ぐ。


 さすが太陽の魔力。

 熱くて強力だ。


 私は掴み損ねた光に苦笑いを向けた。

 嫌な汗が背中を伝う。


 …………

 オルケリスの本に書かれていた、1度しか使えない秘術。

 ()()で使える最高峰の魔法。


 それは……

 月の女神ではなく、太陽の神様に祈りを捧げる方法。

 やり方は同じだけれど、本にはこう書かれていた。


『太陽神に向けて祈るが最後、身を焦がして燃え尽きるだろう』と。


 私はめげずにターンしながら、再び光の糸を手繰り寄せた。

 またジュウッと手のひらが焼かれたけれど、なんとか自分の体の中に収める。


 


 そうやってどうにか太陽の魔力をためると、今度は祈りを込め始めた。


 願うはもちろんレイユの無事。

 だからそのために……私の国の兵士たちには眠ってもらう。


〝レイユに危害を加えようと思った者は、眠りにつきますように〟

 

 私はひたすら太陽の神様に祈った。


 今までで1番、声を響かせて思いの丈を注いだ。

 今までで1番、指の先まで意識して優雅に踊り上げた。


〝どうか、私の愛する人を奪わないで下さい〟

 

〝私には彼が必要なんです〟


 そんな切ない想いと同時に、心の底では込み上げる罪悪感。


 もし、眠った兵士が敵国の兵士に殺されたら……

 私は立派な殺人者。

 国民たちを裏切った売国奴。


 ごめんなさい、心が弱くて。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい……

 

 自分が王女の前に、所詮1人の女なんだと思い知る。


 だけど……

 酷いことをしていると自覚はあるけれど……

 

 自分の選択に後悔はしていない!


 私は感情の昂まりと共に、体が熱くなっていくのを感じていた。

 



 だいぶ高く登った朝日に向かって踊り続け、真っ直ぐ見つめ返した。

 そこに本当に神様でも見つけたかのように、じっと目線を向ける。


 そして歌には無い歌詞を即興で付け足した。

 ありったけの想いを込めて歌い終わると、ゆっくりと動きを止めて手を下ろす。

 やり切った心地の良い疲労感を感じながら、私は静かに目を閉じた。


「ルティエ!!」


 誰かが私と同じように、バルコニーから屋根へと飛び降りてきた。


「…………お兄様」

 目を開けると、顔面蒼白のディメリオが私の前に立っていた。


「お前の様子がおかしかったから、少しでも変なことをすれば報告を受けるようにしていたんだ……」

 ディメリオの唇が震えているのが見えた。

 彼は瞳を揺らしながら続ける。


「屋根に出たと聞いてここに戻ってきながらも、我が軍の兵士たちが、戦場でバタバタと倒れていると知らせが入った…………ルティエの仕業か?」

 

「…………」


 私はディメリオを黙って見つめ返した。


 ……私を心配したディメリオは〝レイユに危害を加えよう〟という気持ちが一時的に消えたから、眠らなかったのかしら?


 そんなことを考えながら、ゆっくりと口を開く。


「良かった。それならレイユは無事ね」

 呆然とするディメリオにニコリと笑いかけた。

 そして屋根の端に向かって歩き始める。


「ルティエ? 何を言ってるんだ。お前のせいで戦争に負けてしまうんだぞ!?」

 怒りがふつふつと湧いてきたディメリオが、私に詰め寄り手首を掴んだ。


「あつっ!?」

 けれどすぐさま手を離した。

 そして目を見開いてその瞳に私を映す。


 ……私の体は、人ではあり得ないほど高温になっていた。


 屋根の端っこに立った私は、驚いている彼に教えてあげた。


「太陽の神様に願いを叶えてもらったから、身を焦がしてるの」

 

 そして「フフッ」と楽しげに笑うとーー

 屋根の端から身を投げた。


「ルティエ!?」


 悲痛なディメリオの叫び声が響く。

 すぐに彼も私を追って、屋根の端から飛び落ちた。

 

 2人して逆さまに落ちながらも、ディメリオが私の腕を取った。

 熱いはずなのにそのまま手繰り寄せられ、抱え込まれる。

 その時になって初めて、私はこの人から愛されていたんだなと、すんなり受け入れることが出来た。


 けれどディメリオには、親愛の気持ちしか湧いてこない。


 私が愛しているのはレイユだけ。

 彼のために身を焦がして、燃え尽きそうになっている私は…………


 ディメリオと一緒に、庭園にある大きな池へと落ちた。




 ーーーーーー


『太陽神に向けて祈るが最後、身を焦がして燃え尽きるだろう』


 そう書かれたオルケリスの本に、実は続きがあった。

 誰かが書き足した、走り書きのようなメモが。



『その時は、帰っておいで』



 まるで私に向けたメッセージかのようなメモが、そこにはあった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