第2章2 『きっと夏休み明けはうるさくなる』
「ちょいちょい、婚約者ってどういう事なん? 夏休みに入るまで雨柳君には彼女の影すらなっかたやん? こんな短い期間で彼女どころか婚約者って早過ぎばい!」
声を掛けてきた少女・西野朱華の隣に立っていたコテコテ方言少女――千峰祈が水樹に詰め寄りながら言う。
「おいおい! 勢い凄すぎるぞ、落ち着けって千峰!」
「これが落ち着いていられると思うん? かぁ~、これは自分のミスやん? 甘く見すぎとった。朱華、ゴメンやけど今日の夜は作戦会議ばい」
作戦会議とは一体何なのか?
水樹は思わず首を傾げてしまう。
と、そんな水樹に肩を組んでくる馴れ馴れしい男子が2人。
「水樹ィ!? お前は俺と非モテ同盟じゃなかったのかァ!」
随分と大袈裟な態度を取るのは酒匂仁。
「婚約者がいるのなら教えてくれても良かったんじゃないかい?」
イケボイスでそんな事を言うのが結構モテるイケメン野郎の冷泉帝。名前までイケメン感が出ている。
「はいはい、仁もうざ絡みをしないの。まあ、アタシとしても概ね帝と同意見なんだけど、そこんところどうなの?」
最後の1人はギャル風女子。そして、帝の彼女である園崎花恋だ。
3人に絡まれ、困り顔を浮かべている水樹。
そんな様子を見ていた静流が口を開く。
「実は水樹が小さい頃にプロポーズされていまして、この夏再会したので押し掛けた次第です」
「え? 押し掛けたって事は……一つ屋根の下って事!?」
「へぇ、それは凄いじゃないか」
花恋と帝は驚いた様子で言う。
「それ本当なん? これはマズいばい、朱華。完全に遅れを取っちょる」
「あわわわ……」
祈は何やら難しい表情を浮かべ、朱華は妙に顔色が悪そうである。
「押し掛けた女房!? え、婚約者というより夫婦しゃん!」
そして、仁はとにかくうるさかった。
「そうですね、水樹とわたしは夫婦――お義母様公認です」
「お、お義母様呼び!? マズいばい! マズい通り越して緊急事態宣言発令ばい!」
「お、お義母様……公認?」
静流の発言で祈の表情が更に険しいものになり、朱華に関しては顔色悪いどころか血の気が引いて真っ青だ。
「……静流? 場が混沌とするから下手な事を言わないで」
「え? ですが、事実は伝えるべきです」
「じ、事実?」
フラッ――と、朱華の身体が揺れ、それを祈が速やかに抱き留める。
「くっ、まさかこんな伏兵がおったんのは予想外やったばい。朱華はショックで気を失ってん」
ぺちぺちと朱華の頬を叩きながら、祈は真顔で言う。
「……えぇ?」
水樹は思わずそんな声を漏らす。
いろいろと突っ込みどころしかないのだが、一先ず水樹は思った事を口にする。
「ところで西野は何がショックだったんだ?」
すると祈がそれはそれは心底深い溜め息を吐いて首を横に振る。
その他4人も何やら物言いたそうな表情をしていた。
「あれ? ええ?」
「まあ、雨柳君が絵に描いたようなふざけたバチクソ唐変木鈍感屑野郎である事はわかっちょった。今、始まった事じゃないばい」
よっこらせ――と、気絶中の朱華をおんぶしながら祈は言う。
「とにかく、雨柳君? 夏休み明け楽しみにしとくんばい。さあ、みんな予定変更! これから特別緊急会議ばい!」
鼻息荒めに祈はそう言い残し、他のみんなを引き連れて立ち去って行った。
何か1つ嵐が去ったような倦怠感に襲われた水樹は、眉間に皺を寄せながら溜め息混じりに口を開く。
「……夏休み明け、俺は一体何をされるんだよ?」
そんな不安を他所に、水樹の友人と出会えた静流はとても上機嫌であった。
「偶然ではありましたが、水樹の友達と知り合えて良かったです! 良い方たちでしたね!」
「……そうだな、うん」
何を持って静流がみんなを良い人判断をしたのかは気になるところではあるが、たぶん夏休み明けはうるさいだろうな――と思いがら、水樹は肩を落とすのだった。




