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この悦びを歌い続けるの。たとえそれが罪だとしても  作者: 雪月花
レイユの章

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10/12

10:彼女を信じて


 僕は焦る心を抑えて馬を走らせた。


 目指すは敵の国の中心地。


 ありがたいことに、行く道の先々で敵兵がバタバタと倒れていく。

 そのため、敵の国境内に入った僕を邪魔する者は、一切いなかった。


 戦場である平原を超えると、栄えた街が見えてきた。

 その奥には白亜のお城が。

 朝日を浴びてキラキラ光るその城から、ルティエの歌声が聞こえていた。


 いつもは異国の言葉の歌詞なのに……

 何故か今日はその意味が伝わってきた。

 彼女の悲痛なほどの想いを乗せて聴こえてくる!



 ♪〜


 Μυνινακυ(胸の奥から) ξοκεογορυ(湧き上がる)

 

 καναμαε(この思いに)


 Νομοιξυ(名前をつけて) ογιρυνορο(あげられるなら)


 Ορκέληςηο(私たちは)  δόριψαρεμα(誰よりも)


 τυψαε(強くなれる)


 Ψυετυνα(ただ1人の)  σοεοε(愛する人を)


 μομαρυτομι(護るために)


 Κανατε(この力が)κοροψυ(使えることを)

 

  κομενεκώωσ(神に感謝して)



 Τοτα(例え) ναδανόκυτι(喉が潰されて)


  υτονο(歌えなく)κύτιμα(なっても)


 Τοτα(例え)  σενοκύτι(手足が焼かれて)


 αδαρινο(踊れなく) κυτιμα(なっても)



 Ψυρακάβε(この悦びを)  τυτοιρυνα(伝え続けるの)


 ♪〜



 ルティエの元へと僕は急いだ。 

 彼女の国の人たちも、何事かと家から様子を窺いにチラホラ出てきている。

 こちらの世界で祈りを捧げるルティエの歌は、みんなにも聞こえているようだ。


 城の方を見て歌に聞き入る彼らを尻目に、僕は馬を急がせた。

 恋焦がれている女性(ヒト)にやっと会えるというのに、城に近付くにつれて胸騒ぎがする。


 街を駆け抜けて、やがて立派な城門が見えて来るころ、ルティエが珍しくここの言葉で歌い始めた。


『貴方だけを愛しています』


『これからもずっと』


 それを最後に歌は止まってしまった。




 ますます胸がざわめいた。


「ルティエ!!」


 城の敷地内に押し入って、彼女がいる場所をキョロキョロと探す。

 すると使用人たちがみな、ある場所を呆然と見上げている様子が目に入った。

 僕もその視線を追って屋根の上を見る。



 ……そこには、屋根から身投げした女性と、それを追いかける男性の姿があった。


「あぁぁぁああ!!」

「ルティエ姫様!?」

「国王様ぁ!!」


 使用人たちが悲鳴を上げた。

 

〝やっぱりこの国の姫がルティエなんだ〟

 頭の隅でそんなことを思いながらも、目の前の光景に釘付けになる。


 真っ逆さまに落ちていく2人。


 追いついた国王が、ルティエを守るように抱きかかえる。


 そして……


 大きな池へと落ちた。


 水飛沫が舞い上がり、降り注ぐ雨のようになる。

 

 数名の使用人たちがそろそろと池に近付き、ゆらめく水面を見守った。

 僕もルティエの無事を祈りながら、少し落ち着き始めた波紋の中心を凝視する。


 …………

 けれど……

 水面から勢い良く顔を出したのは……


 ディメリオ国王ただ1人だった。




**===========**

 

「ふぅ。何とか落ち着いてきましたねー」


 さっきまで机に向かい、何やら記入していた側近のクリストが、筆を放り出して伸びをする。

 長らく続いた執務作業で、固まった体をほぐしているようだ。


 ここは城内の執務室。

 自国に戻った僕は、戦後の処理に明け暮れていた。

 残すは書類仕事のみになり、今まさにひと段落ついた所だった。


「そうだね。弟のルーカスも軌道に乗ったようだし」

 僕も筆を置くと窓の外を眺めた。

 その方角の彼方には、ルティエの国があった。


 


