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81. 本当の気づき

 そして、10年以上が過ぎた、ある日のこと、たまたま、電車を降りて、駅から出ようとしていた時のことです。中年の男性が、急に倒れて、たぶん、ギックリ腰だと思うのですが、動けなくなってしまったのです。


 その症状はひどく、痙攣していました。私は、とっさに駆け寄ると、


「大丈夫ですか。」


と言いながら、その人の腰に手を当てて、さすっていると、何人かの人が集まってきました。

「救急車を呼ぼう。」


 そんな声も聞こえて、そのうちに駅員もやってきて、徐々に人だかりができていました。すると、そんな中、私は、なんと、つい、そのさすっている手から、反射的に力を送ってしまったのです。


 すると、久しぶりに、そのエネルギーが、ぐーっと入っていくのを、感じました。すでに、15年ぶりのことではありましたが、うまくエネルギーが入るのを感じて、手ごたえがありました。しかし、救急車が到着するまで、その時間が足りなくて、完治するまでは、いきませんでしたが、かなりよくなってきて、やっと動けるくらいになりました。


すると、その男性は、

「ありがとうございました。とりあえず、なんだか動けるようになりました。ひどいのかと思いましたけど、そこまでじゃなかったので、よかったです。」


 明らかに、エネルギーを送ったことで治ったのですが、あまりにもすぐによくなったので、たまたま治ったと思ったようでした。しかし、それは、かえって、自分には、好都合でした。


そして、救急車が到着して、その男性は搬送されていきました。私は、あんな程度のものでも救急車が搬送とかされるのだなと見送っていました。


 その時です。ホッとしていると、久しぶりに行なった、この治療に、ものすごい罪悪感を覚えたのでした。


 それは、まさに、やってはいけないと言われたことを、やってしまったという罪悪感が、ものすごく湧いてきて、後悔の念がとまりません。


 これほど、この治療をやってはいけないのだ、という感覚が襲ってきたことは、今までにありません。そして、その日は、一日中、そのことにさいなまれました。


 これほど、つらく後悔したのは、初めてでした。その時こそ、本当に、2度と治療をしないことを誓ったのです。それまでは、もちろん、一度も治療をしないで、やってきたのですが、これまでは、きっと、ただやらないように我慢してきただけで、実は、やりたい気持ちは、決してなくなっていたわけではなく、逆に、人を救うことができるのに、なぜいけないのだろう、人のためになることで、自分に悪いことなんて起こるわけはないのに、とか、こんなにできないなんて、と、少し不甲斐ない気持ちがどこかにあったのかもしれない。これが正直な気持ちだったのです。


 しかし、今となれば、我慢していただけだなんて、二階堂先生には謝罪したい気持ちですし、これからは、二階堂先生に言われた、さらに階段を登ることだけを考えて、精進していきたいと思っています。


 それに、考えてみれば、中途半端な力でしか人を救うことができないのに、そのせいで、自分が不幸になってしまうなら、むしろ霊能とかはないくらいの方がいいとすら思いました。というか、自分の霊能に気がついた時から、多くの人を救おうなどと思い上がり、その力に振り回されてしまっていて、その時点で、もうすでに、自分にとっての不幸は始まっているのかもしれないのですね。 


 その後、色々と考えたのですが、人は何事にも努力して高きを目指していくと、それはもう自然に人よりもひいでてくる時がある。


 しかし、それは人よりも偉くなったわけでもないし、すごくなったわけでもない。ただ、そこの努力したところが、人より少し上手になっただけ。そのせいで人としての価値が上がったわけではない。


 人には、みんなそれぞれに得意なところ、ダメなところがあって、そもそも比べようがないのですね。


 それに、本当に、偉いということは、人に対して思うことであって、自身で思うことではない。自分で自分を偉いと思うと、その時点で、もう人として失格ですね。


 それから、もう一つ、ヨガや修行には必ず師匠が必要と言われていますが、これは本当にそう思います。自分の上には必ず師匠たる人が必要です。もちろん、ヨガには、様々に詳しい指導者がいることで修行の進み方がかなり違うので特に必要なのですが、もっとも、これは、おそらく、ヨガに限らず、他の様々な分野でも言えることでしょう。たとえ、最後に、自分が一番上になったとしても、それは、本当の上ではない。


 幸いにも、私には、もう亡くなってしまいましたが、二階堂先生から色々と聞かせて頂いたことが、それが私の一生の師匠です。


 これからも、まだまだ謙虚な気持ちを忘れずに、頑張っていきたい。このおまけをつい、拾ってしまったことで、有頂天になってしまった私は、そこの段から、そのおまけばかりみていて、一段も登らずに、何十年もその段で満足してしまっていたようです。今後は、一生のうちに、階段をあと一段くらい登れたらいいなと思っています。

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