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80. 心霊治療にかくされた秘密

 ある時、毎週通っている、二階堂先生の上級クラスが終わって、その日は、たまたま、先生と話す機会があり、ここにきて、初めて、治療をしている、その力のことを話しました。


 聖子先生や高野山の僧侶に言われたことや、現在、もうすでに、2年ほど経っていて、延べ50人近い人たちを治してきた話しまで、すべて話し終えると、先生は、しばらく無言のまま。少しすると、やっと、その口を開きました。


「君のやり方だと、エネルギーを送った後、とても疲れるでしょう。」


と、言われました。そして、


「先生は疲れないのですか?」


と尋ねると、


「君は、身体を使っているからね。それじゃ疲れるのは当たり前だよ。身体を使っているうちは、エネルギーにも限界があるし、相手に触れたり、触れなくても相手がすぐ近くにいないと、エネルギーは送れないからね。身体を使っているうちは、物の世界で、この世の時間や距離に制約を受けてしまう。霊界にいる霊体か、それ以上の力になれば、霊界は時間も距離もない。


 例えば、目の前にあるものにたどり着くには、前に行っても着くし、後ろに行ってもそこにたどり着ける。方角も距離も時間も関係ない。


 身体を使わなくても出来るようになれば、地球の裏側でも関係ないし、ここから、大阪にエネルギーを送るのも、ドイツに送るのも時間も距離も関係ない。どちらも、今送ったら、今届く。」


と、言われました。そして、


「それから、、、、。もう、その治療は、やめた方がいいね。まあ、まず、簡単に言うと、君の役目ではない、ということなんだ。」


驚きが隠せない私は、

「それは、どういうことですか?なぜ、いけないのですか?」


 実は、二階堂先生は、霊能者であり、それを主な仕事としているわけではないですが、時々、そのヨガのクラスで、皆の状態を見たり、指導の際にも、時には、その力で判断することもあるようでした。

その話しをしている時も、私の方を、ずっと、何かを感じながら見ていました。たぶん、その力で、私の背後に見えるものから判断をしているのだろうと思いました。


「実は、心霊治療というものは、できるから、やれるというものでは、ないんだ。」


すると、

「それには、2つ理由があるよ。世の中には、霊能を持ち、多くの人たちを救っている人たちは、たくさんいる。そして、その人たちには、2通りの人間がいて、神様の指示で人を助けたり、神様が降臨して助けている人、もう一つは、自分だけで霊能で人を助けている人。


 そうやって神様にお仕えしている人は、いわゆる神様を通して力を使って人を助けているんだ。まあ、早く言えば、神様にサポートしてもらっているようなものなんだ。それに人を助けるようになったのは、神様からの直接のご指示だから。


 しかし、もう一方で、自分で能力に気づいて自主的に助けている人は、自身の能力の限界を知らないで、人を助けていると、自分自身を知らないうちに削っていってしまう。つまり、人を助けられるだけの力が、どれほどの限界があるのかわからずに人を助けて、それがわからないで、持つ力が充分でなく身を削っていく。


 いくら多くの人を助けて良いことをしても、晩年はものすごく不幸な目にあったり、病気で苦しんで亡くなったりしてしまう。最後は悲惨な目にあう。そういう霊能者は、実は、世の中にたくさんいるんだよ。君は霊媒体質でもないし、神様に使われるわけではないから、このまま治療を続けると、その人たちと同じになったということだね。


 それから、もう一つ。君は、高野山で修行して、一つ階段を上がって、そこで、おまけを手に入れた。そのおまけは、どこまでもおまけだから、治療ができる人になったというのではなくて、たまたま、その上がった階段にあった、ちっぽけな力を、今回たまたま手にしただけなんだからね。ぜんぜん気にしなくていい。


 おまけばかり見ていたら、次の階段は登れないよ。そのおまけが、どうしても本当に使いたかったら、そうだね、あと、10段くらい登ってからだね。笑)


