12:もう一度
俯いているルティエの顔にかかる髪を、撫でるようにして少しかきあげた。
彼女は僕の動きに合わせて、顔をゆっくりと上げてくれた。
今度は僕がルティエに顔を近付ける。
「太陽に灼かれるなんて、痛かっただろう? それなのに、ここで1人で頑張ってたんだね」
僕は泣きそうになりながら眉をしかめ、なんとか笑って伝える。
するとそれに驚いたルティエが、慌てて答えた。
「その時は他にもたくさん怪我をしていたんで、森の奥にある神秘の泉に浸かって癒しました。だから目以外は元通りです」
「神秘の泉?」
ルティエがコクコクと頷く。
「私たちオルケリスを治癒してくれる、不思議な泉です。数日間はその泉に浮いて、眠っていたんですよ」
「え? 溺れないの?」
僕が思わず聞くと、彼女が「フフフッ」と楽しそうに笑った。
「オルケリスは元々、水の精ですから……」
ルティエは何故だか、オルケリスとしての才能や知識が目覚めていた。
もしかしたら太陽に灼かれた反動で、その血に眠る不思議な力がもっと開花したのかもしれない。
「…………」
僕がひとしきり驚いていると、ルティエはカゴの中で眠る赤ちゃんに優しい眼差しを向けた。
「けれどその時に、お腹にいたレイユの成長を促進してしまったみたいで……」
「だから生まれたのが早かったのか!」
「??」
いきなり深く納得した僕を見て、ルティエがきょとんとする。
「えっと……ルティエと離れた時は妊娠してたのも分からなかったんだ。それから半年も経っていないから……」
僕はゴニョゴニョと説明した。
言えない。
計算が合わないから、僕の子だろうかと不安になっていたなんて……
気まずくなった僕は顔を背けて、彼女から少し離れた。
不思議そうに見つめ続ける、ルティエの視線を感じながら。
「…………貴方は、私に近しい人だったんですね。あの、お名前は?」
ルティエがずいっと顔を近付けてきた。
目が悪いから、よく見る為なんだろうけど、度々されると照れを隠せなくなってくる。
そして自分の名前を伝えるのが、こんなに気恥ずかしいのも初めてだった。
僕は頬を赤くしながらも、熱心に見つめるルティエの視線を受け止めた。
「……レイユ」
「え?」
「僕の名前もレイユって言うんだ」
ルティエがみるみるうちに目を大きくさせて、両手で口を覆った。
顔を紅潮させて戸惑う様子に、僕の恥ずかしさも高まってしまい目を伏せた。
そのままカゴの中の赤ちゃんに視線を移し、ルティエに告げる。
「……僕が、この子のお父さんだと思うよ」
「…………」
黙ってしまったルティエのことが心配になって、僕は窺うように彼女を見た。
それを待っていたかのように、ルティエが僕と目が合うと話し始めた。
「実は……似てるなって思ってたんです」
目の悪い彼女が、僕の顔をよく見ようとしてまた顔を近付ける。
「似てるって赤ちゃんが?」
僕はドギマギしながら彼女に返した。
「はい。貴方のその翠色の瞳が、赤ちゃんのレイユにそっくりなんです」
ルティエがはにかみながらも、目を細めてニッコリ笑った。
そして照れ照れしながら続きを喋る。
「だから、貴方がパパならいいなってちょっとだけ思ってて……そしたら本当にそうだったから、素敵な夢でも見ているみたい」
「…………っ!!」
ルティエの言葉を聞いて、感極まった僕の目から涙がこぼれた。
そして耐えきれずに彼女を抱きしめる。
僕らが出会った時にも交わしたセリフ。
それになぞらえたようなルティエの言い回しに、彼女はやっぱりあのルティエなんだと……何も変わっていないんだと実感した。
強くルティエを抱きしめると、彼女の体が硬直したのが分かった。
けれど今の僕には、怖がるルティエを気にする余裕はもう無い。
「ルティエ、ルティエ! 良かった! ずっと会いたかったんだ。本当に良かった…………」
堰を切ったかのように、涙が後から後から溢れてくる。
僕はルティエを強く抱きしめて、歓喜のあまり泣き続けた。
彼女が消えてからずっと不安だった。
絶対生きていると信じていたけれど、ふとした時によぎる、ルティエがもし死んでいたら?という気持ち。
その時の不安を打ち消すかのように、僕はルティエを抱きしめた。
彼女が生きてるって、肌で……心で感じていたかった。
2人で過ごした時間は長くはなかったけれど、狂おしいほどに愛した人。
例え僕の事を忘れていても、また会えただけでも嬉しかった。
しばらくすると、ルティエの体から力が抜けた。
そして僕の背中にゆっくりと手を回し、抱きしめ返す。
優しい彼女は、泣きじゃくる僕に何も聞かなかった。
ただ頭を撫でて、慰めてくれていた。
そうして僕がやっと落ち着いたころ、ルティエを抱きしめたまま、ゆっくりと語り始めた。
「ルティエが禁術を使ったのは……僕を守るためだったんだ。敵の罠にハマった僕を救うために……」
「…………そうだったんですね」
「だから、君が記憶を無くしたことや、目が見えにくくなったことは全て僕のせいだ。その責任を取りたい」
「え?」
僕は一呼吸ついてからルティエに告白した。
「一緒に住もう。ここでルティエと赤ちゃんの2人きりは、何かと不自由だと思う。だから……」
僕は体を離してルティエの顔を覗き込んだ。
その金色の瞳に向かって熱心に告げる。
「これからは僕のそばに居て。もう離れないで」
「…………」
ルティエがポポポと赤面した。
「ちょ、ちょっと待って下さい。さっきから貴方がカッコ良すぎてずっとドキドキしてるんで、まともに考え事が出来なくて……」
そこまで早口で言い切ったルティエが「あっ」と驚いた顔して、更に顔を赤くする。
「……ぅぅぅ……だから……その……もう少し考えさせて下さい……」
恥ずかしくて顔を伏せてしまったルティエが、何とか言葉を絞り出す。
ひどく恥ずかしがるルティエの様子に、そう言えば出会った時も、僕が理想の人だとか何とか言っていたことを思い出した。
僕は思わず「フフッ」と吹き出すと、愛情たっぷりの目でルティエを見つめた。
幸せすぎて、ずっと頬が緩んでしまう。
こうして僕たちは、最初の出会いからやり直した。
ルティエの記憶が無くなってしまったなら、もう一度育んでいけばいいんだ。
だって僕たちは……こんなにも惹かれ合うのだから。
「僕もルティエが愛し過ぎて、ずっとドキドキしているよ」
僕は赤面している彼女の右手をすくい取った。
そして目を閉じて、想いを込めながらその手に顔を近付ける。
女性の小指に口付けする行為は〝永遠の愛を誓う〟ことを意味していた。
僕の国にある古いしきたりだから、おそらくルティエは知らない。
それでもいいからと、僕は1度目の時と同じ気持ちを抱いてーー
彼女の小指にキスをした。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
この物語が、あなたに届いたことを嬉しく思います。




