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警察署

 暴漢の男は再度気絶したようで警察官二人に脇と足を持たれて道の端に運ばれた。


 クリスティアンはクロエ達に怪我がないことを確認すると、事情を説明するために警察官の元へ行った。


「さっきの発砲は、クロエ?」

 パトリスはクロエの握っている拳銃を見ながら尋ねた。

「あ、はい」

「助かったよ。あの隙があったから倒すことができた」

 牙に銃弾が当たって痺れていたあの少しの時間のことを言っているのだろう。


 二区で魔獣が出没したと冒険者ギルドに連絡が入り、捕獲に協力要請があって駆り出されたとパトリスは話し始めた。


 大狼はあの体格だが馬よりも速く走り、尚且つ機敏で発見はすぐできたが追いつくことができなかった。

 行く先に網を仕掛けたが気づかれてかわされ、麻酔薬を塗った弓や槍を放っても密度の濃い冬毛に弾かれてしまった。

 

 早くしないと住宅街に入り込んで人的被害が出てしまうと焦りの色が出てきた時に、この路地に入り込んだ。


「道に倒れた人に襲いかかろうとしてるのを見た時には肝が冷えたよ」

 だが、その直前に銃声があり、大狼の動きが止まった。

 気づいたら今だと叫んで抜刀したとパトリスは腰に手をあてて笑った。


 クロエは幌のない台車をつけた馬に運ばれる大狼を見た。

「あの魔獣は……」

「うちのギルドで西の森に帰すよ」

「まだ生きているのですか?」

 パトリスの腰にある大振りの剣を見た。

「風魔法で首に衝撃を与えたんだ。意識を無くしただけたよ」

 パトリスは魔法剣士だったのだ。A級だというのも頷ける。


 建物の被害は多少出たものの、人への被害はほぼなかったと聞いてクロエもほっと息をついた。

 

 その拍子に自分の足元に目がいった。

 外階段は鉄製で頑丈だが、足場の部分が格子状になって地面が透けて見える。


 頭から血の気が引いていった。足の力が抜けてへなへなと座り込む。


「クロエ様?」

 エリーゼが階段を下りて様子を見に来たが、クロエは両手で顔を覆って膝に伏した。

「わたくし、高い所は苦手で……」


 エリーゼとイレーナはぷっと吹き出した。

「もうっ、クロエ様ったら」

「さっきまであんなにかっこよかったのに」

 二人はころころと笑い出した。


 目を閉じたまま、エリーゼに足を二つ先の段まで誘導してもらいその後一段下に腰を下ろして降りていくという、手間と暇のかかるやり方で数分かけてようやく地面に足をつけた。


「だから、俺が抱きかかえて下りた方が早かったんじゃないの?」

 パトリスは苦笑いしていたが、もし抱きかかえてもらっている時に足を踏み外したり、均衡を崩したりしたら大変なことになる。クロエとしては想像しただけで気が遠くなったので固辞した。


 警察官と共にクリスティアンが来た。

「お嬢様方、私達もこれから警察に行くことになりました」

 襲撃事件と魔獣の件で事情を聴きたいとのだった。



 アルトキール二区警察に着き、順番に呼ばれて事情聴取を一通り受けたクロエ達は、今はテーブルと椅子のみの一室に集められている。


 廊下から慌ただしい足音がする。

 ノックもせずにドアを開けたのはヨハン・ロートバルターだった。


「イレーナ!」

 ヨハンは席を立ったイレーナの手を取り、腕の中に引き込んだ。無事を確かめるように、安心させるように何度も背中や髪を撫でる。

「怪我したのか⁈」

「転んだの。掠り傷よ。すぐ治るわ」

 目くじらをたてたヨハンを宥めるようにイレーナは彼の胸に手を置く。


「クロエお嬢様は?」

「わたくしはお陰様で怪我もありません」

 従業員のエリーゼの無事も確認した後、クリスティアンの顔に貼られている湿布や絆創膏を見て眉が寄る。

「誰にやられた」

 ヨハンの怒りの程が低い声によく表れていた。


 それに答えたのは部屋にいた中年の警察官だった。

「彼は二人の男と乱闘になり、一人はまだ逃走中です。ですが仲間は逮捕しておりますので後のことは我々警察にお任せください」

「捜査はお任せします。ですが何かあった時にはすぐに連絡をいただきたい」

 ヨハンの口ぶりは要請というより強要だった。


「もう取り調べは済んだのなら、帰ってもいいだろうか。身元引受人は私がまとめてなる」

 早く書類を出せと催促するが、警官は気まずい顔で頭をかいた。

「こちらのお嬢さん以外でしたら、書類は揃ってますよ」

 指摘されたのはクロエだった。


「どういうことだ。なぜクロエお嬢様だけ」

「銃の不法所持の容疑がありますので」

「は?」


 クロエは頷いてから口を開いた。

「それは事実です。発砲もしました」

 まだ個別に調べられることもあるので、取り敢えずみんなを連れて帰ってほしいとクロエは続けた。


 ヨハンは大きな溜息をついた。ここで押し問答しても法律が絡んでいるので無駄なことだと察したようだ。

「わかりました。商会の弁護士をこちらに寄越します。クロエお嬢様、それまでご辛抱ください」


 三枚の書類にサインをしてヨハンは婚約者と従業員を連れて部屋を出た。


 警察官と残されたクロエは、先程まで狭く感じていた室内が急に広く静かになったので居心地が悪くなった。


 自分で先に帰るようにと言ったのに、一人取り残されると心細くなって服の下にあるペンダントを握り締めた。

 できることはヨハンの会社の弁護士を待つことだけだ。


 荒々しい足音が響き、またしてもノックもなしにドアが開いた。

 入ってきたのはマティウス・ロートバルターだった。奇しくも兄と同じ所作だった。

「……クロエお嬢様」


 あれだけの騒動になったのだから役所にも一報が入ったのだろう。警察に連行された人物の名前も。

 都長に命令されて駆けつけたようだった。


 マティウスはクロエの側に寄り、身を屈めて覗き込んできた。

「もう大丈夫です」

 そう言ってクロエの二の腕にそっと触れた。

 何気ない接触だったが、身の内にある凝り固まった重いものが少しだけ軽くなったような気がした。


「私は都長補佐のマティウス・ロートバルターです。都長の指示により彼女を宮殿に連れて行きます。引き渡しの書類をお願いします」

 警察としては承服できないので、警察官も席を立ち抗議した。

「お待ち下さい。彼女の銃の不法所持の取り調べはまだこれからです」

 マティウスは片方の眉を上げて警察官を見た。警察官よりも背が高いので見下ろす形になり、苛立ちの内包された美貌は迫力がある。


「彼女は外国の賓客です。こちらの警察署にフロレンス国の言葉を話せる人はいますか?」

 港のあるこの街では外国の船員が絡む犯罪も少なくない。

 取り調べはギレンフェルド国の言葉で行われるのが常だが、外国人には言葉や認識の相違があるので不公平だという声は以前からあった。

 近年、警察でもその国の言葉を話す通訳が同席するように変わりつつある。


 通訳の存在は警察官はすぐには答えられなかった。

「取り調べは今後、外務部を交えてこちらでします。彼女の身元保証は都長のフィッシャーがしますので」

 なので早く書類を用意しろと言外に匂わせてマティウスは対応を急かした。


 身元引受のの書類に署名し終え、部屋を出たところでヨハンが差し向けた商会の弁護士と会った。

 今後の対応も含めて相談もあるので、一緒に宮殿に向かうことになった。

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