3:夢の中での出逢い
「〜〜〜〜っ!!!!」
私は声にならない叫び声を上げて走って逃げた。
池の上の舞台からピョンと跳躍して、その勢いのままベッドまで走り、天蓋の中に逃げ込む。
そして突っ伏した姿勢で願い続けた。
夢なら覚めて!
というか夢の中よね!?
早く起きてよっ! 自分!!
荒削りな、お世辞にも上手とは言えない歌と踊りを見られて恥ずかしかった。
実はたくさん間違えた。
それを気にせず何となくで続けていたりもしたのに。
穴があったら入りたい状態なので、縮こまってせめて顔を隠す。
でも……いくらたっても夢は覚めてはくれなかった。
コツコツと誰かが近づいてくる足音がした。
それと同時に「フフッ」とたまらずに笑う声。
「いきなりごめん。けどそんなに逃げなくても……」
さっきの王子様の声が背後から聞こえる。
そして私のすぐ近くで足音が止まった。
「僕はレイユ。……恥ずかしがり屋の君は?」
「…………」
観念した私は顔を起こし、そろそろとベッドから這い出た。
改めて彼の前に立ち、ゆっくりとレイユと名乗る男性を見上げる。
翠色の瞳をした美しい男性が、どこまでも優しい眼差しで私を見ていた。
「私はルティエ……」
その綺麗な瞳から目を逸せなくなった私は、それ以上言葉が続かなかった。
まるで瞳に吸い込まれてしまったかのように、何も考えられなくなってしまう。
けれどその時、ほほ笑んでいた彼の顔が苦痛で歪んだ。
たまらず肩を押さえるレイユの様子に、驚きと心配で胸が跳ねる。
「どうしたの?」
「っ……ちょっと昼間にケガを負って……治療は受けたんだけどまだ痛むんだ」
右肩を押さえながらも、レイユが痩せ我慢と分かる笑顔を浮かべていた。
どうにかしたくなった私の体が勝手に動いた。
レイユに近づき、その右肩に私も両手を当てる。
すると手のひらが輝き、暖かい光が彼の肩を包んだ。
ーーさっき祈りを捧げた対価ね。
私は漠然とそう思った。
「……痛みは治った?」
優しい光が無くなったころ、私はそっと聞いてみた。
「……うん。もう全然痛くないよ……ありがとう」
レイユは目の前で起こった不思議な出来事にぽかんとしていた。
その返事を聞いて私が肩から手を離すと、彼は調子を確かめるように腕を軽く動かす。
良かった。
私の〝レイユの傷を治したい〟という願いが叶えられて。
たどたどしかったけれど私の初めての歌と踊りは、ちゃんと月の女神に届いていたようだ。
そのことに安堵していると、レイユが首をかしげて聞いてきた。
「……ルティエは魔法使いか何かなのか?」
「そう、なのかも……いきなり出来たから自分でもよく分からなくて……」
私は正直に答えた。
さっき光った手のひらをいったん見つめてから、レイユを見る。
そんな不安げな私の視線を受け止めた彼は、優しく笑って返してくれた。
「突然、歌声に呼ばれたと思ったら美しい歌姫に出会えた。傷まで治してもらえて……僕は夢でも見てるのかな?」
「そうね。私も目の前に突然、素敵なあなたが現れたわ。……多分夢なんでしょうね」
私たちは少しの沈黙のあと、クスリと笑い合った。
ーーーーーー
レイユと私は神殿の外に出て、白い睡蓮の花が咲き乱れる池のほとりに向かった。
神殿内の人工池は、どうやらここから水を引いているようだ。
ほとりには小さなガゼボが建っており、そこに仲良く座った。
ガゼボの柱も神殿と同じように植物の蔦が巻き付いており、屋根の上は赤い小さな花をつける植物で覆われていた。
月明かりがふんわりと落ちてくる夜。
その優しい青い光に包まれながら、私たちはとりとめもなくお喋りをした。
「何で肩に怪我をしていたの?」
「戦場で敵にやられたんだ」
そう言われてレイユを改めて見ると、腰に立派な剣を携えていた。
剣を見つめて少し固まった私を見て、怯えていると思ったレイユが、マントでそれを隠す。
そして話題を変えてくれた。
「ルティエはずっとここにいるのか?」
「少し前から。眠ると決まってここに来るようになったの」
私は〝夢だから〟と素直にペラペラ喋った。
「私にはどうやら、オルケリスの血が流れているようで……」
「オルケリスって……あの?」
「……そう。歌い踊り、祈りを捧げることで、願いを叶えることが出来るらしいわ」
私はさっき踊っていた神殿を横目で見た。
レイユも釣られてそちらに目を向ける。
「祈りを捧げる、か……それであんなにも神聖で綺麗だったんだ」
レイユが今度は私の方を見た。
バチッと彼と目が合ってしまい、途端に照れる。
「っ……初めてで、まだまだ下手だったから恥ずかしいわ」
私はたまらずに目を伏せて、翠色の視線から逃げた。
すると楽しそうな笑い声が隣から上がる。
「あははっ。そう? すごく上手だったよ。いきなりこんな幻想的な場所に来て、ルティエが優美に踊っていたものだから、僕はとうとう天国に来たんだと思ったぐらい」
「…………それであんなに驚いていたのね」
「うん。天国にいる女神様の歓迎の舞かと思ったんだ」
レイユがその時の心境を思い出してか、ククッと笑う。
そんな彼を見ていると、恥ずかしかった出会いが私も楽しいものに感じてきた。
それでつい口が滑る。
「私もビックリしたのよ。誰もいないはずの私の夢の世界に、突然レイユが現れたから……ついに私の願望で、理想の男性まで出現させたのかしらって…………あっ!」
言ってる途中で、とんでもないことをレイユに伝えてしまったと気付き、両手で顔を覆った。
「え? それって僕がルティエの理想の男性だったってこと?」
「……ぅぅぅ……」
「ルティエの好みのど真ん中?」
「…………」
「カッコよすぎて、ずっとドキドキしてる?」
「そこまで言ってないわ」
私は頬を赤くしたまま、ムスッとしたむくれ顔を彼に向けた。
図星だから余計に恥ずかしい。
そんな私にレイユは楽しそうに、あふれんばかりの笑顔を浮かべる。
「ごめんごめん…………けど」
そう言いながら彼は伏し目がちにフッと笑って続けた。
突然艶っぽくなった雰囲気に胸がドキッと高鳴る。
「僕はルティエが可愛過ぎて、ずっとドキドキしているよ」
レイユが私の頭をサラリと撫でた。
そして右手をすくい取られ、美しい王子様が目を閉じて恭しく小指にキスを落とす。
「…………」
私は真っ赤になって固まりながらも、彼の一挙一動をずっと見つめていた。
指から唇を離した彼が、ゆっくりと目を開けて私を見据える。
その翠色の熱を帯びた視線を向けられて、応えるように私は目を閉じた。
レイユの手が私の頬に添えられると、唇に柔らかいものが触れるのを感じた。