 もっとも、階段を本当に昇って行ったら、そういう力は、その他にも様々自ずと着いてくる。修行をして上がっていくということは、霊界や神界に近づいていくことだから、そういう能力が自然についてくる。全く自然なことで、不思議でもなんでもない。偉くもなんともない。


 だいたいね、人に触らなければ、治せないなんて、そんなこと、治せるなんて言えるのかい。本当に人の病気を治すのに、触らなければ治せないなんて言ったり、終わって疲れたなんて言っていて、そんなのは、心霊治療だなんて言ってはいけないよ。治せるなんて言ったら、恥ずかしいよ。


 私みたいに、本当に心霊治療を行なう人たちからみれば、君は、マッサージで肩こりを治してあげてることとなんら変わりはないんだ。まあ、つまりは、その程度のことで、心霊治療をやってる、とか、私は、人にはない力を持ってます、とか言ったり、大したことないのに偉ぶってる人たちが、世の中にはたくさんいる、ということだ。君は、その中に入ったらいけないんだよ。君も、とりあえず、ここまで、修行してきたんだから、そのくらいは、わかるだろう、そんなちっぽけな人たちのことが。


 まあ、もっとも、そういう力すら付いてこなければ、本物にはなれないということもいえるけどね。

僕なんかは、そういう力を使うことも、まれにあるけど、君より、たぶん千年くらいは余計に修行してるからねえ。」


 その答えは、衝撃的でした。自分は本当に思い上がっていました。人の病気が治せるだなんて、とんでもない。たまたま、手にしたおまけにとらわれて、ただ有頂天になっていただけでした。高くなった鼻を見事にへし折られたような思いです。


 それにしても、霊能者の末路を聞いたのは、ショックでした。人を救うことなら、自分にとって、いいことしかないのかと勘違いしていました。


 しかし、そのことを聞いて、ハッと気がついたことがありました。それは、聖子先生も、いわゆる神様にお仕えしていない、霊能者だったから、そのことを、聖子先生に、どうしても伝えなければ、と思ったのです。


 そして、早速、そのことを聖子先生にも伝えようとしたのですが、その場になると、なかなか言い出せなかった。先生は、生徒を10人も抱えて、その霊能で人を救っている姿をみていると、まさに二階堂先生からの発言を伝えるということは、今現在の、聖子先生の仕事を全てやめた方がいいということになるので、とても言えなかったのです。


 しかし、その後、聖子先生とは、年に一度か、数年に一度しか会えなくなり、10年くらいは年賀状のみのやりとりになっていました。そして、ある日、先生のご長男から連絡がきて、なんと喪中につき、年始の挨拶をご遠慮下さい、というはがきでした。


 まさに、寝耳に水とは、このことです。早速、電話をして、家に行き、お参りさせて頂きました。ご長男の話しだと、先生は、家庭が上手くいかなくなり、離婚、そして、だいぶ前から体調を崩されて床についてしまわれたそうで、それから、3年間、苦しい闘病生活をされて亡くなったそうです。


 あれほど多くの人のために尽くされた先生なのに、最後は、苦しんで可哀想だったと、ご長男は悔しがっておりましたが、あまりに、二階堂先生から聞いたことが、そのままだったので、本当にショックでした。まさか、今までお世話になった聖子先生が、そんな末路を迎えてしまうなんて夢にも思わなかったのです。それに、二階堂先生から聞いたことを話した方がよかったのかどうかは、本当に、今現在も判断ができない感じです。


 そして、二階堂先生から言われたことによって、治療をやめてから、10年以上が過ぎて、その間、何回か、人が倒れたり、救急車を呼ばなければいけない緊急時に遭遇しても、二階堂先生から聞いたことを思い出して、心を鬼にして、力を使わずに乗り切ってきました。力を使うことがいけない理由まで教えて下さった二階堂先生には本当に感謝しています。


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