第4章6 『赤猿にも「ヤバい」という感覚があるらしい』
「――で、結局コイツを何処から攫ってきたんだ?」
美波と詩歌を除いてリビングから水樹の部屋へと移動するや、赤猿はベッドの上でちょこんと座るエウルイを親指でさしながら問う。
ちなみに詩歌だけが最後まで着いて来ようとしたが、今度一緒に買い物に行くという約束で手打ちにすることで事なきを得た。
「コイツではない。我は誇り高き竜人族のエウルイ・ジ・ラックである」
フンフンと「我、怒ってます!」という意思表示を示す為に鼻息荒くエウルイは赤猿に抗議する。が、傍から見れば幼女が背伸びをしているように見えて妙に微笑ましい。
静流はそんな様子を見てニコニコしている。ジョ○フルで警戒していた時が噓のようである。
「エウルイが言うには門の向こう側から来たらしい」
「門の向こう? 坊主、もしかして開門輪を使ったのかよ?」
「使かうワケないだろ! 俺がそんな興味本位で行動を起こすように見えるのか?」
「んや、寧ろビビッて絶対にやらねぇだろうとは思ってるぜ?」
そんなことを言って豪快に笑う赤猿に、水樹はジトーっと抗議の視線を向けながら深い溜め息を吐く。
「とにかく、どうして門が開いてエウルイがこっち側にやって来てしまったらしい」
「なるほど、こんなチビッ子が竜人ねぇ」
「む? チビッ子ではないぞ。我はアガルタの正当な後継者であり、次期女王である」
ヒョイとベッドの上で立ち上がり、エウルイは腰に両手を当て胸を張り高らかに宣言する。
どうやらエウルイは自身が高貴な存在であることを示したいらしい。
水樹としては小さい子どもが自慢したいのだろうと思いたいのだが、そんなワケにはいかない。
仮にエウルイの言葉が事実であれば、現在進行形で向こうの世界では次期女王が行方不明で大事になっていることは間違いないだろう。状況によっては竜人が総動員で攻めてくる可能性も考えられる。
「まったく坊主は厄介ごとに愛されているとしか思えないな。ま、俺は戦えれば問題ないんだがよ」
「問題しかねぇよ! つーか、下手したら攻めてくる可能性もあるだろ」
「そうですね。エウルイちゃんを連れ帰る為に強硬策を取ることも考えられますね」
いつの間にかエウルイを膝の上に座らせた状態で静流が言う。
「ま、門があるだけ……と言いたいが、原因不明の開門でエウルイの嬢ちゃんがこっちに来ちまったんだったか」
「うむ、よくわからないが門が開いたからやって来た」
ムフーと鼻を鳴らしながらエウルイは満足そうに言う。
きっとエウルイの行いで向こうはてんやわんやになっているのだろう――そのことを思うと水樹は向こうの方々に憐れみを覚えてしまう。
「門が開いた原因がわからねぇ以上は警戒はする必要があるな。とりあえずオレは神界に戻って話をするわ」
「珍しいですね。彼方なら『襲撃、滾るじゃねぇか!』とか言い出して何もしないと思っていたのですが?」
「本音としてはそうしてぇよ。ただ、流石に事態が事態だ。神と竜人だけの衝突ならシカト決めるが、流石に人間界にまで関与しちまったらヤベェだろ」
確かにその通りではあるのだが、赤猿にも「ヤバい」という感覚があることに水樹と静流は驚く。
「すげぇ、不愉快なことを思われている気がするがオレは突っ込まねぇからな」
そんな二人の様子に勘付いたのか、赤猿が口元を引き攣らせるのだった。