報告
ギレンフェルド国に出入国する時には必ず税関を通らなくてはならず、申告の必要な物を持ち込む時は書類に記入し提出をしなくてはならない。
物によってはそこで預かりや没収になる。
銃器はその対象になることをクロエは知っていた。
「ご存じなのに申告しなかったのはよろしくありませんね」
宮殿に向かう馬車の中で四十代後半くらいの、こめかみに白髪の混じる弁護士のヒューバーが表情を変えずに言い、鞄を台にして紙に書き込んでいる。
反論の余地など麦粒ほどもないので、クロエは項垂れた。
「今日より前の銃の使用は、フロレンス国内のみですか?」
「はい」
ギレンフェルド国に入国してからは大きな街道を通ってきたので、危険な場面は比較的少なかった。途中まで巡礼に行く家族と共に行動していたせいもあるだろう。
舌打ちが聞こえた。馬車に乗ってからはずっと黙っているマティウスだった。
無作法をヒューバーに目で制されて横を向く。
「ではこの国での発砲は、暴漢への威嚇と大狼だけですね」
「はい」
ヒューバーがペンで紙に書き込む音だけがしばらく続いた。
またしても通常業務を中断させられたマティウスは機嫌が悪そうで話しかけづらい。
クロエは視線をどこに向けていいかわからなくなって、結局は膝の上の手元に落ちた。
布製の手袋は何度も洗ったので大分くたびれている。そろそろ冬物の手袋に替える頃だが、革手袋は盗まれた鞄の中に入っていたので新たに買わなくてはならない。
「お嬢様」
顔を上げると二人はこちらを見ていた。
「ご気分、優れませんか?」
「え? いいえ、大丈夫です」
向かいに座るマティウスが手を伸ばし、クロエの顎を摘んで覗き込む。
「本当に?」
王子様のような容貌が目の前にきて、ブルートパーズの瞳に見つめられると心臓が跳ね上がった。
顔には血が上り、赤くなるのがわかる。
ヒューバーが咳払いをした。
「淑女に対して不適切な接触ですよ」
マティウスは指摘されて手を離したが、目線は離れない。
「本当に大丈夫です。気分が悪くなったのではありません」
マティウスに見つめられている方が大丈夫とは言えない状態なので、クロエは話題を変えようとヒューバーを見た。
「あの、銃はやはり没収されてしまうのでしょうか」
「そうですねえ、通常でしたら税関で押収されるものですが、所定の手続きを取ればお手元に戻るでしょう。ただ、これからも所持携帯するとなると更に手続きと審査がありますので時間がかかります」
治安の良いアルトキールでは、一般人の武器類の所持は役所に届け出をしなくてはならない。
船員を含め外国人の街中での武器類携帯は認められておらず、それらを使用した犯罪は量刑が重くなる。
それを鑑みて外国人のクロエは手続きが嵩むと言いたいのだろう。
「お嬢様、なぜ税関で申告をなさらなかったのですか」
この国はフロレンス国に比べて安全な国といえるが、それでも女性が一人で長旅をして危険が全くない訳ではない。
申告をして銃を税関で没収されたら身を守るものがなくなってしまう。
「……父の形見なので」
真実を言えば話が面倒になりそうだったので、無難な理由を口にした。
「そうでしたか。では早急にお手元に戻るように対応します」
「お手数をかけてすみません、ヒューバー先生。どうぞよろしくお願いします」
宮殿に到着し、馬車は停まった。
宮殿で二番目に大きい応接室に集まっているのは、アルトキール公爵、ヨハン・ロートバルターと商会弁護士のヒューバー、外務部の部長とフロレンス国の言葉の通訳、二区区長と二区警察署長、今回の事案の担当警備部長、冒険者ギルドのギルド長とパトリス、都長のフィッシャーとマティウス、そしてクロエ。
魔獣暴走事件とイレーナ誘拐未遂、クロエの銃不法所持と発砲の件でこれだけの人員が集められた。
ソファだけでは座りきれず、近くの部屋から椅子を運び入れた。
だが、マティウスとパトリスは椅子には掛けずドアの前で立っていた。
上座には公爵が、次席には公爵の客分であるクロエが座り、隣にはヨハンがいる。
クロエの座るソファの後ろには外務部の通訳がいる。
通訳なしでも困らない程の語学力はあり、しかもここにいるのは役職に就いている人達で、公爵もいるので言葉を選んで話しているためクロエでもわかりやすい。
それでも時々専門用語やアルトキール独特の言葉でわからない時には、振り向けば教えてくれるので安心だった。
魔獣の件で二区警備担当部長の報告が終わり、今度は冒険者ギルドのギルド長が見解を述べる。
西の森から二区までの距離や動線では必ず六区か五区を通る。だが、いずれの区でも目撃例はなく、大狼の痕跡もなかった。
二区での目撃も出没したゲトライデ通りから移動した間のみである。
「西の森か周辺にいた大狼が捕獲されて、二区まで連れてこられた可能性があります」
そう言ってギルド長は締めくくった。
次に二区警察署長がイレーナの拉致未遂の件で現時点でわかったことを話し始める。
逮捕された二人のうちの一人は前科があり、すぐに身元が判明した。三区に拠点のある不品行な集団の一員で、以前に外国船員と口論から喧嘩に発展し傷害事件を起こしていた。
もう一人は口を割らないが、同じ集団の仲間と思われる。逃げたもう一人は現在も捜査中だが近いうちに三区の拠点を家宅捜索するので何かわかり次第報告するとのこと。
「二人がわずかに洩らしたことによると、今回は金で雇われたようです。お膳立てはするので馬車を襲ってミュラー嬢を連れ去る計画だったようです」
魔獣の件と誘拐未遂の件が同じ線上にあるのなら、周到に用意されていたことになる。
魔獣の暴走で人目を通りに引きつけ、人気のない路地に移動させてイレーナを拐かす。
隣に座るヨハンがわずかに体を動かした。膝の上の手は関節が白くなる程握り締められる。
内側から沸き起こる怒りを抑えているのがわかる。婚約者が誘拐されそうだったのだから当然だ。
ヨハンはクロエの視線に気づき、ふっと力を緩めた。
「クロエお嬢様がいてくださってよかった。そうでなければ今頃どうなっていたか」
「いいえ、犯人を捕まえたのはクリスティアンとソニーですから」
それにしてもあのソニーはこの間と同じ個体と思われるが、なぜあの場所に現れたのだろう。
ぼうっと考えていると、鋭い視線と合った。