7:エゴイストはどっち?
「分かったか?」
ディメリオの声が、父と母に思いを馳せていた私を現実に引き戻した。
ハッとした私が彼を見ると、ディメリオは相変わらず不機嫌そうに睨んでいる。
でもいつもと違い、その頬が薄っすら赤く染まっていることに気付いた。
それでさっき彼が言った、私と結婚する宣言を思い出した。
「待って待って……お兄様と私が血が繋がっていないのは分かったわ……でもだからって何で私なの!?」
私は思わず彼に詰め寄った。
「それはっ……」
怯みながらもディメリオが答えようとしていたその時だった。
「ディメリオ様、急ぎの報告が入りました」
王宮の兵士が廊下から声をかけた。
2人してそちらに目を向けると、ディメリオの部下が部屋の扉の所で立っている。
「分かった。報告しろ」
ディメリオは私の元から離れて部下へと歩み寄る。
私はそんな彼にくるりと背を向けて、この隙に気持ちを整理することにした。
ーー落ち着いて。
まずはこの体調不良が、本当に妊娠しているのかどうか……
うーん、ちょっと疲れてたり食欲が無いだけで、他は元気なのよね。
多分メイドの早とちりだと思うけど。
でも本当ならめちゃくちゃ嬉しいな。
って……違う違う違う。
私はブルブルと顔を振った。
ーー浮かれないで。
でもお腹にもし赤ちゃんがいるのなら、相手はやっぱりレイユよね?
彼の子かぁ。
可愛い子が生まれそう。
……違う違う違う。
私はニヤけ顔を引き締めるために、必死に顔を振った。
本当の父親が判明したり、兄妹じゃないからって兄の妃に添えられそうになっている深刻な問題よりも、どうしても喜ばしいことを考えてしまう。
けれど、その気持ちを一気に吹き飛ばす言葉が聞こえてきた。
「はい。敵国に侵入させている諜報員から報告がありました。明朝、日が昇ると共に作戦を行うと……」
「諜報員ってレイユ王子の近衛だった奴か? そいつの弟を人質にとったから、泣く泣く裏切るって訳か」
不穏な言葉と共に聞こえた〝レイユ王子〟という単語。
私は自分の気持ちを落ち着かせることを中断し、ディメリオと部下の会話に耳をすました。
「その通りですディメリオ様。これで突破口が開けました。囲い込んで一気に叩きましょう」
「分かった、すぐに向かえ。暗闇に乗じて移動しておくんだ。俺も日が登らない内に合流する」
ディメリオがそう指示を出すと、部下は敬礼してから立ち去っていった。
「ルティエ」
私の背中にディメリオの声が投げかけられた。
呼ばれた私はゆっくりと振り向く。
「聞こえていただろう? 明日ようやく大きな勝利を収められそうだ。敵の王子を倒すことで一気に決着がつくだろう」
ディメリオが伏し目がちにニッコリと笑いながら、私に近付いてきた。
私はそんな彼をただじっと見つめる。
「この前も、もう一息だったんだが……致命傷を負わせたはずなのに……」
ディメリオが苦々しく言い捨てた。
おそらく、レイユがお腹に瀕死の傷を負った時のことだろう。
「けどその時に分かったんだ。相手は仲間思いだ。今度もそこを突かせてもらうから、成功は間違いない」
彼がニヤリと笑った。
…………
ディメリオの発言で確信する。
……レイユのお腹の傷は、また誰かを庇って出来たもの。
私は呆れると同時に、彼らしいなと思って優しく苦笑した。
そして呆れてしまう私は、やっぱり冷淡な人間なのねという自嘲で更に笑みを深めた。
眉をひそめて泣きそうになりながら。
ーー敵国のレイユ王子。
ディメリオの敵であり、私の敵……
レイユ王子の父である国王は高齢なため、実質国を動かしているのは王子だと聞く。
そんな国のトップをまず倒すという兄の戦略は合理的だ。
早く決着をつけようと卑怯な手を使うことも、国民のためには良い判断なのかもしれない……
けれど、明日殺されるかもしれないのは、私のレイユだ。
利己的な私と違って、他人のために動ける優しい彼を……
死なせるわけにはいかない!
もう〝夢の中の人だから〟と逃げないと決めた私は、現実と立ち向かう意志を込めて、目の前のディメリオを見据えた。
「ルティエ?」
突然、様子の変わった私に驚き、ディメリオが掠れる声で名前を呼んだ。
「…………私とお兄様は血が繋がっていない……」
私は無表情のままボソッと呟いた。
それをまだその事実に動揺していると勘違いしたディメリオが、フッと緊張の糸を緩める。
「そうだ。だから何も問題は無いんだ」
彼が私に近付き、頬に手を添えた。
私は微動だにせずディメリオを見つめ続けていた。
何も表情を乗せていない顔で、ただ真っ直ぐに彼の瞳を見る。
ディメリオがその熱い視線を受けて、薄っすら頬を染めた。
「小さな頃から、お前を俺の妃にすると決めていたんだ。この戦争が終わったら婚姻を結ぶ。だから…………」
彼が私を愛おしそうに見つめて続ける。
「お前は国王である俺の物だ」
「…………」
ディメリオなりの告白は、私に何も響かなかった。
その代わりさっきからずっと同じことがグルグル頭の中を駆け巡っている。
ーーディメリオとは血が繋がってない。
お兄様でも何でも無い。
だったら……
ただの敵よね。
私はニコリと艶やかな笑みを浮かべた。