 ーー池に落ちたはずのルティエは、忽然と姿を消していた。

 後日、池の底に沈んでないかと捜索したけれど、何も見つからなかった。


 ルティエと一緒に身を投げたディメリオ国王は、自分の腕の中で最愛の妹が消えたものだからか、抜け殻のようになっていた。

 そんな彼の証言を信じるなら、ルティエは光に包まれたかと思うと、泡になって消えたらしい。


 結果として敵国の王族の1人が失踪し、王が腑抜けになってしまった。

 しかも1人で駆けつけた僕を追って、クリストが軍隊を率いてついてきてしまったので、ルティエの国を制圧する流れになった。


 無事に戦争が終結し、属国となったルティエの国は、僕の弟のルーカスが治めている。

 ディメリオ国王は幽閉し……ルティエは行方不明のまま。


 けれど、2人が飛び込む様子を見ていた使用人たちの噂が市中に広がり、ルティエは燃え盛る炎で身を焼かれ、池の中に葬られたことになってしまった。


 実際に彼女は国民たちの前に姿を現さない。

 そのことがますます、彼らに噂を信じさせた。

 

 国民たちは、ルティエ王女を敬愛していた。

 そんな彼女を失ってしまった国民たちは、王女の死を語り継いだ。


 長く続く戦争に嘆き悲しんだルティエ王女が、国の行く末を悲観し命を絶ったと。

 彼女の最期の願いが天に届き、兵士たちが眠りについたことで、犠牲者を最小限に戦争を終わらせたと……


 


 誰もが……ディメリオ国王でさえも亡くなったと受け止めている中、それを全く信じていないのは僕1人だけだった。


 だってルティエは言っていたから。


『貴方だけを愛しています』

『これからもずっと』


 あれは彼女からのメッセージだ。

 本当に死ぬ気でいたのなら、ルティエは『これからもずっと』なんて言わない。


 ルティエの国の方を見て彼女に想いを馳せていると、僕はつい呟いてしまった。

「待ってるのにな」


「……だからって一生結婚しないのは、やめてくださいよ」

 クリストがブツブツと小言を言う。

 

「でもルティエは今もどこかで生きてるよ。僕だけでも待っててあげないと」

 振り向いた僕は、不貞腐(ふてくさ)れる側近に向けて笑いかけた。


 でも彼は〝ダメだな、これは〟という冷めた目つきをして、次の仕事に移ろうとする。

 だから僕は少しだけ意地になった。


「ルティエの歌声を聞き逃さないように、いつだって耳を澄ましてるんだ。今だってほら……」

 少しオーバー気味に言い張ると、僕は目を閉じて片耳に手を当てた。

 聞き入っている仕草のまま続けて喋る。


「こうすると彼女の歌声が…………うたごえが……」


 僕は目を見開いて床のある1点を凝視した。

 そうすることで耳に意識を集中させる。

 鼓動が早まり、動揺で瞳が揺れた。

 じわりと涙がこみあげ、見ていた絨毯の模様が滲んだ。


「レイユ王子?」

 クリストが心配そうに僕の様子を窺う。


「歌声が……聞こえるんだっ!!」

「えぇ!?」

 

 その途端に僕は部屋を飛び出した。


「夕方に公務が入ってるんで、戻って来て下さいよー」

 背後から呑気な側近の声がした。


 僕は微かに聞こえる彼女の歌声を、まるで追いかけるように走った。


「待って、待ってくれ! 止まらないでくれ!!」


 ルティエの歌声は聞こえるだけで……僕を呼んでいるものじゃなかった。

 

 違う誰かに歌っている?


 本能でそう感じ取った僕は、無理矢理彼女のいる場所へ行こうと考えた。


 ……ルティエに呼ばれて転移する時、必ず水の中に入る感覚がした。

 

 ……彼女は池に飛び込んでどこかに消えた。


 ルティエがいる場所と、僕がいる世界を繋ぐものは……清らかな水!!




 城内を走り抜ける僕を、使用人たちがみな一様にギョッとして見送る。

 そんな彼らの間をすり抜けて外へ出ると、急いで城の裏手に出た。

 そしてその勢いのまま、そこにある湖へと飛び込んだ。


 


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