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議論

「外国から不法に持ち込み、携帯していた銃でギレンフェルド国の人間に向けて発砲したと聞いていますが、それは本当なのでしょうか」

 二区区長が厳しい視線を送ってくる。

「今回は無傷だったということですが、一歩間違えば傷害、最悪の場合は殺人事件になっていたかもしれません」

「しかも警告を与えている途中での発砲だったとか」

 区長と並んで座る二区警察署長と二区警備担当部長も続く。


 公爵が説明を求めたので、二区警察署長が当時の状況を話して聞かせた。

 大筋で合っていたのでクロエも特に口を挟むことはなかった。


「お嬢様は誘拐犯への威嚇で発砲した。それがなければミュラー嬢は誘拐されていたかもしれません」

 商会の弁護士ヒューバーが言うと、二区警察署長が食い下がる。

「だが、警告では『三つ数える』とのことだったが、『一』で発砲したのですよ」

「相手はミュラー嬢に刃物を向けていたのですよね。一刻の猶予もなかったはずです」


 クロエの後ろにいる通訳が手を挙げて発言の許可を求めた。

「僕は留学する時に最初に注意をされたのが、フロレンス国で銃口を向けられたら背中を向けて死ぬ気で逃げろと言われました。まあ、それでも撃たれる時は撃たれますけど。警告を与えたというのはある意味、貴族的な行為ですよ。警告の途中で逃げればいいんだし。それをしなかったのはその男が、ソロー嬢が撃たないと侮っていたからですよね」


「問題はそこではないでしょう。外国人が無許可で銃を所持し、我が国の人間に向かって使用したことだ」

 二区区長は大義を問題にしているようだった。

「正当ではなかったが、今回はそれで助けられたのは確かなんじゃないですか」

 都長のフィッシャーが二区区長に言い返すと、二人の間で議論とは違う炎がチリチリと燃え上がる。

 普段からあまり仲が良くないようだ。


「我が国のごろつきが、我が国の善良な市民を誘拐しようとしたんですよねえ。銃は不法所持だから使うな。じゃああんた達、このお嬢さんに素手で立ち向かえばよかったんだって言えるんですか?」

「それに、クロエが大狼に発砲してなかったら、俺達打つ手なしだったよ。もっと被害が出ていたかも」

 ギルド長が太い腕を組み、壁に背中を預けているパトリスが意見を述べる。


「フロレンス国の『自衛権』はギレンフェルド国では認められていません。ただ、ソロー嬢は旅券を持つ身分を保障された人物であり、外国で身の危険が迫り防衛するのは当然のことです。銃不法所持、発砲は問題ではありますが、複数の事案が絡んでいるので大局を見て勘案すべきです」

 外務部の部長は冷静に提言したが応酬は止まらず、更に議論が続く。


 疲れてきたのか、頭の中の翻訳機能がうまく働かず、クロエは知らない外国語を聞いているような感覚になってきた。

 自分のことで話し合われているのだからしっかり聞いておかなくてはならないのに、右から左へ言葉が通り過ぎていく。


 元はといえば、正規の手続きをしなかった自分が悪いのだ。


 この国に入ってから銃を使ったのは今日が初めてだ。

 それ程安全だったのなら、この領内に入った時に申告して所持携帯できるように手続きすればよかったのだ。

 一人での旅だったので自分以外が信用できず、この国の事情をよく調べなかった。


 どっぷり自己譴責の海に沈んでいると、がさごそと身近で何かが動く音がして、ふと注意がそちらへ向いた。


 足元に置いてある鞄から聞こえてきた。

 中に何かがいて、蠢いている。


 クロエは息を吸って立ち上がり、悲鳴が上がってくるのを両手で押さえた。


「ひゃあっ」

 鞄の異変に気づいた通訳が悲鳴をあげて椅子から転げ落ちた。

 

 ヨハンはクロエの前に立ち、公爵は都長と二区区長によってソファから遠ざけられる。


 二区警察署長や警備担当部長、冒険者ギルド長とパトリスは咄嗟に腰や上着の内側に手がいったが、ここは宮殿の応接室で公爵も臨席しているため、武器類はクロークに預けられている。


「扉まで離れてください」

 ギルド長が指示を出し、応接室の脇にある隣室へ通じる扉付近に公爵、都長、二区区長、外務部長が、出入り口の扉にはクロエ、ヨハン、ヒューバー、マティウス、通訳が分れてさがり、鞄を中心に二区警察署長、警備担当部長、冒険者ギルド長、パトリスが囲む。


「鞄持ったまま隣の部屋に行った方がいいんじゃないですか?」

 パトリスが提案する。

「そうだな、ここだと人数が多い」

「それより皆さんにここから退出してもらいますか」

 二区警察署長と警備担当部長もさすがに警察官らしい顔になる。

「この大きさの鞄に入るのは小動物か。小型の魔獣の可能性も……」


「きゅう」


 ギルド長の話の途中で甲高い鳴き声がした。


 クロエとパトリス、マティウスには聞き覚えのある鳴き声だった。三人は顔を見合わせた。


「クロエ、鞄開けていい?」

「はい」


「えっ、ここで開けるの⁈」

 通訳は怖がりらしく、近くにいるマティウスの腕にしがみついた。


 留め具を外し蓋を開けると、金色のうねりのある毛並みで紺碧の瞳の魔獣が飛び出てきた。


「ソニーです」

 パトリスの一言で室内の緊張は緩んだ。


 害獣ではなかったので、ほっと息をついて扉から離れ、珍しい縁起物を覗きにいく。


 通訳は役所の後輩のマティウスに何度も詫びをいれた。


「ほう、ソニーか」

「どれどれ」

「おや、こんなに可愛らしいものだったんですねえ」

 中高年男性をも惹きつける小動物のような愛らしい見た目と縁起物ということですっかり取り囲まれている。

 ソニーも大きな尻尾を振ったり大人しく撫でられたりして愛想をふりまいている。


 クロエに気づくと駆け寄って肩に上り顎や頬に鼻面を擦りつける。


「親和行動だな」

 ギルド長はその様子を見て言った。どういうことか聞くと、仲間に対して親愛の情を示す行動だと教えてくれた。


「お嬢さん、気に入られたようですね」

 何かしましたかと今度はクロエが聞かれたが思い当たる節はなく、出会った時に同じくその場にいたパトリスを見たが彼は肩を竦め、マティウスは首を傾げた。


「強いて言えば、鯵のフライ定食をおごったくらいでしょうか」

 それだけで魔獣が人間に親しみを感じるとは思えないが。


 当のソニーはクロエから通訳の頭の上に飛び移り、髪の毛をくしゃくしゃにしたので、マティウスに捕まえられた。


 そこではっと気づいて、クロエは鞄の中を確認した。

「ああ、やっぱり……」

 店を出る時に買ったマドレーヌがない。店の名前が印刷されている紙袋は空になっている。


 マティウスの手の中にいるソニーに目を合わせると、ソニーは顔を逸らした。


「盗み食いの現行犯、確定だな」

 ヨハンが笑いを噛み殺して言う。

「ちょうど警察さんがいるから逮捕してもらえばいいんじゃないか」

 ギルド長が笑いながら言うと、我々としても見逃せませんなと警備担当部長が言って、みんな笑い出した。


 可愛い犯人の軽犯罪のお陰で、ぎすぎすしていた室内は少し和んだ。

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